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できるとできないの境界線~エコバッグと彼女とわたし

「マイバッグはお持ちですか?」と訊かれるようになって久しい。
主婦のアイテムだったエコバッグは、今や多種多様な見た目と形状で、男性も、子どもも、あらゆる場で持ち歩く人が増えたように思う。

わたしもいろいろマイバッグを集めている。大好きなボーイズグループ「BE:FIRST」のグッズだったり、雑誌の付録だったり、買うことで環境対策の団体に寄付がされる仕組みのものだったり。
肩からしっかりかけられて、自転車のかごにシンデレラフィットするものはヘビロテしていて、無印良品のエコバッグは二代目が襲名したばかりだ。

このエコバッグ、モヤっていることがある。それはずばり、「マイバッグを持参すると、袋詰めは誰がするんだ」問題。毎日のお買い物で、これが地味にわたしの心をゆさぶってくるのだ。

どういうことか解説しよう。自宅の近所に大きな薬局があるのだが、以前そこではマイバッグかそうではないかは関係なく、全員一律、袋詰めは店員さんが行ってくれていた。
だが最近、「袋詰めコーナー」なる台が新しく設置され、レジには「すべてのお客様に袋詰めはセルフでお願いすることになりました」と書かれたステッカーが貼られるように。

どの店員さんでも、どのお客さんでも、全員一律「袋詰めはできません」と明示してくれているこの薬局の対応に、私はすごく気持ちがよかった。できない代わりに相手にやってもらうための環境もちゃんと整えてくれている。

かつてわたしは、大手銀行の本社で7年以上働いていた。男性社員も多いし、仕事に妥協はなく、平たく言えば鬼のように忙しかったので、断らなければ永遠に仕事がふられる環境。

新入社員、かつ、負けず嫌いで完璧主義だったわたしは、「このデータ処理、今できる?」「この支店からの相談、対応お願い!」と訊かれたら、二つ返事で「できます!」と答えていた。居酒屋じゃないんだから、なんで「はいよろこんで!」のノリで仕事を引き受けてしまっていたんだ。

結果、やってもやっても仕事が終わらず、上司よりも残業してタクシーで帰ったり、チーム全体の仕事が押してしまって怒られたり、家に帰って「忙しい、忙しい、忙しい」と呪いをかけられた民のように繰り返しながらシラフで大泣きしたりと、鬼のように辛い経験もした。

あのとき、「私にはできません」と言える勇気が持てていたら、なにか変わっていたのかもしれない。

断るという行為は今だに苦手で、ちょっと無理してでも挑戦した方が自分のためになるんじゃないかとか、相手に悪いんじゃないかとか、他の人に迷惑をかけるのではないかとか・・・ほんとうによく思う。

でも、相手にとってほんとうに一番誠実なのは
・できるかできないかをはっきりさせること
・できると言ったことには責任を持つこと
・できないならできないなりに、何ができるか考えること

ではないだろうか。退職後、講師という職についてからハッキリ気づいた。
生徒さんのリクエストやクレームを、正直、全て受けることはできない。
できると言うと前例ができてしまうし、自分のやりたいことの軸からずれるかもしれないリスクが生まれるからだ。

ケースバイケースで柔軟に対応できる遊びは残しつつも、
譲れないことについては、「できるとできないの境界線」をしっかり引く。
その姿勢を忘れてはいけない、と肝に銘じている。

話はエコバッグに戻るが、近所のとあるスーパーでは、対応が人によって大違いで、実は私のモヤモヤはここで発生しているのだ。店員さん自ら「入れますね~」と袋詰めしてくれる人もいるのに、袋にさわろうともせず、何も言わず、ただ立っているだけの店員さんに、今日当たってしまった。

袋詰めスペースもないのに、彼はぴくりとも動かない。え、もしや自分で詰めるのか?!と後から気づいたわたしは、次のお客さんにすみませんという顔をしながら、必死にレジでマイバッグにバナナや豚肉を押し込む。

店員さん、こういう時はちょっとくらい手伝ってくれないですかね?次の人を待たせているという焦りから、品物がうまく入らずおろおろしていると、

「これ、使う?残りの分が入るんじゃない?」

となりのレジのご婦人が、自身の持つレジ袋を一枚差し出してくださった。

「え、あ、大丈夫ですか?!すみません!」

「大丈夫よ♪わたしたーくさん持ってるから♪」

ご厚意に甘え、残りの卵とミニトマトをさっとその袋に入れた私は、

「ほんとうに助かりました!!ありがとうございます!!!」

と、渾身のお礼を伝えて帰路についた。ご婦人も笑ってくれた。

マイバッグ持参の人の商品を詰めるか詰めないのか、お店全体で方針を決めてハッキリ教えてほしいわ、というイライラが吹き飛ぶほど、彼女のさりげない思いやりが心に染みわたった。

最近思う。「できません」は、信頼する相手への精一杯の「SOS」でもあるのだと。信頼できるからこそ、言える言葉なんだ。

だから、私も講師として、母として。「できないことはできない」と素直に打ち明けてもらえるような、安心の存在でいたい。

帰宅した私は、予備のビニール袋をかばんにそっとしまった。

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