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シキ 第一章「春風駘蕩」第一話

 舞え!舞え!
 違う!
 もっと、こう、があーっと!
 じゃあ、もう一回!
 そう!こっちはこう、滑らかに!そう!そっちはもっとエレガントに!
 いいよいいよ!いい感じ!
 そのままラストに移ろう…!
 ぐわあああっと!

 最後の一音が鳴り止み、部員の顔には色々な色が映る。
 「じゃあ、今日はここまでにしよっか」
 部長がそう言い、終わりの手続きを始める。
 「明日の練習は休みで、全体練習は明後日ね、一応この部屋は開けておくから、自主練したい人は積極的に来てねー」
 部長のいう「積極的に来て練習」は不思議な強制力があるので、後輩のみんなはほぼ全員来ることになるのだろう。後輩たちの顔を見渡すとやはりいつもよりも少しばかり暗い気がした。
 「お疲れ様でしたーーー」
 全員で挨拶をして各々の片づけに移る。
 「シキ、お疲れ様、また明日ね」
 私は部長から快活に明日の出勤を命じられた。
 私は現在高校二年生。後輩からしたら先輩であり指揮者である。だが先輩からしたら私はただの後輩だ。実際、学指揮を任されたものの、やっていることはほとんど、というかすべて先輩方からの指示通り。
 感情を入れて指揮をこなすのも、先輩からのアドバイス(愚痴)と練習のおかげであった。
 「指揮者が感情出してくれないと私たちも乗れないじゃん?」
 そんな先輩の言葉には「はい、そうですね」としか言えない。
 序列が他よりも厳しめであるこの部活でこの立場ならあれこれと考えなくてはならないのは仕方ない。
 しかし、私はもっと自由に、自分の好きなように曲を描きたい。

 シキ、こと美山(みやま)色(しき)は指揮棒をケースにしまい、早々に音楽室を後にする。

指揮者は他のパートと違って片付けが少ない。早々に帰って私が消えることで、私は皆に私への愚痴の時間を与えている。これも指揮者の役目だ。
 もちろんずっとこうだったわけではない。
 入部してすぐはパーカッションを任され、そこそこに頑張っていた。
本当はフルートをやりたかったのだが、フルートは人気な楽器だ。志願者を集めた先輩たちによる選考で私は簡単に落選した。
結果的にパーカッションを任され、自分なりに頑張ってるつもりだった。
しかしそんなある日、元々指揮者をしていた先輩が最後の演奏は楽器で演奏に参加したいと申し出たため、後輩の中から指揮者を選ぶことになった。
そして、人数が少なくても多少何とかなるパーカスから私が抜擢されたのであった。
正直なところパーカッションも曲によってはフルで出る必要があったので困る場面も出てくる気がしたし、コンクールの指揮をほぼ未経験の生徒が行うなんて前代未聞であろう。
しかし、強豪校でもなければ音楽の先生は声楽部に持ってかれたあげく結果的に抜擢された顧問は吹奏楽部未経験者ときたら誰かがやらなくてはならなかったはずだ。
せめて交代制にすればいいのでは?とも思い、そのことをやんわりと言ったこともあるのだが、皆二刀流は難しいとして却下された。
そして私は半ば仕方なく首を縦に振るしかなかった。
 だが、これが間違いであったと今ならわかる。

 指揮者という役職は皆が思う以上に考えることが多い。以前の私がそうだから断言できる。
 曲を聴き込んで自分なりの解釈を見つけなければなならないことはもちろん、それを踏まえて実際に演奏した時の先輩方の表情で自分の解釈を考え直さなければならない。
 さらに、演奏中は全員と目が合うのだ。
 それぞれの表情から様々なことを考える。
 あの表情は苦戦しているのかな、そういえば練習の時もここのフレーズをたくさん練習していたな。
 あ、少しテンポが変わったのがバレた顔だ。
 ここ弾きにくそうだからもっと合図をわかりやすくしないとかも。
 ここ弾いてる時気持ちよさそうだなあ、もうちょっと注目させてあげるか。
 あまり納得してない顔だ…私のせい…?
 などなど。
 そして練習が終わればヘイトは私に向く。格好の的だ。
 もっとこの小節のは入りをわかりやすくして欲しい。
 ここの手の振りが大きすぎる。
 もっと全体を見て。
 もっと各パートを聴いて。
 とかとか。

 特に私の部活は弱小校とまで行かないが中堅以上の学校ではあるので、やりづらい。
 強豪校は指揮者の自由に演奏者が合わせてくれるらしいが、部員はまだその域ではなく私の腕の動きも一定の速さにしないとわかりにくいと言われてしまう。

本当はもっと自分の色を出したい。

 私はみんなの妥協点を見つけるために家に帰ってからも姿見の前で指揮棒を振る。

 翌日の練習。
 先輩たちの引退になるであろうコンクールまであと一か月となった。
 練習室である音楽室に他の人よりも早めに着く。これは「指揮者だからって社長出勤」という愚痴は耐えられないのでそれを防ぐために少し前から行っていることだ。
 そして、到着すると部長が先に来ていた。
 部長こと一山いちやま春果はるかは音楽室の整理整頓をしている。
 「おはようございます。」
 「あ、おはよー、指揮者なのに自主練、偉いね!」
 きっと部長に悪意はない。この人はそういう人だ。先輩たちの中でもずば抜けて良い人。それはわかっている。だが、なにか嫌味に聞こえてしまう。
 「なにか手伝いましょうか?」
 「あ、じゃあ黒板にパートごとの練習室書いてもらえる?」
 「わかりました。」
 そして部長から押さえてある部屋とパートが書かれた紙を貰う。
 部活の時、前提練習をする時間はこの音楽室で行うのだが、普段のパートごとの練習は授業で使う教室を借りて行う。なので、休みの日に教室を使う場合は事前申請が必要なのだ。
 自主練とはいえ部長はしっかりと各パートの部屋を押さえている。

 そしてシキが部屋の割り振りをかいていると、ちらほらと部員がやってくる。
 「えー、うちらあの部屋―?冷房壊れてなかったっけー?」
 「え、サイアクー」
 「やった、うちら視聴覚室じゃん!」
 などなど。
 決してシキは悪くないし、みんなもただの会話としてしか発現していない。そして、彼女自身もそれはわかっているのだが、言葉は彼女の背中に刺さっていく。
 彼女らには小さいながらも実績があるからだ。

 そして、この個別自主練の日はシキの嫌いな練習の日でもあった。
 まずは曲の反復リスニング。
 前日の練習を踏まえて新しい楽譜にその曲の表情、色を真っ黒なシャープペンで描きだしていく。
 ただ、もうこの段階まで来るとインターメットに上がっている曲は参考にならなくなるので、昨日の通し練習を録音しておいたものを聴く。
 そして、その完成した楽譜を部長に見せる。
 なにか指示があれば修正、オッケーが出れば次は各パートとの打ち合わせ。
 小節頭の指示出しの確認や雰囲気の話をする。
 もちろん、パートによってはサボっている人も多いので、シキが入るとすごく嫌な顔をされる。
 そして嫌々渋々といった顔色でシキの話を聞き、練習に戻るふりをする。
 こういう人が全体練習の時に部長が言った表情を出せていないと、シキのせいにされるのだ。
 ここまでやっている指揮者はあまり多くは無いのかもしれないが、シキはこれが自分の役割だと理解している。
 今は先輩のしたい形で演奏してもらうことがベスト。
 自分の色は、自分の代になったらやってみよう。
 きっと、その時はもっとのびのびと出来るはずだ。
 そう思いながらずっと頑張っている。

 そして、次の日の全体練習。
 朝から雨で、それが理由で憂鬱なのかもわからないまま足を学校へ運ぶ。
 今日も到着は部長の次で二番目。
 部長と一緒にみんなの座席と譜面台のセッティングをする。
 ここまでする必要はないだろうが、部長がやってるなら手伝うしかない。
 そして迎えた通しでの練習。ここではシキが想像していた案の定な出来事しか起こらなかった。
 こんな日々の繰り返し。

 そして学校は夏休みに入り、先輩たちの最後の夏にむけた練習がより本格的になる。
 先輩たちの引退は秋に行われるコンクールが最終目標ではあるものの、その前に行われる夏の予選で落ちるのが毎年だ。 
 先輩たちの中では部長が秋までを見据えている。他の先輩は正直言ってあきらめムード。自分たちのやりたい演奏が出来ればいいということをよく耳にする。
 そして、そんな部長は当然先輩たちの中では孤立しがちだ。
 彼女もきっと色々と考えているはずだ。
 ある日、そんな部長から声をかけられた。
 今日もいつもと同じように早めに音楽室へ向かう。すると、いつも通りで部長がいる。
 前と同じように部長からパート練習の場所の書かれた紙を渡され、シキが黒板にそれを写していると。
 「ねえ、シキちゃん、辛くない?」
 「え、」
 振り返ると、音楽室の一番奥でこちらに背中を向けたままだった。なにやら整理整頓?をしている様子だ。
 ただ、ながら作業中にする話ではないように思えた。
 「みんな、シキちゃんの苦労、わかってないよね、」
 「…。」
 「辛かったら、いつでも言ってよね…」
 そこで振り向いた部長は笑顔を作っていたが、うっすらと涙目になっていたのがこの距離でもわかる。
 きっと、自分の話をしているんだ。
 「先輩、秋のコンクール、絶対行きましょうね!」
 シキはもっと笑顔でそう返した。
 「…うん!」
 この部長のために今は頑張ろう。そう思った。


ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!