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シキ 第一章「春風駘蕩」第十話

第十話

 「うーん、じゃあどうしよっかな、美山さん、どっち行きたい?」
 「どっち?」
 「うん。東西南北。」
 「えー、じゃあ、東で」
 「おっけー」
 こうしてシキと古都は適当に東へ歩き始めた。
 二人はしばらく河川敷を歩き、古都はたまに「あ、写真撮って良い?」と言ってしゃがみ込んで名前も知らない草を撮ったり、錆びた川の名前がある看板を撮ったりしていた。
 そのたびに写真を見せてもらうのだが、やはりシキの目に映っていた景色とは同じでも全く違う世界に仕上がっていた。
 ただ写真を撮っただけなのに。
 なにが違うのだろうか。
 「お、アマガエルだ。」
 彼は足元の草の中に居る草と同じ色をしたカエルですら見つける。
 「もしかしたらこの後雨かもな~」
 そう言いながらカエルも撮る。
 曇り空は気分を陰鬱にさせるが、彼の写真の中では曇り空のおかげでカエルや物の色合いが柔らかくなっている。
 晴れの時のビビッドな印象とは異なり、曇り空だからこその良さを最大限に生かしているのだ。
 追加でカエルを撮っていた古都が立ち上がって言う。
 「さっきも言ったけど、曇りの日には曇りの日にしか取れない写真、見れないものがたくさんあるんだ。美山さんの部活は美山さんの思っている方向とは違う進み方をしているかもしれないけど、今の雰囲気の中でしか出来ない、作れない曲もあると思うんだ。」
 私はコンクールに主眼を置いて定期演奏会は通過点と考えている。
 ただ、みんなは今、定期演奏会に向けて結構楽しんでいる。
 「もちろん、みんなを引っ張っていくのも間違いじゃないと思うけど、今しかできない、今の雰囲気でしか出せない音もあると僕は思う。」
 みんなが楽しんでいる今だからこそ出来る曲。
 「部長くんは一回ちゃんと怒って良いと思うけどね」
 古都くんはそう言って笑った。

 シキは古都にお礼を言い、連絡先を交換して急いで家に帰った。
 そうと決めればすぐにでも動こう。
 帰路ですでに固まってはいたが、家に帰って吹奏楽の曲をあれこれと聴き、すぐに部長と川井さんにメッセージを送った。

 次の部活の日。
 「みんな、定期演奏会の第三部の曲なんだけど、」
 ミーティングでシキが切り出した。
 今まで裏で仕事はしていたものの、みんなに対して発言するのは少し怖くてできていなかった。
 シキの発言で一斉にみんなが注目する。
 「宝島、やらない…?」
 宝島。それは吹奏楽部ではおそらく知らない人はいないのではないかというぐらいの定番曲。原曲がT-SQUAREというグループの曲で、それを真島俊夫が吹奏楽部用に編曲したものだ。
 この曲は何といっても、「楽しい」のだ。
 手拍子を促して観客も楽しめるもので、さらに金管パートのソロがある。これなら部長のサックスの技術も生かせるだろう。
 みんなはどう思ってくれるだろうか…?

 「え、めっちゃよくない?」「うちもやりたかったんだよね~」「私も~!」
 「いつも聴いてたから楽しみ!」「最高じゃん!」
 などなど。
 反応はとても良かった。
 そして、一度盛り上がってしまえばこの人たちは任せておけば話を勝手に進めてくれる。
 「でも、演奏時間短くない?」
 「じゃあ、勝手にソロ伸ばしちゃう?」
 「それならアレンジとかもしてみる?」
 「宝島ならみんなすぐに演奏できそうじゃない?」
 「メロわかってるしね」
 ととんとん拍子でシキが思ったように進んだ。
 吹奏楽の演奏を楽しんでいる今のみんなならきっとこの曲は楽しんでくれると思ったのだ。
 「じゃあ、決定で良いかね?」
 部長がみんなに確認する。
 「さんせーー」
 満場一致だ。
 そして、それを見たシキが立ち上がって一番前の席に紙を置く。
 「みんな、ありがとう…!実は、もう楽譜印刷してあるからよければ取ってって…!」
 流石にシキのこの発言にはみんな驚いていたが、
 「え、すご」「まじ!?超助かる!」
 「早速みんなでやってみるかー!」
 「シキちゃん、ありがとう!」
 みんなワクワクした表情で楽譜を取って良き、早速練習が始まった。
 「じゃあ、各パートでこの曲あんまり知らない人がいたら誓うのパートの二年が積極的に教えてね~」
 部長にこう言わせる。
 ここまでのことは事前に部長と川井さんの三人で話していた。
 部長には「前に立って」「これを言ってみんなを安心させて」と伝えてあった。
 そして川井さんと楽譜の用意を済ませていたのだ。
 最悪この提案が却下されても部活の備品として取っておくのはアリだったので大胆に印刷を済ませるということが出来た。

 そして、宝島は第三部のコンクールの曲の流れからシキが指揮者を行うことになり、アレンジなどを各パートと相談、練習に取り組んだ。
 するとなんと、シキの代、二年生が宝島という曲を好きすぎたのか二週間ほどでほぼ完ぺきに仕上がってしまった。異例の速さである。
 そしてなんともう一曲アンコールで演奏しようとなり、「September」という曲もやることになった。
この曲はアース・ウィンド・アンド・ファイアという昔の海外アーティストの曲で、これも吹奏楽用にアレンジされたのが吹奏楽部では有名である。
ついで、と言っては失礼だが、これも練習して定期演奏会で行うことに。
この曲もとても楽しい曲なので、みんなノリノリだ。

そして、シキは連絡先を交換していた古都にお礼のメッセージを送り、それに彼を添えて定期演奏会へ招待した。

そして迎えた定期演奏会当日。
ここまで本当にずっと順調に来れた。
約一年前のコンクールの時に感じていたあれこれが遠い昔の記憶のように感じる。実際時間は経ったが。

今日の演奏は三年の先輩方はもちろん、他校や地域の方々、そしてシキにとっては古都も見に来る大きなイベント。
始まる前の円陣。部長が気合を入れる言葉を言う場面。
みんなもシキも、緊張とワクワクを携えながら部長の言葉を待つ。
すると。
「やっぱ、ここの掛け声は、美山さんにお願いしようかな、」
「えっ?」
シキはポカンとする。
「ここまで楽しく部活を出来たのも、定演を出来るのも、美山さんのおかげが大きいよ」
するとみんなも「そうだよ」「うんうん」「本当に感謝してる」と言ってくれる。
「ありがとう…」
「じゃあ、美山さん、掛け声お願い!」
シキは目を閉じて息を吸い、言う言葉を決めた。

「楽しんで、みんなを楽しませよう!」

「「「おーーーー!!!」」」

最後のアンコールまで終わり、部員のお辞儀と同時に幕が下がる。
幕の向こうで鳴り止まない拍手が聞こえる。
私たちはすぐに移動をはじめ、ホールの入り口に並ぶ。
「ありがとうございましたー!」
帰る人に向けて改めてお礼のあいさつをするのだ。
もちろん、その中に個別に知っている人いれば「あー!本当にありがとー!」みたいなことも起きる。
そして、シキはその人の流れの中に古都を見つけた。
目が合い、古都が近づいてくる。
「今日はありがとう」
先に声を発したのはシキの方であった。
「いえいえ、とってもいい演奏を聴かせてもらったよ。とっても楽しかった」
「それならよかった」
「いいね、音楽も」
「いいでしょ?音楽を通してしか見えない世界もあるってことね」
「僕もなにかやってみようかな~」
「いいじゃん!教えるよ!」
「とりあえず本当にお疲れ様、また」
「うん、またね」
こうして古都は再び人の流れに合流して帰っていった。
今度改めてお礼を伝えよう。そう決めた。
そして、帰宅客が落ち着いたころ、先輩たちが挨拶に来てくれた。
「みんなー!」
「先輩!」
部員全員が興奮する。
「シキちゃーん」
「部長!」
一山先輩がシキを見つけた。
「今はもう部長じゃないでしょ?」
「あ、はい!一山先輩!」
「演奏も指揮も、本当に良かった。」
 「ありがとうございます!」
 「みんなとっても楽しそうで本当に安心したよ、」

 自分たちが楽しむことを前提に観客を楽しませることはおそらく成功したのだろう。先輩たちにも安心して残りの受験勉強に取り組んでいただきたい。

 ここからはコンクールも見据えていくことになるが、シキはとりあえずは今目の前にある楽しいことにかまけることにした。
 もちろん秋のコンクールまで行きたい気持ちはあるが、今はこの代のみんなとしか作れない音楽を作ってみようと本気で思っている。
 私たちにしか作れないものを。

ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!