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シキ 第一章「春風駘蕩」第六話

第六話

 今日行われるすべてのプログラムが終了し、この地区での吹奏楽コンクールの予選が終了した。

 「先輩、本当にお疲れ様でした……!!!」
 シキは部長にそれを言うのが精いっぱいであった。
 「いいのよ、シキちゃんは全力でやってくれたじゃない!」
 かろうじて内容がわかるのは涙声でも発声がいいのか、それとも今までの絆によるものか。
 もちろん、周りのみんなも。泣いていない部員はいない。

 先輩たちの夏が終わった。

 誰からともなく部長とも、みさと先輩とも、他の先輩とも一人ずつハグをしていった。

 「明日から、いや、もうこの瞬間からみんなの番です。目標はなにになるかわかりませんが、やっぱり、楽しんで欲しいなと思います。」
 最後の円陣で部長がそう言う。
 部長は部長然としている時には涙目でもはっきりと伝えてくれる。
 部長の言葉によってシキを含む後輩たちは次へステップへと送り出された。

 それから数日は部活が休みだった。
 シキはその数日のほとんどを自室で過ごし、後悔に涙したり、ボーっと外や天井を眺めて過ごしたりしていた。

 そしてお盆前。
 三年生たちがいる最後の部活の日。

 「それじゃあ、次の部長は大木君に。副部長はシキさんにお願いします」
 部長、一山先輩がそう言った。
 「わかりました。」
 大木君こと大木おおき太一たいちは私たちの代では一番と言って良いくらい楽器が上手い。担当パートはアルトサックスだ。
 シキはそもそもこんな人数の多い部活をまとめられる気がしていなかったので部長出なかったのは安心でもあった。
 そして副部長兼学生指揮者を務めることになる。

 「部長、今まで本当にありがとうございました…!」
 先輩方には一人一人後輩が描いた色紙とカラフルな造花を渡す。
 部長にはシキが渡すことになっていたのだ。
 「ありがと、演奏、聴きに行くからね…!」
 「はい…!」
 こうして正式にシキの代での活動が始まった。
 この日は最後に音楽室で先輩たちとお菓子パーティをしたり、なんとなく始まった演奏が合奏になったりととても楽しい時間を過ごした。
 お菓子はこぼさないようにとの注意が一山先輩の最後の部長の仕事になったかもしれない。

 そして次の日からはしばしお盆休みの期間となり部活は無かった。

 お盆明け、初めの部活。
 今日は新しい部長と副部長が取り仕切って今後一年の予定を話し、目標などを決める。
 「改めまして、部長の大木です。まあ、そうですね、がんばりましょー」
 パチパチパチ…
 「副部長になりました。美山色です。あと一年、よろしくお願いします」
 パチパチパチ…
 ここからは部長が仕切るので、シキは前に置いてある席に一度座る。
 「じゃあ、まずは書記を一年生の中から決めたいんだけど、誰かやりたい人はいる?」
 すると、一人の手が上がった。
 「私、立候補します。」
 立候補したのは一年生でトロンボーンパートの川井かわい咲笑さえだ。
 「お、他の人はいる?」
 静寂を保つ音楽室。
 「じゃあ、書記は川井さんにお願いしようかな。みんなもいいですかね?」
 パチパチパチ…
 「じゃあ、川井さん、前に来てメモ係お願いして良い?」
 「はい」
 そして川井さんはシキの隣に空いている席に座った。
 「じゃあ、これによろしく」
 あらかじめ書記の一年生にメモを取ってもらうことは決まっていたので、シキが用意していた白紙を川井さんに渡す。
 「わかりました。」

 まずは今後一年の目標決めから行われる。
 「次は今年一年の目標だね」
 シキはもちろん、一山先輩の意思を継いで秋のコンクール本選に挑みたい気持ちが大きい。先の予選でもみんな最後の方にはそのような空気感になっていたように思う。
 「じゃあ、部長の俺が思う目標なんだけど、」
 秋のコンクール!
 「まずはやっぱ楽しくやりたいよね、」
 うんうん。それも大事だ。
 「んー。とりあえずそんな感じ?」
 え?
思わずシキは部長、大木君の方を見る。
「楽しく!それを目標にしたいんだけど、なにか意見ある人いる?」
部員たちが少々ざわつく。
多分、シキと同じことを言いたいのだろう。

 と、思っていたのだが。
 「私はさんせー」
 「私も―」「俺も―」と賛同の声が上がる。
 「正直、もうちょっと肩の力抜いて音楽したいよね、」「わかるー」
 という声も上がっている。
 シキは完全に自分の発言権を失った。
 「ちなみに、コンクールとかはどうします?」
 そう言ったのは川井さんだ。
 部長の方を真っすぐ見据え、純粋に聞いている風だ。
 「んー。」
 部長の次の発言を他の部員も静かに待つ。
 「今年と同じ感じでいいんじゃない?」
 空気が綻ぶのを感じた。
 「わかりました。」
 川井さんはあくまでも事務的である。
 この部屋の中で、シキだけがやる気に満ちていたのだと悟った。

 楽しく音楽をするのは賛成だが、コンクールという目標は立てたかった。だが、個人的な目標に留まるので、集団であり、尚且つ人数の多いこの部活でこれほど民衆の意見が一致しているのなら仕方がない。
 だが、諦められない…。
 どうしよう…。

 シキは発現することなく少し俯き、その後の話を聞いていた。
 今後の予定としては二学期のうちは冬休みの頭頃に行われる定期演奏会に向けてあれこれ活動を行う。
 年明けからは地域のチャリティーイベントの演奏のための曲の練習が始まり、同時に次のコンクールの曲決めが行われる。
 春休みには新入生歓迎会の部活紹介のための曲の練習が始まり、新学期には新入部員の育成とコンクールに向けた練習となる。

 今後の予定が大木君から説明され、今日の部活は解散となった。
 「自主練していきたい人はまだあと3時間ぐらいここ使えるからやっていっていいよー」
 という新部長の言葉は皆の耳に入っていただろうが、誰も残る人はいなかった。

 シキは家に帰ってからもあれこれと考えたが、とりあえずしばらくはコンクールの話は出て来ないだろうから、今は大木君の言うとおりに「音楽を楽しむ」ことを考えて、願わくば部員のみんなとコンクール直前の練習のように楽しく部活が出来ればそれでいいな、と思うようにした。

 とはいってもコンクールを諦めたわけではない。
 一山先輩の思いも背負っているのだ。

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