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シキ 第一章「春風駘蕩」第四話

第四話

 シキは自室に入って改めて決意を固めた。
 結局自分の好きなようには曲をつくりあげられないが、部長のためなら苦ではない。
 そして寝る直前まで再び曲を聴き、姿見の前で指揮棒を構える。

 ダンッ!

 最後の一音まで終わり、携帯の録画を止める。
 みんなの演奏を録音したものに合わせて指揮棒を振っていたのだが、出だし一発目から違和感があった。
 これは指揮をしながらすでに感じていたのだが、録画を見返して明確にわかった。
 指揮棒の振りがいつもよりも強い。
 案外自分は感情のコントロールが上手くないのかもしれない。表面上の顔は普通でも、目だけは少し怖いし、きっと心の奥ではなにか強い感情が昂っているのだろう。
 これではダメだ。それこそ先輩方の曲の解釈と異なってしまう。
 冷静に。
 とはいえ今すぐには無理そうだ。
 シキはベッドに体を委ねた。

 「シキ~ごはんよ~」
 その声で寝ていたことに気が付いた。
 時刻はお昼過ぎ。親には部活が早く終わっちゃったと言ってあったので、私の分のお昼ご飯を用意してくれたようだ。
 腕を伸ばして伸びをする。
 なにやら夢を見た気がするな、それも昔の。
 そしてふと部屋を見渡した時、部屋の隅にある棚の一番上から物が落ちてきた。
 「あっ!」
 一番上のところにはシキが子供のころに使っていたものなどが積まれていて、埃も凄い。とっさに動いて落ちるものをキャッチせんとしたが当然間に合わず。シキは床にこけ、部屋には埃がヒラヒラと落ち始めた。
 「ちょっと、大丈夫!?」
 シキがこけた音で親が部屋の扉を開けてきた。
 「大丈夫、ちょっと転んじゃっただけ…」
 「あーあ、棚のものも落ちちゃって、ゴホッ、埃が、もー」
 母はそんなことを言ったが、徐に床から一枚の絵を取り上げた。
 「あ、これ覚えてる?小学二年生の時に初めてあんたが賞状もらった時のやつじゃない…」
 未だ床にへたり込んでいる娘に構うことなく母は目を細めてかつてシキが描いた絵を見つめる。
 「そーいえばそんなんもあったね、」
 シキはようやく立ち上がり、絵を覗き込む。
 この時の絵はテーマが、確か「遠足の思い出」だったと思う。
 右下に自分が見た中で一番きれいだと思った花を大きく描き、背景には草原とその向こうに見える街並みがぼんやりと描かれていた。
 「昔はこんなんが描けたんか…」思わずつぶやく。
 「もう最近は絵とか描いてないわよね、描かないの?」
 絵なんて…。
 親は私が中学で美術部に所属していたことは知っているが幽霊部員になったことは知らない。
 世の中には自分なんかより何倍も絵が上手い人なんてたくさんいる。
 「私より絵上手い人なんて何人いるんだか…」
 「えー、いいじゃない、自分の好きなように描いてれば。ママはシキの絵、好きよ」
 「え」
 「さ、早くごはん食べましょ」
 昼ご飯を食べている時に母は絵の話題なんて微塵も出さなかった。

 だが、その後部屋に戻って考えた。
 絵を描こう。
 だが、筆を握ることにはまだ抵抗があるので、頭の中で。
 みんなの演奏する「ア・ウィークエンド・イン・ニューヨーク」を聴きながら目を瞑る。
 今までも情景を浮かべなかったわけではないが、曲を聴いている時は指揮棒を握っているか楽譜と睨めっこをしているかだった。
 今のようにベッドに雑に寝転んで、両手を放って頭の中だけで聴くことはしてこなかった。
 初めのパーカッションによる「ダンッ」という音が鳴ると、シキはニューヨークのど真ん中に立っていた。
 行ったことは無いのでなんとなくのイメージでしかないが、そこには多分すべての国の人がいる。灰色に囲まれたストリートに様々な人の様々な人生がステップしている。
 軽快で、楽しく、たまになんだか切ない人も居て、目立つ人やただ歩く人、服装も全く違う。
 ラストにかかるとシキは日本に帰る情景が浮かんだ。
 いろんな音が、色んな人を描いていた。
 自然と口角が上がる。
 そうだ。この曲はもっと楽しいではないか。

 次の日の練習。
 朝一で行くと今日も部長が先に来ていた。
 「あ、シキちゃん、大丈夫…?」
 「はい!もう大丈夫です!」明るく返す。
 「それならいいんだけど…無理はしないでね、」
 「もとろんです!とりあえず自分なりにやってみます!」

 その後、音楽室に入ってくる部員には色んな目で見られた。
 だが、気にしない。
 とりあえず自分の職務を全うするのみ。

 そして、今日一発目の演奏。
 シキは気合を入れるために全員の前で髪を後ろ手に結ぶ。
 そして、フゥーっと一息吐き、指揮棒と手を構える。
 スゥーッ!
 曲が始まった。


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