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(超短編) ミモザの日

 「今日という日は、これからの人生の最初の日。イタリア語だと・・」
 「いえ、日本語だけで充分です」
 「そうか?でも、今思い出すから・・ダメだ、出てこない」
 自分の名前が今日子なのは、そういうことだった。毎日を新たな気持ちで生きろと命名した人がここにいる。
 
 突然疾走し海外を放浪したらしい父親が、やせ細った姿で現われた。というより、今日子が病室に出向いたのだ。子供の頃のたくましかった面影はどこにもない。余命いくばくもないだろうと、さっき医者から言われたばかり。これからの人生がない今日に、すでに他人のような娘を呼んでどうなるのだろう。父親の想いが、今日子には分からなかった。
 「ありがとな、来てくれて。もういいよ」
 「はあ?それだけ?」 
 今日子はつい声をあげていた。
 「すまん。ひと目だけ会いたかった。許してくれ」
 父親はそのまま目をつむった。その目からひとすじ涙がこぼれた。
 これで最後。もう会うこともないだろう。今日子は病室をあとにした。
 
 あの日、白い病室の花瓶に生けられていたミモザの黄色が、今日子の目の奥に焼きついている。今日子は、今日も自分に声をかける。
 (今日という日は、これからの人生の最後の日)

                             (了)
        
            ミモザ
          花言葉 感謝
        3月8日はミモザの日
           国際女性デー


































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