シキ 第一章「春風駘蕩」第九話
第九話
「あ、ごめんなさい、写すつもりは無くて…」
目の前の男性はそう言ってきた。
「ちょうどタイミングが合っちゃったんですね、大丈夫ですよ。」
「ありがとうございます。」
確かにシキが立ち上がったのと同時にシャッター音が鳴ったし、その直後に「あっ」というあきらかにミスをしたような声を出していたので嘘は言っていないのだろう。
ただ、シキには気になることがある。
「なにを撮ってたんですか?」
今日は曇りだし川も別に綺麗ではない。
この人がなにを持ってカメラをこの河川敷、河川に向けていたのかは気になったのだ。
「今はそこの木にセグロセキレイがいたのでそれを撮ろうとしてました」
突っ込みはいくつかあるが、まずは一つずつ。
「セグロセキレイ、って…鳥…?」
「はい、たまに見かけるんですが、個人的には久しぶりに見かけたので、なんか、良いなって思って」
「はあ、鳥がお好きなんですね」
目の前の男性はかなり若く爽やかな印象だ。服装もとてもカジュアルでむしろカメラが異質なくらいだった。そんな人が鳥を撮っているのは、なんだか不思議な気がした。
ただ、もっと不思議だったのはシキの質問に対する回答だ。
「鳥が特別好き、というわけではないんですが、まあ、居たので」
青年は少し微笑みながらそう言った。
セグロセキレイなんて名前を知っているくせに別に鳥が好きではないというのは一体どういうことなのだろうか。
そこで、シキは気になっていたもう一つの質問をぶつけることにした。
「さっき、今は鳥を撮ってるって言ってましてけど、なにを撮ろうとしてたんですか?」
少々図々しい気もするが、なんだかモヤモヤするので質問をする。
それに彼はなんだか質問をしても大丈夫な気がした。そんな温かさを感じていた。
「ええと、まあ、別になにも撮れなくてもいいかなーとは思ってます。適当に散歩して、なにか撮りたければそれを撮る、そんな感じですかね?」
「こんな曇りの日に?」
「ええ、曇りの日には曇りの日にしかない景色、色が見えますから」
そして青年は、再び微笑む。
シキは、こういう人もいるのか。と割と驚いていた。
これはきっと彼の趣味で、休日の過ごし方なのだ。
「写真部とかですか?」
「いえ、帰宅部で、ただの趣味ですね、」
「あ。てか高校生とかですか?」
「はい、今高校二年生です」
「え、じゃあ同い年ですね!」
そしてシキは自分の学校を明かす。
「あ、あそこに通っているんですね!僕は二つぐらい隣の街からここに来てるんで、もしかしたら知らないかもですね」
そうして聞いた彼の学校は、一応知っていたものの、確かにシキのいる街からは少しばかり離れているところであった。
「え、じゃあなんでこの河川敷に来てるの…?」
これまた疑問が湧いたし、自然とタメ口になっていた。
「あー、適当に電車に乗って適当な街に降りたりしたり適当に散歩してるから、今日はたまたまここに来た感じですね」
なんなんだこの青年は。
あまりにもシキが今まで出会って来た人間のどれにも該当しない。
否定はしないが不思議さがかなり勝る。
「撮った写真とか見てもいい…?」
「ええ、もちろんいいですよ」
これまた図々しいとは思いつつも彼の撮る写真がとても気になった。
二人はさっきまでシキが座っていた階段に座る。
そしてシキは彼から受け取ったカメラを丁重に手に持ち、撮った写真を見せてもらう。
「えっ…」
シキは彼が撮った写真から目が離せなかった。
彼のカメラの中にはなんでもない街の様子が写っていた。
ただ、その切り取り方がとても上手いのだ。
ただの郵便ポスト、よく見かけるが名前の知らない花、ただの苔、曇り空を背景に撮られた鳥。などなど。
全部の写真が全体的に暗いので今日撮った写真だと考えられた。
ただ、色合いは暗いのだが、全部温かさがあり、被写体は生き生きとしている。
なにをもってなにを撮ったのかが明確に描かれている。
素直にこれはプロレベルなのでは?と素人ながらに感じていた。
「す、すごい…」
頭の中であれこれと思っても、口から出る感想はいかにも素人っぽい簡素なものだった。
「ありがとうございます」
青年は笑顔を見せる。
「あ、私は美山色って言います。吹奏楽部でいろいろやってます…」
失礼かと思って思わず自己紹介をしたが、これ以上関わりが無いのなら自己紹介の意味とは?と言ってすぐに思った。
「美山さん、ですね、僕は古都貴嗣って言います。帰宅部で、まあ、適当に、ぶらぶらと…よろしくです」
シキの思いとは裏腹に古都くんはしっかりさらっと自己紹介を返してくれた。
なんてスマートな人なんだろう。
初対面のシキに対しても少しの嫌な表情も見せずに会話をしてくれた。それに、休日に自分のしたいことを存分に楽しんでいる。そしてさらに、彼はこんな曇りの日でもさっき見た写真のように街のいいところを探せる。
私はこの河川敷に辿り着くまでの景色をいくつ覚えている?花の名前は?ちょっとでも惹かれる街の様子はなかったのだろうか?
当然普通の人はそこまで考えて歩いていないだろうが、今のシキにはこの古都という少年と自分に大きな溝と壁、そして生きている、歩いている世界の違いを感じていた。
シキがそんなことを思い、少し俯いていると、古都が口を開いた。
「なにか、悩み事?」
シキが顔を上げると古都が優しい顔を向けていた。
神か天使でしょうか、この人は。
シキは自分が今抱えている悩みを話した。
彼は適度な気持ちのいい相槌を打ってくれて、優しく温かく、包んでくれるように話を聞いてくれるのでシキもどんどん口から言葉が出てきた。
話し終えると古都くんは「うんうん」と頷き、一つの提案をしてきた。
「ちょっと、写真撮るの、見てみない?」
「え?」
「まだこの街は見ていないところの方が多いからさ、一緒にどう?」
正直よくわからないが、なにか考えがあってのことなのだろう。
そして二人は曇り空のシキが住む街を散歩することになった。
ぐんぐんどんどん成長していつか誰かに届く小説を書きたいです・・・! そのために頑張ります!