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進化心理学を学ぶ前に

0. 序

 こんにちは,古代ギリシャのヘルメスと申します.古代ギリシャについての記事をupするために,noteを始めたのですが,人の心の問題にも強い関心をもっています.
 心を扱う学問の中に「進化心理学」と呼ばれる分野があります.口を開けば「ホモ・サピエンス!」といっている輩は,だいたいこの学問の「お話」を前提にしています.

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 学問の衣を着た疑似科学(エセ科学)が蔓延るのはどの分野も同じですが,特にこの進化心理学では酷い!目に余る!古代ギリシャのヘルメスは,時に「ぶち切れヘルメス」に変化します.無害な疑似科学は放っておきますが,人種差別や障がい者差別の背景となりうる疑似科学はぶった切ります. 
 そこで今回は,疑似進化心理学の見分け方をご紹介します.

1. まず進化心理学とは

 長谷川眞理子先生は次のように言います.

進化心理学という言葉は, 生態学者のマイケル ・ギゼリンが1970年代に使 ったのが最初ではないかと思 われる. それは,ヒトの脳の働き,すなわち心が,進化の産物であることの認識にたった心理学をさす

 人間の「こころ」も身体と同様に進化によってデザインされたという仮説のもと,動物としてのヒトのこころを研究する学問ですね.進化心理学そのものはまともな学問です.それでは疑似の見分け方をご紹介します.

2. 二つのワードに気を付けろ!


 進化心理学では,「本能」と「種の保存」という言葉を(無批判に)使いません.索引がある本であれば,真っ先にこの2つの言葉を引いてみてください.そしてこの2つの言葉がポジティブに(無批判に)用いられていれば,あなたの読んでいる本もしくは記事は「疑似進化心理学」です.すぐに燃やしてください.以上! と言いたいのですが理由も説明しておきます.

 まず「本能」とはどういった意味でしょうか.『新明解国語辞典』をひいてみましょう.

本能- 動物が、教えられたわけではなく、生まれつき持っている性質・能力。

 進化心理学では人間の「こころ」を研究します.安易に「本能」なる言葉を用いることはありません.「箸やフォークを使って食べる」というのは,本能でしょうか? 清潔な食料を求める本能でしょうか? 手掴みで食事をすることは,それほどに忌み嫌われることでしょうか? クッキーをフォークとナイフで食べるのですか? それとも文化,学習でしょうか? このようなありふれた現象にさえ「本能」という言葉を用いると,ややこしい問題が出てきます. 
 次に,「種の保存」.この言葉を無批判に使っている本は,全て燃やすか,白ポストに投函してください.あるいは誤った俗説の遺物として誰の目にも触れないように保存してください.
 核兵器の製造,環境汚染,子殺しなど(挙げればきりがありませんが)これらはすべて「種の保存」のためになっているのでしょうか? 
 長谷川寿一/長谷川眞理子『進化と人間行動』の73~86頁に「種の保存」という仮説は完全に誤った,さらにいえば捏造された学説であることが,徹底的に説明されています.
 「種の保存」――もう一度言います.この言葉を無批判に使っている本は,燃やすか,白ポストに投函してください.あるいは誤った俗説の遺物として誰の目にも触れないように保存してください.

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3. 危険性

 この学問を曲解もしくは悪用すると,人種差別の理論的根拠になってしまします.amazonにて「進化心理学」で検索すると,次の本がヒットします.実のところ,この本が上位にヒットしたことが,本稿を執筆した動機です.

アラン・S・ミラー/サトシ・カナザワ『進化心理学から考えるホモサピエンス 一万年変化しない価値観』パンローリング株式会社,2019年

 この著者の一人,サトシ・カナザワ氏こそ,まさに人種差別にこの学問を利用している人物なのです.次のような原稿を発表して,進化心理学者から猛烈な反発を受けました.

“Why Are Black Women Less Physically Attractive Than Other Women?”

 黒人女性は,他の人種の女性に比べて,性的な魅力に乏しいということを主張されています.これには何の根拠もありません.仮にそのようなことが成立するならば,進化の過程で黒人の人口が最も(極めて)少なくなるはずです.実際は違うでしょう? アフリカ人=黒人とは言い切れませんが,アフリカ人の人口増加率を調べてみてください.感染症や戦争による死亡が多いにもかかわらず,確実に増加しています.つまりアフリカ人は多産といえます.黒人女性に身体的(性的)魅力がないなんていえますか? アメリカでの人種別人口推移も調べてみてください.

 このような単純な批判に耐えられない様では,学問とはいえません.案の定,学者たちが共同で,次のような批判を公開しました.

“Kanazawa's bad science does not represent evolutionary psychology”
カナザワの酷い科学は,進化心理学を代表してはいない
https://www.scribd.com/document/231350957/Kanazawa-Statement

 人間には,繁殖する本能がある!とか,種の保存のために!という言説は,放っておくととても危険です.性的少数者や,遺伝的な病気,障がいというものを,劣ったもの,存在してはならない鬼っ子のように扱うことになりかねないのです.「優生学」という言葉でググってみてください.科学が,さも正統な理由を付けられて悪用されたことが分かります.
 私は,進化心理学は人間の心のデザイン,本性(本能ではなく)を知る上で非常に有望な分野だと信じています.
 最後に参考文献を紹介しておきます.こころの進化に関心をもった方は,まず次の本に取組んでみてください.

4. 参考文献

長谷川寿一/長谷川眞理子『進化と人間行動』東京大学出版会,2000年
まずはこれを読みましょう.進化心理学を語るなら,絶対に読まなければならない教科書です.「絶対」です!

ジョン・H・カートライト(鈴木光太郎/河野和明 訳)『進化心理学入門』新曜社,2005年
上の本は難しい,もう少し入門を!と言う方には,こちらの本です.新曜社から出版されている進化心理学の書籍はどれも安心して読めます.そして次の本は進化理論の中でも「性淘汰」を解説した本です.

長谷川眞理子『オスとメス=性の不思議 』講談社現代新書,1993年


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