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シキ 第一章「春風駘蕩」第二話

第二話

部長はその時は涙目であったが、他の部員が来る頃にはいつもの調子に戻っていた。そんなところがこの人は凄いと思う。

その日の練習もいつものように行われた。
しかし、練習後、副部長から思いもよらないことを言われる。
「シキさ、ちゃんと曲聴いてる?」
ん?
「はい。もちろんです。」
「うーん、じゃあもっと聴いた方が良いかもね」
「え、」思わず口から出る。
「なんか、課題曲の方は私たちの言ったことでいいんだけど、自由曲の方がさ…」
副部長はそこで言い淀む。
「改善します。具体的にどの小節でしょうか?」
「そういうことじゃないんだよなあ…」
コンクールは自由曲と課題曲の2曲を決められた十二分以内に演奏する。
今回の自由曲はフィリップ・スパーク作曲の「ア・ウィークエンド・イン・ニューヨーク」だ。
自由曲は比較的自由に行えるものの、そもそもこの曲は曲調の変化が激しい。演奏者も難易度が高く、指揮者との意思疎通は必須の曲だ。
その上シキは先輩の意向に完全に従っている。
指揮者の難易度は相乗的に上がり、自分の色は出ない。
本来はとても楽しい曲のはずなのだが…。
なにがダメなのか。聞いた当初のワクワクはもうどこかに行っているので、先輩の意向を早く伺いたいところだ。
そして、課題曲は楽譜通りの演奏を求められるので勝手な表情は付けられない。なのでその分緩急や統一感で圧倒しなければならない。今のところこちらは大丈夫そうだ。
シキはどちらの曲も楽譜をかなり念入りに読み込んだし曲も色んな人の演奏した動画を見た。なにがダメなのだろうか。
しかし、副部長はそのまま明確なことを言わずに「他のみんなも言ってるし、とにかくもっと曲を聴いてよね!」と言ってどこかへ行ってしまった。
「どうすれば…」頭の中で言ったと思ったが口にも出ていた。
 もう本番まで日もない。今更不明確な改善を要求されても困るものだ。
 私が音楽室の入り口で困って立ち尽くしていると
「シキ、また明日ね、」
 部長がそう言って足早に帰宅していった。
 部長に助けを求めたい。
 そう思ったが、部長にこれ以上負荷をかけたくはない。
「このあとどっかご飯食べ行こー」
 という同級生の声を聞き流し、シキは一人で抱え込むことに決めた。

 家に帰って夕飯を食べている時ももう一度曲について考えていて親から少々心配された。だが、その言葉すらも流れて行ってシキは雑な相槌を打つに留まった。
 そして、自室に入り考えようとしたのだが、なんだか一気に力が抜けた感覚になり、そのままベッドに雑に倒れる。
 そうして少しうだうだしながらSNSや動画サイトを適当に流し見していると、ふと「なにも変えないで堂々としよう」という思いに至った。
 私が考えすぎなだけじゃないか。
 私はもう十分考えたじゃないか。
 先輩方がなにか具体策をくれたら改善しよう。
 そう決めた。

 次の日の練習。
 昨日の夜に少し堂々としてみようと決めたことがきっかけか、今日はいつもの長い髪を後ろでまとめて低めのポニーテールにした。心の奥底では意味がある行動だ。

 今日は頭から一度通し練習をすることになっていたので、先に来ていた部長とみんなのために準備をする。
 部長からは「え、めっちゃ似合うじゃん!」とお褒めの言葉をいただいた。
 パラパラと部員が来ると、視線をとても感じる。まあ仕方がない。
しかし部員が集まる中、副部長を発見したシキは目が合う前に目線を逸らした。
 何を言われるかは怖いが、その時はその時だ。

 ふうー。
 サッ。まずは構える。
 スゥーっ。
 私の息を吸う音をみんなが聴き、指揮棒が振り下ろされたと同時に一音目が鳴る。
 ダンッ
 曲が始まる。
 次はパーカッションの見せ場だよ!いくよ!はい!
 さあ、ここはさらーっと流れるように~
 ここはもっとパワフルに!
 ノリノリで!
 最後行くよー!
 タララ~たらら~
 みんなで、せーのっ!

 シキは全身で曲、先輩の表現を表した。
 そして演奏が終わる。
 「うん、いい感じじゃない?」
 先輩方の中にはなにか言いたげな人も居たが、部長の言葉に遮られる。
 「じゃあ、今のを踏まえてここからお昼まではパート練で!」
 部長のこの言葉が終わると、返事もなしにみんなが立ち上がって移動を始める。
 その中で聞こえた。
 「なんか、シキ、堂々としてなかった?」「わかる!みんなで曲作ってるのにね!」「一人の手柄みたいにかんじた」「しかも今日なんかイメチェン?してるよね」「男とか?」「えー、ありえないっしょ」「×××」「×××」「×××」「×××」…。
 誰の発言かはわからない。というかどうでもいい。そんな場合ではない。
 シキは吐き気を感じて急いで音楽室を飛び出した。

 トイレに向かったものの、なにも出て来はしない。
 だが、無意識と涙が伝っていた。
 自覚していなかったが、精神的にかなりやられていたようだ。

ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!