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ビデオで振り返るキング・オブ・ポップの伝説

今日6月25日は、マイケル・ジャクソンの11度目の命日です。彼が亡くなってそれほどの時が経ってしまったと思うと時の流れの残酷さを思い知ります。

彼の早すぎる死は世界にとってあまりに大きな損失でした。彼の無念や彼が今後生んだであろう数々の音楽のことを考えれば今でも胸が張り裂けそうになります。しかし、ただ彼の死を嘆くことが残された我々の為すべきことなのでしょうか?

今日という日は、彼の偉業と才能を讃える記念日にしなくてはならないのではないでしょうか。悲しみを受け止め、決して忘れることなく、それでも未来に目を向ける。マイケル・ジャクソンの人生はそういったものだったように思うのです。ならば、彼の遺志を受け継がねばならない我々も、そうあろうと努力したい。

前置きが長くなりました。本日は彼の「ミュージック・ビデオ」の数々から厳選した10本の作品をご紹介したいと思います。何故ミュージック・ビデオなのか?それは、彼を「キング・オブ・ポップ」たらしめた最大の要因は、その斬新な視覚的表現にあったと私は考えているからです。MTV黎明期から誰よりも早くその可能性に着目した彼の先見の明には素晴らしいものがあり、6000万枚以上とも言われる『スリラー』の売上は、この映像を巧みに利用したコマーシャルも大きく貢献しているでしょう。

もはや知らない人がいないほどの大スター、マイケル・ジャクソン。ご覧になったことのある作品も登場するかとは思いますが、今一度世界最高のエンターテイナーの魅力を確認する機会となれば嬉しく思います。では、参りましょう。

1. Billie Jean (from ''Thriller'') (1983)

先ほども触れた世界最高のセールスを誇るモンスター・アルバム『スリラー』からのシングル・カットで、彼のキャリアの中で最大のヒットを記録した曲でもあります。

前作『オフ・ザ・ウォール』の段階でミュージック・ビデオは制作されていますが、あくまでそれは「ミュージック・ビデオ」に過ぎないものでした。しかしこのビデオは違います。歌詞とシンクロしたストーリー仕立ての映像は、もはや映画のような完成度を誇っているのです。彼は自身のミュージック・ビデオのことを「ショート・フィルム」と呼ぶようになるのですが、正にその表現が的確と言える作品でしょう。

余談ですが、設立当初のMTVは「黒人のビデオは流さない」という人種差別的方針を取っていました。その差別を打ち破り、ヘビー・ローテーションを勝ち取ったのが、この『ビリー・ジーン』のビデオだったと言います。(同時期にプリンスもこの因習を乗り越えています。80'sを象徴する二人の天才らしいエピソード。)

2. Beat It (from ''Thriller'') (1983)

『ビリー・ジーン』から僅か一ヶ月後のリリースですが、こちらも年間5位の大ヒットを記録した彼の代表曲の一つです。

赤いジャケットを身にまとい、倉庫でダンスするシーンは非常に有名ですが、この作品のモチーフは『ウエスト・サイド物語』。後ろにダンサーを従えて踊るという構図をいち早く取り入れたのもこの作品と言われています。

ギャングの抗争を止めるというストーリーにリアリティを持たせるため、本物のギャングを参加させたという驚愕の逸話も残っていますが、彼の完璧主義の表れと言えるのではないでしょうか。

3. Thriller (from ''Thriller'') (1983)

この作品を知らない方はまずいないでしょう。誰もが一度は見たことがあるであろう、正真正銘ミュージック・ビデオの金字塔、最高傑作です。

先に紹介した2作以上のストーリー性とゾンビ映画顔負けのスケール。当時としては異例の50万ドル(当時のレートでなんと1億2000万円!)の予算を投じたこの作品は、まさに短編映画と言えるクオリティです。当然連日MTVで放送される空前のヒットを起こしました。

「このビデオはオカルト信仰を支持するものではありません」という断り書きを冒頭に入れなければならないほどに社会現象的なブームとなった、80'sのポップスにおける最重要作品です。そしてこの作品以降、より彼のミュージック・ビデオに対するこだわりは強くなっていきます。

4. Bad (from ''Bad'') (1986)

アルバム『バッド』のタイトル・トラックであるこの曲のビデオは、監督に『タクシードライバー』で有名なマーティン・スコセッシを起用しています。黒人青年が銃殺された実際の事件をインスピレーションにした、ダークな世界観が見どころです。

ドラマ・パートが長く、もはや独立した作品として成立しているこの作品は、80's後半から芽生えたメッセンジャーとしての彼の性質をよく表しているように思います。このあたりの話はそれだけで一つの記事になりかねないので、詳しくはまたいずれ。

ゾンビ映画から社会的な映像作品まで、音楽だけでなく映像でも表現のレンジを見せる彼の才能は恐れ入るばかりです。このアルバムを機にクインシー・ジョーンズとのタッグを解消したのも、彼の表現者としての探究故であることがよくわかります。

5. Smooth Criminal (from ''Bad'') (1988)

このビデオの初出はマイケル・ジャクソンが主演を務めた映画『ムーンウォーカー』。彼のコンサートのハイ・ライトとして人気の楽曲でした。

往年のギャング映画さながらの世界観も見事ですが、一番の見どころはやはり「ゼロ・グラヴィティ」のパフォーマンスです(動画の7分4秒から)。ムーンウォークと並んでアイコニックなパフォーマンスですが、靴と床に仕掛けを施したトリックがあの驚異的な姿勢を可能にしています。しかし、壁にもたれかかって「ゼロ・グラヴィティ」の姿勢をとってから上体の筋力だけで体を起こそうとすれば、その難しさがわかるでしょう。たゆまぬ努力が、彼のエンターテイメントを支えていることがよくわかります。

世界観、ダンス、目を引くパフォーマンス。どれをとっても素晴らしい彼の映像作品の中でも屈指の傑作です。80'sの彼から放たれる圧倒的な風格も手伝って、一挙手一投足に目が釘付けになること間違いなしでしょう。


6. Black Or White (from ''Dangerous'') (1991)

人種差別をテーマに、「肌の色は関係ない」という明快なメッセージを打ち出した曲のビデオらしく、アメリカやインド、ロシアと様々な国を縦断する構成の作品です。これまでにご紹介したビデオのように一つのストーリーを有するわけではありませんが、次々に切り替わる映像が見ていて楽しい傑作と言えるでしょう。モーフィングという当時最先端だったCG技術でも話題を呼びました。(動画の5分27秒頃からです)

そしてこのビデオを語る上で外せないのが、楽曲が終わった後に繰り広げられる彼のダンス・パフォーマンスです。まるでパントマイムのような視覚だけでの表現ながら、MTVでの放送が禁止されるほど過激に人種差別への抗議と怒りを滲ませています。彼の表現の真髄、圧巻のパフォーマンスです。

映像の話からは少し逸れますが、この曲は真に彼の音楽性を表現した一曲だと思います。ポップスを基軸に、白人音楽(ロック)と黒人音楽(ラップ)を取り入れた調和は、彼の姿勢そのものではないかと思うのです。彼の容姿を取り上げ「マイケル・ジャクソンは白人になりたかった」という偏見を持つ方には、ぜひこの曲を聴いていただきたい。

7. Who Is It (from ''Dangerous'') (1992)

この曲はこれまでにご紹介したものほど知名度のあるものではないかと思います。しかし、彼のビデオを語る上では避けては通れない傑作です。

富豪の青年と将来を誓った女性の正体は、無数の顔と名前を持つ高級娼婦。彼女は青年と添い遂げるため娼館を裏切り青年の元へ向かいますが、時すでに遅く青年は全てを知り、絶望の中彼女の元を永遠に去ってしまいます。ダークで美しい映像と、ストーリーと符合するように問いかけられる''Who is it ?''の歌詞がいっそうこの悲痛な物語を引き立てるミュージック・ビデオの完璧な形です。

この作品に特に顕著ですが、技術の進化も相まって、90's以降の彼のビデオには映像美が晴らしいものが多いように思います。個別に取り上げはしませんでしたが、同アルバム収録の楽曲『イン・ザ・クローゼット』のビデオも、スーパー・モデル、ナオミ・キャンベルとコラボレーションした官能的な名作です。こちらも是非。

8. Scream (from ''HIStory'') (1995)

アルバム『ヒストリー』からの先行シングルで、実妹のジャネット・ジャクソンとのコラボレーションでも話題を集めました。また、史上最高額の予算を投じたビデオとしてギネス記録に認定されています。

全編モノクロで、宇宙船の中で繰り広げらるSF的世界観は彼の作品の中でも特に印象的です。この作品リリース以前に、児童虐待疑惑によって彼は世界的なバッシングを受けますが(この卑劣極まりない陰謀に関してもまたの機会に譲りたいと思います)、その怒りを爆発させた攻撃的なパフォーマンスが実にクール。日本人としては『AKIRA』や『バビル2世』といった日本のアニメ作品が登場する点も嬉しいです。

アルバム『ヒストリー』には攻撃的な作品が非常に多いですが、この作品もその例に漏れません。ですが、単なる感情の発露ではなく、極めて高品質なエンターテイメントとしてそれを表現する点に、私はマイケル・ジャクソンの真なる偉大さを感じるのです。

9. They Don't Care About Us (from ''HIStory'') (1995)

彼の死後、生前最後の映像としてこの曲のリハーサル映像が連日放送されていたことで知った方も多いのではないでしょうか。

さて、この曲のビデオには実は曰くがあります。貼り付けた動画は通称「プリズン・ヴァージョン」と呼ばれているものですが、その暴力的な映像や歌詞の一部がユダヤ人差別だという批判を受け、放送禁止となっているのです。人種差別への怒りをあらわにしたこの曲が、あろうことか人種差別的だと扱われたことには怒りを感じます。明らかに彼への偏見に基づいた不当な扱いです。

彼は謝罪を表明し、「ブラジル・ヴァージョン」と呼ばれるビデオに差し替えることでこの「プリズン・ヴァージョン」は長らく注目を浴びることがなかったのです。囚人たちに囲まれた中で怒りに満ちたパフォーマンスを繰り広げ、また随所に現実の目を覆いたくなるような映像をインサートするこのビデオは、確かに過激ではありますが、彼の表現を非常に的確に映し出したものであるだけに非常に残念です。現在ではソフト化もされ、YouTubeでも閲覧できますから報われているのでしょうが。


10. You Rock My World (from ''Invincible'') (2001)

長きにわたってお付き合いいただいたこの記事もこの作品のご紹介で最後です。生前最後となったアルバム『インヴィンシブル』の先行シングルであり、ストーリー仕立てのビデオという意味では久方ぶりの作品。

友人のクリス・タッカーやハリウッドの重鎮マーロン・ブランドが出演した豪華なビデオには、過去の作品を思わせる台詞やシーンがいくつか見られ、これまでのキャリアの総決算というイメージを抱きます。もちろんこの時点で彼の運命は彼自身にも知る由がないのですから単なる偶然なのですが、こうして見ると胸に迫るものがあります。

一目惚れした意中の人に歌とダンスでアピールするという如何にもなシナリオですが、アダルティな空気感と映画のような質感が陳腐さを感じさせない優れた映像作品だと思います。映像の世界で彼がどのような革命をこの先起こしていたのか、歴史にたらればは無粋とはいえ考えざるを得ません。


さて、これでビデオのご紹介は以上になります。ここまで読んでいただけた方はお付き合いいただきありがとうございました。楽しんでいただけたでしょうか。

ここまでのビデオを見ていただけた方にはいうまでもないことかとは思いますが、マイケル・ジャクソンは不世出の天才でした。彼がいなければ現在の音楽シーンは全く違ったものになっていたことでしょう。しかしながら、彼への評価は不当なほどに低いものであると私は感じています。

度重なる疑惑やスキャンダル、偏見に満ちた憶測やでっち上げ、そして謎多き死が、彼をアーティストとしてでなくワイド・ショーを賑わせるセレブにしてしまっています。ファンとしての色目がなかったとしても、このような扱いは断固として許されるべきではないでしょう。

この記事が彼への偏見を払拭する契機になるとは、私は思っていません。この問題はそれほど簡単なものではないということを私は知っています。ですが、この記事をお読みになった方のたった一人でも、彼の作品を正当に評価するようになってくだされば、いずれその輪が広がり、少しずつ、少しずつ世界は変わるのだと私は信じています。何故なら、彼の作品は誰が何を言おうと素晴らしく、永遠に輝き続けるのですから。



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