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シキ 第一章「春風駘蕩」第三話

第三話

 心がやられていても頭で自覚が出来ていない。
 いつのまにかそんな風になっていたらしい。
 もしかしたら昨夜の諦めも、今日のイメチェンもなにか心の防衛本能から来ていたものかもしれない。

 どれくらいの時間が経ったのかはわからないが、強引に落ち着かせた心と横隔膜を持ってトイレから出る。
 すると、そこに部長がいた。
 「シキちゃん、本当にごめんなさい。」
 そう言って部長が深く深く頭を下げる。
 「……」
 シキはなにか言葉を出そうとしたのだが、出て来ない。
 「もっと早くどうにかしていればよかった。これは部長の私の責任です。本当にごめんなさい…」
 頭を下げたまま続けて言う。

 部長は悪くないです…!

 そう、言わなければ。
 「さっきみんなのこと締めといたから。辛かったから今日はもう帰っても…」
 シキは咄嗟に部長に抱き着いた。
 「えっ、」
 部長は驚いていたが、すぐに落ち着いてシキの背中に腕を回してくれる。
 無言で優しくシキを包み込んでくれる。
 そんなことをされたら自然と涙も出てきてしまう。
 「ごめんなさい…」
 そう絞り出すのが精いっぱいだった。
 「なんで謝るの、こっちだよ、謝らないとなのは…」
 「…違うんです、部長は悪くないじゃないですか…」涙声で聴き取れるか怪しい声色になってしまう。
 「ううん、私もみんなに強く注意できなかったから同罪だよ。」
 「でも、先輩も辛い思いしてたんじゃないんですか…?」
 「まあ、そうね、三年生のみんなとはあんまり意見は合わないけど、私、部長だから!誰よりも偉いんだから!」
 「うぅ……」
 「さっきガツンと言って来たから。これでもまだ懲りないやつは退部させるから安心して。」
 「でもそれじゃあコンクールは…」まだ退部が確定していないのに変なことを聞いてしまう。
 「いいのよ、私はシキちゃんの方が大事。」
 もう言葉が形にならないぐらい泣いてしまった。
 私の心は本当に疲れてしまっていたのだとわかる。
そして、凍って麻痺していたことも。それが部長、一山先輩の体温よって溶かされたんだ。

その後、本当に私が落ち着いてから二人で音楽室に戻ることにした。

音楽室に入ると部員はみんな合奏の席に座っている。
ドアが開いた瞬間にみんながこちらに目をやり、今すぐにでも逃げたくなった。
だが、部長にも迷惑をかけた手前、次は私が勇気を持たなければならない。
指揮台の前に部長と二人で立つ。
私は視線を落としたままみんなの方は見れない。
「ほら、みさと。」
みさと、というのは副部長のことだ。
「シキ、本当にごめんなさい。本番前なのに子供みたいなことして。」
口調はしっかりと反省している風だ。
そもそも普段の悪口や陰口はこの人だけのものではないはずだ。
もうよくわからない。
「ほら、他の人も」部長が催促する。
すると、「ごめんなさい」「ごめん」などとちらほら聞こえてくる。
もう、よくわからない。

指揮者は確かにヘイトが向きやすいし、あえてそのように陰口を吐かせた節もある。
私はそれで上手くいくと勘違いしていたのだ。
その結果私の心がしらないうちに耐えられなくなってしまっていた。
今は、ただただ部長に申し訳が立たない。
どっちにしろあと一週間ぐらいのことだ。我慢すればいいと思っていた。
私は決めた。
顔を上げてみんなを見据える。
「私の方も悪いところがあったと思います。なので、私の方からも謝らせて下さい。」
そしてシキは頭を下げる。
「すみませんでした。」
ただ、すぐに頭をあげてはっきりとした目線をみんなに向ける。
「コンクールに向けて私は部長、一山先輩のために指揮をします。みなさんも部長のために演奏してください。お願いします。」
部長含めて全員が驚いた顔をしていた。
「すみませんが今日は帰らせてください。私も家で反省してきます。」
私は部長の返事も出ぬ間に自分の荷物を取りに行き、そのまま音楽室を出る。
すると、同級生が何人か追いかけてくる。
「ちょ、練習は!?」「指揮者不在だと困るよ!」
だが、今日はこれ以上指揮を努めることは難しいと思う。
「今日は流石にみんなの目に立てない。わかって。」
そう言うと向こうもそれ以上はなにも言わず、廊下に立ち尽くしていた。

そして通学路を足早に帰宅する。
きっと今頃また部長がみんなになにかを言っているのだろう。
迷惑はかけてしまうが、部長の意思をみんなにもはっきりとさせておきたい。部長のためならまだヘイトを向けられても耐えられる。いや、耐えなければならない。
部長がなにか伝達すれば、多少の陰口は再び始まるはずだ。
大見得切った手前、明日からも堂々と指揮を行う。
そして、コンクールを駆け抜ける。

ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!