映画『トラペジウム』感想(ネタバレ有)

先日公開された『トラペジウム』を見に行ってきました。正直、自分は乃木坂のこと全く知らないし、「乃木坂46アイドルの小説デビュー作」には大して期待してなかったんですよね。でも予想に反して大当たりでした。『トラペジウム』凄い面白かったです。この映画は『ラブライブ!』や『アイドルマスター』のように「少女たちが困難にぶち当たりながらも夢に向かって突き進むキラキラアイドル物語」でもなく、『推しの子』みたいに「厳しい芸能界の現実を描いた物語」でもなく、アイドルを通じて繋がる、4人の女の子の友情と青春の話です。

メインキャラクターは『東西南北(仮)』の4人ですが、焦点が当たっているのは主人公の東ゆうのみです。他の3人も個別の人間ドラマを想像させるシーンもありますが描写はアッサリ気味です(その辺もこの映画が批判される一因なんでしょう)。

物語は、光り輝く存在になりたいけれど、オーディションに全然通らないアイドル志望の女の子、東ゆうがセルフプロデュースでアイドルを目指すべく。三人の美少女を誘ってアイドルを目指すところから始まります。X(旧Twitter)でも話題になっていますが、東は相当性格が悪いです。他の三人のことを「顔」と「キャラクター性」でしか見ておらず、自分がアイドルになるための道具として用いています。他の3人は東が選りすぐっただけあって、可愛くて個性があります。

『東西南北(仮)』
東の星:東ゆう
西の星:大河くるみ
南の星:華鳥蘭子
北の星;亀井美嘉

西、南、北の三人はそれぞれ四聖獣の名前を持っており、アイドルの才覚を持っていることが示唆される一方、主人公の"Yuu"は"Ryuu(龍)"に一歩足りない女の子です。東ゆうは凡人ではないけど、顔も個性も「光る」ものがないんです。だからこそ非凡な三人を誘って(悪い言い方をすれば、騙して)アイドルデビューを狙います。

東西南北(仮)は一時は良いところまで行きますが、元々アイドル志望ではない三人を強引にテレビに出して、歌って踊らせして無理がこないはずがないです。目立つのが好きでなかったくるみのメンタルブレイクを切っ掛けに、東西南北(仮)は崩壊し東の目論みは潰えます。

東はアイドル活動中にかなりきつい暴言を連発していますし、くるみと蘭子と美嘉は東を強く恨んでいてもおかしくありません。東が自分達を利用してアイドルになりたかったことは、少なくとも美嘉とくるみは薄々気づいていたようです。けれど三人はアイドルを辞めた後も東と親交を続けます。その繋がりは何年も続き、エンディングではアラサーになった4人がまだ仲良くしている様子が描かれています。

高専に通うくるみはエンジニア志望でロボコン大会の成績優秀者でした。だけど東が会いに行った時のくるみは学校で孤立していました。その理由は「機械にしか興味がない」とか「コミュ障だから」とか「男が苦手だから」とかではありません。むしろ彼女はかなり人懐っこく、男性とも普通に会話できています。本人はデザインに関する話で意見が割れたといっていますが、それで2ヶ月も部を離れるってちょっと普通じゃないです。くるみは男だらけの学校で静かにロボット造りするには、女の子として顔が良すぎたんですよ。アイドルレベルに可愛く、しかもロボコン全一の知名度もあるくるみに周囲の人間が用意した席は「プリンセス」、要するに姫しかなかった。そしてくるみは「姫」をやれるような性格じゃなかった。そして孤立した。

そんなくるみにとって東と蘭子と知り合えたのは相当嬉しかったんじゃいかなと思います。東はくるみを取り込むためにわざわざ本まで買ってプログラミングの勉強をしています。「ロボットに強い興味がある」という嘘なんて多分すぐバレたはずですが、それでもくるみが付き合いを辞めなかったのは、東の勉強熱心さと蘭子の好奇心旺盛さに感じるところがあったんでしょう。学校でも部活でも一人ぼっちだったくるみにとって、ロボコン大会までの三人で過ごした日々は凄い良い思い出になったはずです。

亀井美嘉は整形美少女です。彼女からすれば、整形前の自分の顔を知っている東は絶対会いたくない相手のはずですが、自分から声をかけにいっています。それだけ小学校の時の東が好きだった。周りに媚びず、自分の意志をはっきりさせる東は、自己肯定感の少ない美嘉にとって本物の「アイドル」だったんだと思います。逆に美嘉もまた小学校の時の記憶から東の本性を知っており、それでも東と連絡を取り合い、別れたくない彼氏がいるにもかかわらずアイドルデビューまで付き合うことになります。東とずっと友達でいたいと願っていて、東が4人の関係を「ボランティア仲間」と言った時は怒ってすらいます。

蘭子は三人の中でもっとも純粋に東に乗せられた子ですが、好奇心旺盛で東の作る流れにのってどこまでも遠いところまで行ってみたいとアイドル活動を楽しんでいました。そんな彼女が気性の激しい東を嗜めることはあれど、恨む理由はないんですよね。

結局のところ美嘉、くるみ、蘭子にとって東は本物の友達だったんだと思います。東からすれば三人は踏み台に過ぎなくても、美嘉もくるみも蘭子も、4人で一緒に過ごした時間はやっぱり楽しかった。「東の夢を追い求める飽くなきバイタリティをリスペクトしてる」とかでなく、東はごくごく普通の同年代の友達です。だからアイドルが終わっても、4人の繋がりは切れなかった。芸能界で辛い想いしたくるみも、東西南北(仮)が終わった後も東と絶交するつもりはなかったと思います。ただのよくある友達同士の喧嘩なんだから。東西南北(仮)は解散しても、4人はそれぞれの道を歩んでいきます。だからこそトラペジウムはアイドルの物語でなく、4人の友情と青春の物語なんです。

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