「フグ刺しの次に好き」「は?」
「私のことどれぐらい好き?」
長い人類の歴史で、面倒な女たちが幾度となく恋人に投げかけ、困らせてきた質問の代表格である。
私もその面倒な女の端くれにある。
自分に自信がない私は、若い頃よくこの質問を恋人に投げかけていた。
「これぐらい」
両手で大きさを表すタイプ。
「これまで出逢った人の中で一番」
経験から語るタイプ。
「好きって言ってるねんからそれで良いやん」
聞かれるだけで半ギレになるタイプ。
色んな回答があったけれど、
私は早い段階で気が付いていた。
《何を言われても結局満足しない!》
両手でどれだけ「これぐらい」とされたって、「ちいさっ!」となるし、誰かと比べられたら比べられたで腹が立つ。半ギレは論外。
気持ち良くなれないことが分かっているくせ、
何度もこの質問をしては自爆する。
自信がないくせ、満足のいく解答でないと不貞腐れる。
なんて面倒臭いのか。
そもそも「好き」とかいう感情を、「どれぐらい」という数値化を求めている時点で、かなりこっちサイドに非があるのに。
そんな私も25歳になり、
「私のことどれぐらい好き?」
なんて野暮なことも聞かなくなった。
大人になったのだ。
しかし、そうは言っても根の部分は面倒なままで、
たまに自分がどれだけ愛されているのか確認したくなる。
そこで生み出したのが、
「私のこと何の次に好き?」
だった。
人はそれぞれ好きな食べ物や、趣味や、音楽や、人がいる。
そんな全てを含んだオールランキングで、自分がどこに食い込むのかが知りたい。
せめてそれだけでも教えてくれ。
「どれぐらい」とかいう漠然としたものよりもよっぽど答え易いはずだし、私だって納得し易い質問の筈だった。
「フグ刺しの次に好き」
今の恋人とはそれなりに長く居る。
彼のことは大体分かっているつもりだったし、
こんな質問をしなくても愛されているつもりでいた。
そんな彼の回答が、
「フグ刺しの次に好き」
というものだった。
しかも即答だった。
ピンと来なさ過ぎた私は「へー」とだけ答え、
速やかに寝床についた。
彼が「モリ子ちゃんは?」と笑顔で聞いてきたのが見えたが無視した。
は?
まずフグ刺しが好きなことを初めて知ったし、
あんたにとってフグ刺しがなんぼのもんか知らん。
しかも何かにおいてフグ刺しに負けているらしく、直近のライバルとしてそれと戦わねばならなかった。
私は布団の中で“フグ刺し”と検索し、
様々なフグ刺しの画像を漁り見た。
確かに綺麗。
私なんかよりよっぽど綺麗な気がしてきた。
透き通る白い肌。
角度が変わると虹色にも見えるその艶。
規則正しく皿に並べられた健気さ。
フグ刺しに負けていられなかった。
私は次の日からスキンケアに力を入れ始めた。
保湿はもちろんのこと、ピーリングにパック。
小顔マッサージもして、顔のむくみをなくしていく。
鏡の前で様々な作業に勤しんだ。
全てはフグ刺しに勝つためだった。
「朝から偉いねぇ〜」
彼がボサボサ頭を揺らしてヨタヨタと起きてきた。
私は鏡越しに、
「うるさいわ!」
と彼に叫んだ。
彼の眉が八の字になるのが見えた。
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