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シキ 第一章「春風駘蕩」第七話

第七話

 新学期になり教室に行くとやはり夏休みのあれこれの話題でワイワイしていた。
 シキはクラス内に友達という人はあまりおらず、大体一人で過ごしている。
 まあ別にこの学校にはそのような人は多いみたいなのでみんなからしてもただの青春の中に写る景色の一部分、そのぼやけた色でしかないわけだ。
 落ち着いてその日の課題や次のテストの勉強を行う。
 それに、夏休み前、一学期の半分は部室に行ってご飯を食べながら練習をしたり部員と相談や話をしたりしていたのでこのような立ち位置は致し方ない。
 まあ、同学年の部員からも陰口を言われていることは知っていたので、コンクールのためなら、となんとかみんなの輪に入ろうとしていたわけだ。

 そして新体制になり、二学期初めの部活では早速定期演奏会の曲決めが行われる。
 夏休み最後の部活の時に宿題として一人一曲は候補曲を持ってきてもらうことになっていた。それらの中から厳選するのだ。
 定期演奏会はそれこそ「楽しむ」イベントだ。
 観客には同じ学校の人たち(部員の友達)や他校の吹奏楽部に地域の方々がやってくる。コンクールとは違ってその方々を楽しませるのが定期演奏会だ。
 シキも去年はパーカッションとして参加し、自然な笑顔で演奏を楽しめていた。
 だが、シキはこの定期演奏会からコンクールを意識しており、みんなには言わずに作戦を立てていた。
 「じゃあ、美山さんはなにやりたい?」
 大木君が聞いてくる。
 「はい。この前コンクールで行ったウィークエンド・イン・ニューヨークを提案します。」
 この発言にはみんなが騒めいた。
 「え、出来るの?」
 それが問題なのだ。
 先輩方が引退した今、部員数は少ない状態だ。
 そんな状態でコンクールの曲は無謀である。それに、パートによっては足りないなんてことも起きるはずだ。
 「私たちの力だけで演奏しきって、先輩たちに聴かせたいと思って。パートは上手く私が率先して振り分ける」
 もちろん先輩たちに聴かせたいのは本当だ。
 でも、思惑がある。
 それは、「各パートの演奏力の底上げ」「来年の一年生に頼らずとも形にできる力」だ。
 うちの吹奏楽部は新一年生が入らないと規定の人数に達成しないので、一年生もコンクールに出場する人が出てくる。経験者ばかりが入ってくればありがたいが、吹奏楽系の楽器は未経験者の方が多い。みんなは楽しく演奏することを目標にしているので関係ないかもしれないが、裏で秋まで部活を続けるつもりのシキにとっては一年生の演奏も重要である。
 しかし当然素人の場合は力量に限界があるため、今の体制だけでも十分戦える力をつけてもらいたかったのだ。

 私の「先輩たちに聴かせたい」という発言は想像以上にみんなに響いた。
 定期演奏会は冬に行われるので、先輩たちは大学入試の直前になる。
 代々この日ばかりは先輩方も演奏を聴きに来てくれる人が多いので、そこで「後輩たちはちゃんとやってますよー!」「あとは私たちに任せてください!」的な雰囲気を作ることは決して悪くはないし、みんなも乗ってくれたわけだ。
 さて、そうと決まれば先輩の抜けた穴を私たちで埋めるためにみんな、頑張ってもらいますよ~
 シキは自分の狙い通りに進みそうで内心にやけていた。

 そして、驚くことにシキの発言でみんなの士気が上がり、定期演奏会に向けて一致団結を見せた。
 定期演奏会は全三部。
 第一部では有名な吹奏楽の楽曲やクラシックの演奏。
 第二部ではもっとポップに世界的に有名なテーマパークの曲のメドレーや流行りの曲を演奏する。
 そして、第三部では本命のコンクールの曲を演奏。ここではまだ時間があるのでナンキョク化できるのだが、とりあえずは今は決めないでおくことになった。

 こうして始まった定期演奏会に向けての練習。
 シキは学生指揮者としての仕事もあるものの、今回は演奏者としても出ることになっている。
 次の代の指揮者を育成しなければならないからだ。
 これも、唐突に指揮者に抜擢されたあげく散々だったシキの提案によるものだ。
 あの時は本当に苦しかったが、一山先輩と最後に泣き合ったことでなにやら昇華されたような感じになっていた。
 ただ、後輩に同じ思いはしてほしくない。
 そう思ったシキは定期演奏会の話し合いの際にこの話題を持ち出していたのだ。
 シキは同学年からも未だに少し距離を感じる上にそれに近づかんとする後輩の空気も察していた。端から見たら楽しい部活かもしれないが、内情は暗雲が立ち込めているように思う。
 なのでシキは後輩たちとの関わりもほとんどない。
 指揮者を育成するのは当然シキの役割なので、今回はがっつりと関わることになり少し不安もある。
 そしてまずは候補として二人が選出され、その中には書記の川井さんもいた。
 いつの日だったか川井さんから「書記ってなにするんですか?」と聞かれ、「あー、楽譜の印刷とか、パンフレット作製とか雑務系が多いよ。私も一緒にやるから安心してね」なんてことを言った。
 もしや初めて後輩に懐かれたかも!?
 という淡い期待を抱いていた。

 話し合いの後、早速一曲目の楽譜が配布され、各々の練習場所での練習が始まった。
 そしてその間、まずは指揮者候補の二人にシキは指導をすることになった。

 「まず、指揮者は、大変です。」
 シキの口から指揮者としての意味を話す。
 「全員の前に立つから緊張するし、全員に指示を出さないとだから大変だし、口元がふさがってる先輩たちの目だけから表情を読み取ると怒ってるのか笑ってるのか全然わからないし…。」
 目の前の二人は真剣に聞いている。
 「でも、曲の顔を創るのが指揮者なの。当然プロには勝てないけど、私個人的に重いのは、観客が一番長く見るのが指揮者でしょ?そして演者はほとんど動かないでしょ?だから、曲の雰囲気を体で、動きで伝えられるのは指揮者だけなんだ。」
 徐に川井さんがメモを取り始めた。
 「もちろん演奏している人に曲の雰囲気を伝える役割もあるけど、演奏者とは事前に相談してるからね。コンクールも先輩たちになんど聞きに行ったか…。」
 少しばかり苦い思い出がよみがえる。
 「今回二人がやるのは定期演奏会の指揮者。だから、いかに背中で観客に伝えるかが大事だと私は思ってる。」
 うんうんと二人が頷く。
 「あとはやっぱり、演奏しているみんなの前に立ったらどうどうとして、一番自信を持ってみんなを安心させることも大事だよね。指揮者は大変よ」
 「確かに先輩、コンクールの時顔がリラックスしてて演奏している私も安心できました」
 川井さんがそう言ってくれる。
 「美山先輩、本当に尊敬します」

 彼女らには私よりももっと自由に、みんなと曲を作ってもらいたいな、そう思う。


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