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A ドカタwork Orange

 私(30代前半)は今までいくつかの職業を転々としてきた。
ドカタ、商社営業マン、Webディレクター、外資系事務etc…と意図しない根無し草となっている。流石にもういい歳なので腰を据えたいところだ。

思い返せばさまざまなジャンルの仕事をしてきたが、その中でも自分のためになったと感じるのはドカタである。これはぶっちぎりの断トツで断言できるほどに。人生のヒントはドカタにあったのだ。

 ドカタで学ぶものは多かったが、今でも世渡りに大変役立っているものがある。それは人間関係の構築方法とでもいうのだろうか、一緒に仕事をする上での人との関わり方だ。ドカタは現場によって多数の業者が混じり合うこともある。大きな現場では現場監督をはじめ、大工、クロス屋(壁紙)、電気(配線)、荷揚げ、足場、その他多能工など、自分の持ち場とバッティングすることも多い。例えばエレベーターで部材を搬入する場合、自分たちが乗ろうとすると大工の職人に止められる。先に行かせてくれと言われるならまだしも、いきなりキレられることもある。そこに他の業者も参戦して三つ巴の争いに発展。しかも当時私は20代前半、百戦錬磨のドカタマンたちは一筋縄ではいかない。ここで喧嘩をしても誰も得しないのは明らかだ。

先輩のドカタゴリラたちは自分の持ち味を生かして対応をしていた。タトゥーだらけのイカツさでプレッシャーをかける者、持て余す学歴を使いネゴシエーターとなる者、笑顔と差し入れで相手を取り込む者、やり方は無限大だ。
私はというと、そういうのは苦手であった。争いを避け、自分を後回しにした結果、仕事が遅くなりドカタゴリラから雷が落ちることも。飲み会ではその点を責められ、非常にバツの悪い空間だったことを思い出す。しかし、私の弱点を的確に見抜いていたのも事実、ゴリラたちはしっかりと後輩教育をしていた証でもある。

 私は考えた。そして導き出した答えは、声を掛けるということだった。あまりにシンプルだが、タトゥーや学歴のない私にできること、それ即ち「相手を覚え、相手に覚えてもらう」ことだった。わからないことがあったら積極的に声を掛ける。しかも、一癖も二癖もあるような気難しい職人のおっさんに「〇〇さん、ここはどうすればいいですかね??」と当たり前のように声を掛けることだった。その時に重要なのが、相手の名前を呼ぶことである。私はあなたを覚えて(認識して)ますよ、というアクションが効くと思っている。
大体の現場は1日〜3日、長ければ数週間から数ヶ月もあるが、初日が大事なのは変わらない。1日だけ顔を合わせて同じ現場で働く場合、最初の数時間が大事なのだ。そこで相手の名前と顔を必死で覚え、こちらから積極的に声を掛けて、わずかな繋がりでもいいから構築すること。
たった1日だけ、しかももう二度と会わない可能性が高いのにも関わらずにそういうことを意識してやっていたのは、明らかに相手の態度や当たり方が違ってくるという効果があったからだった。もちろん、どうしようもできない人もいるが、それは仕方ないのであまり考えない。

 めちゃくちゃキツい現場もあった。理不尽に罵声を浴びせられ、大雨でずぶ濡れになり、手の感覚が無くなるまで重たい荷物を運ぶ。なんでこんなに大変な思いをしているのかと自問して、自然と涙が出てきたこともあった。それで得たものは大したことないかもしれないが、一生忘れないことは確かだ。私はこれからも相手の名前を呼びながら声を掛けることだろう。そういうコミュニケーションの教則本1ページ目みたいなことを大切に守っていく。

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