台本を公開しながら更新して完成させてみる~「タイダルカフェ」という台本~
『タイダルカフェ』
湊游
・登場人物
僕
店長
ニーサン
えだまめ
その他客たち
第1幕 第1章
話声がする。店長と僕が2人で部屋に入ってくる。
店長 倉庫の説明は以上やね。他に聞いときたいことある?
僕 僕は……はい、大丈夫です。
店長 了解、ほな早速明日からよろしく。
僕 ありがとうございます。
僕はそのまま退店しようとする。
店長 そういや、前の仕事なんで辞めたん?
僕 え。それは……。
店長 聞いて今から採用取り消しとかはせんから。
僕 えっと、まあ、その……成果が出せない自分が嫌になって。
店長 色々けなされる自分にか。
僕 いや、そうではなく。
店長 そうではなく?
僕 辞めさせてくださいって。
店長 ふうん。
僕 すみません、僕……。
店長 謝らんでもええよ。
僕 隠す気は全然無かったんですけど。
店長 何で面接で聞かんかったと思う?
僕 それは……聞くとややこしそうに僕が見えたからですか?
店長 そんなん知るかいな。
僕 すみません。
店長 謝らんでええって。採用されたのになんでもうそんな自信ないねん。
僕 すみません。僕本当に何もないんで、せめてわきまえとこうと。
店長 あのな。そもそも君がどんな子かってどうでもええのよ。
僕 ああ……はい。
店長 君がこれからやる仕事は、君がどうかよりも相手がどうかが大切やねん。だから君の過去を基準にしてもしゃあないやろ。
僕 はい。
店長 てか仕事って大体そうやろ?
僕 ……そうですよね。
店長 何やその反応。
僕 いえ、だって大体の面接では今まで何をしてきたかを聞くじゃないですか?
店長 それで? 他所は他所やろ。
僕 まあ、そう言われてしまうと……。
店長 とりあえず変な嘘つかん子やなってのは分かったから。
僕 ありがとうございます。
店長 辞めた理由も嘘ちゃうやろうけど……そうやなあ。君、考え方はもう少し変わったほうがええな。
僕 分かりました。
店長 うちは他の店とは全然ちゃうし。全部教えてくから。とりあえずこれ課題図書。
店長は数冊の本をまとめて持ってくる。
僕 課題図書?
店長 そう。働くからにはスローライフとはなんたるかをしっかり知らんとな。
僕 はい。
店長 お客さんにちゃんと説明できるようになるんやで~。
僕 がんばります。
店長
僕 ……わかりません。
店長 素直でよろしい。そしたら、急かさんから全部読んでな。今月中に。
僕 え……はい。分かりました。
店長 どう? 仕事嫌になりそう?
僕 いえ、大丈夫です!
店長 よしよし。ほな今日はあがり。
僕 あ、店長さんは?
店長 俺のことは店長でええ。みんなそう呼んどるから。
僕 すみません、店長は?
店長 俺はもう少しやることある。
僕 わかりました。お疲れ様です。
店長 はーい。んじゃ。
僕は店を後にする。
店長は店内のレイアウトを変更する。
第1幕 第2章
中略 執筆中
店長がPCで作業をしている。
僕が掃除道具を片付けに来る。
僕 終わりました。
店長 ありがとう。
僕 ホームページ、ですか?
店長 ほってたけどそろそろ綺麗にしたくてな。
僕 それ……もしかしたらフリーのフォーマット使った方が見やすいし早いかもです。
店長 そうなん?
僕 はい。なんだったら僕やりましょうか?
店長 ほんまに? てか見ただけでわかるん?
僕 ええ、前職で多少。
店長 すごいな。さすがⅠT系。
僕 いえいえ。
店長 けど嫌にならへん? 前を思い出さんか?
僕 大丈夫です。僕が嫌になったのは仕事内容じゃないですから。
店長 ならええけど……。
僕 何か心配ですか?
店長 そういうわけやなくて。その、ネットって便利やねんけど、時々もうええわって思う時ない?
僕 僕は別にないです。
店長 おお。タフやなあ。
僕 いや、まあ普通というか。
店長 はあ~。そういう世代?
僕 かもです。あ、でも僕がってだけですよ。時々SNS全部消しちゃう子とか周りにいましたし。
店長 えらい話やな。
僕 全然ですよ。むしろやばい状態です。
店長 えらいってのは大変なって意味な。
僕 ああ。
店長 けど若い子でもしんどいって、そうか……。聞いてて何か嬉しいような、でもやっぱりまずいんちゃうかって。何か複雑やわ。
僕 便利なものが誰にとってもいいものとは限らないですもんね。
店長 そうやねん。やから責任感みたいなものが。
僕 責任感?
店長 馴染んでるのはボクみたいな若い子やけど、作って与えたんは俺らみたいな上の代やろ?
僕 そうなんですかね。
店長 自分がよく分からんものをほいほい渡してくって、ちょっとな。
僕 ああ言われてみれば。なんか環境破壊とかと似てますね。
店長 その通りや。技術って便利やねんけど怖いんよ。
僕 そういうことを書いてるのありました!
店長 おもろかった?
僕 面白かったです。環境に対する運動って恐怖をあおるばかりじゃないんですね。
店長 そんなの逆効果やって書いてたやろ。
僕 はい。ありました。
店長 あの本は10年くらい前のやけど、今みんなが騒いでることけっこう書いてる。
僕 ですね。僕も不思議な感覚になりました。
店長 なんか答え合わせしてるみたいや。
僕 10年前に、これからインターネットがどうなるか、なんてことも書いてほしかった気がします。
店長 今それを言うてもしゃあないやろ。まあ、どうなるんやろな。誰でもネット使うようになって、もう今でも色々多すぎるよな。
僕 あふれてますね。
店長 最近はいきなりばーってごっつい洪水みたいになるやん。ほんま不気味やわ。
僕 思わぬことで炎上したり。
店長 そんなの無関係がええ! でもそうなると何も言えんくなる。
僕 僕は完全にそうです。
店長 ほんで発信するのが仕事の人間もおる。発信してお客さんに来てもらう仕事もある。
僕 難しいですね。
店長 そうやな。
僕 まあ、僕は炎上もできない程、全然人を集められないんですけど。
店長 そんなん小さなことや。うちの店はネットだけどんだけ人集まっても結局しゃあないからな。ここに来てもらわな。
僕 そうですね。とりあえず僕はホームページやらSNSやるのは大丈夫なんで、どんどん言ってください。
店長 ありがとうな。詳しいことは明日やろうか。
僕 はい。表を閉めてきますね。
水の流れる音がする。
僕 何の音ですか?
店長 これ? 排水管。
僕 排水管?
店長は壁から伸びた管を指す。
僕 ああ。なぜ排水管がこんな所に。
店長 設計段階でそうなってたからやろ。
僕 そうなんですか……何か意味が?
店長 さあな。別にいいやん。排水管があったかて。
僕 ゆるいノリですね。
店長 それでええんや。そういうノリを大事にしときたいんやな。
僕 なるほど。
店長 なんせうちは怠惰でダルっとしたカフェやからな。
僕 あ! それが店名の由来ですか?
店長 そう。大体うちがバタついてること全然ないやろ。
僕 まあ言われてみれば……。
店長 けどな、逆に鬼忙しい仕事もあるんやでえ。
僕 え⁈ どんな仕事。
店長 それについてはまた今度教えてやろう……。
僕 はい……。
店長 ほな今日はあがり。
僕はキッチン側に向かい、表のドアを閉めに行く。
店長が店内のレイアウトを変更する。
第1幕 第3章
呼び鈴が鳴る。客が一人店に入ってくる。
僕はキッチンから戻ってくる。
店長 いらっしゃい。
ニーサン カフェインレスコーヒーひとつ。
僕 かしこまりました。
キッチンから僕。
店長 飲まへんの?
ニーサン わざわざ聞く?
店長 まあ過程くらい。
ニーサン 3レース目までは勝ってた。最終よ最終! カイザー来ると思ったのに……。
店長 ニーサン、それ先月と同じパターンやん。
ニーサン マジ?
店長 負け方くらい変われよ。
ニーサン いいんだよ。俺が楽しけりゃ。
店長 ほんまカモやなあ。
ニーサン それが店長聞いてよ。なんとこの店のカモでもあるんですよ。
店長 お、それは知っとったんや。
ニーサン いつもお世話になります。
店長 いつでもおこしやす。
コーヒーを運んでくる僕。
僕 カフェインレスコーヒーです。ごゆっくりどうぞ。
店長 この子新しいバイト。名前はボク。
僕 初めまして。
ニーサン どうも。
店長 こっちはニーサン。
僕 兄さん?
ニーサン ニーサン。本名が新井(にい)だから。そのまんま。
店長 まあ、いつもフラフラしてそうやからな。キャッチのお兄さんって感じで。
ニーサン え。前はイーサンホークみたいなって……?
店長 実際フラフラしてるやん。今年で何歳?
ニーサン さんじゅ……じゃねえよ。
僕 店長とは仲いいんですね。
ニーサン けっこう距離近いんだね君。
僕 せっかく紹介してくださったんで。何か少しでもと。
ニーサン 君ってかボクか……。ややこしくない?
店長 俺はわかりやすいで。
ニーサン 名前覚えれるようにならないの? この仕事してて。
店長 いやだから覚えやすい名前つけてるやんか。
ニーサン ボクってのは何で?
僕 何でなんですか?
店長 ぼくぼく言ってるから。
ニーサン また雑な理由。君……ボクはいいの?
僕 はい。特に。
ニーサン 受け入れ早いね。まあその方がここではやっていきやすいよ。じゃあ、ボク、よろしくね。
店長 何でニーサンが言うてんの。
ニーサン いやいや。まあ、この人のことで困ったことあったらいつでも言ってくれたらいいよ。
店長 いらんいらん。その年下にすぐにあけっぴろげに行くんが良くないんや。
ニーサン 何が。
店長 お前こそ鈍感なとこあるからな。大体えだまめが結婚してから店来なくなったんもお前が距離近すぎたからや。
ニーサン はあ? えだちゃん? え、それ本人が言ってたの?
店長 俺に聞くな。
ニーサン いや、でも。
店長 自分の胸に手あてとけ。
ニーサン いや……はい。
店長 えだまめにも聞くなよ。
ニーサン わかってるよ。
店長 ボクはえだまめほど若くないから、ここで注意しとくけど。
ニーサン ……いや、今のはボクに失礼でしょ。
僕 僕は気にしてないですよ。事実なんで。
ニーサン 大物だ。
店長 まあニーサン。つまりそういうことやから。
ニーサン えだちゃんごめん。
店長 レースよりこっちのが大事やからな。
ニーサン ……。
店長 コーヒー噛みしめとけ。
ニーサン 何でそんなこと言うの。
店長 そのほうが今日のこと覚えとくやろ。
ニーサン ……はい。
店長は言い残すとキッチンに行った。しばらく沈黙。
ニーサン 久しぶりに来たのに。
僕 レース、競馬ですか?
ニーサン うん。ボクも競馬するの?
僕 本当の競馬はまだ行ったことないです。
ニーサン どういうこと?
僕 今、スマホで競走馬のゲームが流行ってるんです。
ニーサン へえ。どうりで若い子が増えてる気がしたんだ。どんなの?
店長 近いって言うとるねん。
いつの間にか戻ってきている店長。
ニーサン これくらい。
僕 こんなのです。
僕はスマホの画面をニーサンに見せる。
ニーサン アニメっぽい女の子?
店長 いわゆる擬人化やってな。
ニーサン そう言えば戦艦でもそんなんあったね。
店長 ボクはこういうのすごい詳しいねん。
僕 前の会社がこういうアプリ作ってた所だったんです。
ニーサン すごいじゃん! へー、オグリキャップ。あ、葦毛だもんねなるほど。ダイワスカーレット……ああー、ブリンカーが青だから⁈ カレンチャン‼ 懐かしい。
僕 はまりそうですか?
ニーサン これはやばいな。イケナイモノを知ってしまった。
店長 なに気持ち悪いこと言うとるねん。
ニーサン アンタにはわからないよ! このノスタルジーが。
店長 いやわからんでええし。
ニーサン だいたいね。こういうのが気持ち悪いってのは偏見だから。
店長 俺はお前が気持ち悪いって言ってるねん。
ニーサン いやいやだからね。俺のことをきもいとかってそれもね、人格否定、ハラスメントですよ。
店長 ああ、すまんお前やなくて、さっきの言動だけが気持ち悪かったって話や。
ニーサン そうだよ。俺は別に普通。今日は飲酒もしてないし、たださっきの言動が気持ち悪かっただけ……もうやめよう……。
僕 このゲームに出てくるの引退した馬ばっかりなんですよ。
店長 へえ。
僕 よくできてます。年上の層も取り込んでて売り上げすごいんです。
店長 俺ら世代でも刺さるんやなあ。
ニーサン ボク何気にすごいんだね。これ作ってたんだ。
僕 いや、僕が働いてたのはこんなメジャーじゃないです。
ニーサン え。
店長 もうほんまに……。
僕 気にしないでください。
ニーサン ごめんなさい。いや、あの、でも色々教えてくれて本当ありがとう!
僕 いえいえ。
店長 まあ知っとくだけにしとけ。レースで負けてゲームでも負けてどないすんねん。
ニーサン 最初から負けることを考える奴があるかよ。
店長 目に見えとるやろ。そもそも今日は反省会ちゃうんか。
ニーサン だって。いつも店で楽しく喋らせてくれるのは店長でしょ。
店長 それはそれ。
ニーサン はーい。じゃあもう今日はこの辺で。
ニーサンはコーヒーの残りを飲んでレジに向かおうとする。僕はそれに続く。
僕 ありがとうございました。
店長 ありがとうな。
ニーサン ごちそうさま。あ、周年記念の準備足りてる?
店長 ああ、ぼちぼちやなあ。いる分はまた連絡するわ!
ニーサン 了解! じゃねー。
ニーサンが店を出ていく。僕が戻ってくる。
僕 ニーサンさん、常連さんですか?
店長 ニーサンさんて。数字並べたみたいになっとるやん。
僕 すみません、変ですよね。
店長 どっちでもええんちゃう。あいつは常連てか元従業員。
僕 え。そうなんですか!
店長 今は違う仕事してるけどな。
僕 へー。
店長 店の最初の頃に手伝ってくれてたんよ。
僕 ああ。さっきも準備がって。
店長 独立してからはなんやけったいな商売してるで。
僕 けったい?
店長 それ。
店長は店内の飾りつけやインテリアを指す。
僕 装飾物?
店長 こういうのをインテリアや言うて飾るんよ。百科店のショーウインドーとか。
僕 へえ。面白そうですね。
店長 とか言うて。こないだも流木拾わされたぞ。
僕 流木。
店長 もうかるらしい。
僕 なるほど。
店長 まあクセあるけど、おもろいやろ。
僕 はい。いい人ですね。
店長 にしてもボク、流石詳しいなあ。
僕 何がですか?
店長 さっきの競馬の? ゲーム。
僕 ああ。もうアプリとか関係ないんですけどね。なんか癖で調べちゃって。新作出ると。
店長 ほんまに一個一個調べる仕事しとったんよな?
僕 そうです。
店長 ようやらんわ。
僕 たぶん向き不向きはあります。
店長 そらなあ。
僕 でも、そんだけ調べて作っても全然ヒットしなかったし、売り込みもヘタクソでした。
店長 ふうん。
僕 報告書作るのは嫌いじゃなかったんですけどね。
店長 それこそ向き不向きやったんかもな。
僕 今はそう言えるんで楽です。
店長 それでええんや。別に誰も困ってへん。
僕 どうもです。
ニーサンの後に残っていた最後の客が出ていく。
僕は支払いを済ませに行く。済ませた僕に店長が声をかける。
店長 この店には慣れてきたか?
僕 そうですね。仕事内容は。
店長 呑み込み早くて助かるわ。
僕 学生時代に飲食の仕事やってたからかもしれません。
店長 ここからはもっとスローライフの奥にガーって入ったとこ覚えてもらうで。
僕 はい。
店長 けどまあ構えすぎんでええ。バイトの身分をいいように活かせ。前より時間あるやろ? 自分の好きなことやったらええねん。
僕 そうですね……。
店長 おし。ほな今日はそろそろあがろか。あ、そうや。
店長は作業の手を止めて、香草を少し取り出す。
店長 これいる?
僕 なんですか?
店長 月桂樹。
僕 月桂樹? あ、この匂い、ローリエですか。
店長 そうそれ。
僕 ありがとうございます。シチューとか作るときに使います。
店長 ほな好きなだけ持って帰り。
店長は月桂樹を沢山出してきた。
店長 これはええやつやで。
僕 ですね! こんな大きな葉っぱのもあるんですね。
店長 しっかり育ててくれとるからな。
僕 これはどこで?
店長 3年前くらいの地産マルシェで知り合いになった子がおってな。
僕 へえー!
店長 ラリアットっていうんやけど。
僕 ラリアットさん。
店長 今度紹介するわ。同い年くらいやったんちゃうかな。
僕 では、ぜひ。
店長 大丈夫レスラーとかちゃうから。
僕 ローリエとか作ってるんですもんね。
店長 怒らせたら知らんけどな。
僕 ラリアット……。
店長 ボクもちゃんと一緒にマルシェ行かなあかんな。まだ出張出店したことないやろ?
僕 はい。最近は勝手に想像してあがってます!
店長 暑い夜にはオールでバナナジュース!
僕 買い出しはお任せ下さい!
店長 言うたな? 死ぬほど大変やから覚悟しとけよ。ほなまた明日。
僕 はい。お疲れ様です。
僕は店を後にする。
店長はPCを取り出して一人作業を続ける。YouTubeを再生し始めた。
ピアノの音が流れる。そして店長はイヤホンを取り出してPCと繋げた。
音が聞こえなくなる。店長はPCを眺めて操作を続ける。
第一幕 第4章
僕は店に入り、店の飾りつけの続きをする。
一通り手を動かすと、(開店準備をする。
朝イチの客を案内し一通り終えると)店長のPCの元に行く。
店長 ほんまありがとうな。だいぶ整ってきたなあ。
僕 いえいえ。
店長 ボクくらいの子らは当たり前?
僕 中学の時にスマホが広まったんで、まだ慣れてます。
店長 世代やな。
僕 すぐ僕も追いつけなくなりますよ。
店長 新しいのどんどん出るもんな。
僕 はい。しかもだんだん重くなって動作悪くなるじゃないですか。
店長 あれ買い替えさせる作戦やろ。たち悪いと思わへん?
僕 どうなんでしょうね本当。僕も全然使いこなせてないですよ。結局SNSと写真と動画くらいで。
店長 俺はSNSが一番難しいわ。
僕 もはや動画とか写真もSNSの一部になってきてる気がします。
店長 それやなあ……。ボク、今のけっこう鋭いんちゃう?
僕 そうですか?
店長 妙に説得力あるわ。
僕 なんとなくですよ。
店長 けどまあ、SNS使わんとぶっちゃけしんどい。新しい店なんか特に。
僕 うちはそこそこ常連さんいるじゃないですか。今までネットほとんどやらずに。すごいですよ。
店長 ご近所に恵まれとるんよ。
僕 ですね。後、店長が前のホームページ上手だったのもありますよ。
店長 結局放置したけどな。
僕 いやいや元があって助かりました。ほら。
僕は店長に画面を見せる。店長はそれをのぞき込む。
店長 手作り石鹸のレシピやん!
僕 しかもいいねやコメントの数見てください。需要あるんですよ。
店長 ほおー。
僕 けっこういいねやコメントも多くて。ファンになってくれてるっぽいです。
店長 応援のメッセージは嬉しいよなあ。
僕 だんだん社会的にもスローのスタイルが人気出てきてるんですかね。
店長 やっとわかってきたか。
僕 少なくとも僕はここにきて気持ちが楽になりましたよ。
店長 こっちは前からずっとやってるわ!
僕 誰に言ってるんですか。
店長 みんなに! そういうことや。
僕 後はここからです。何となくやるだけなら楽なんですけど。
店長 けど?
僕 何がウケるのかが難しいです。
店長 ウケるって、バズるってやつ?
僕 バズってもいいです。バズまでいかなくていいけど、ここから広がるにはちょっとした話題になっていかないと。
店長 そこやんなあ……。
僕 一気にバズっても変な奴が絡んできたりするんで、コツコツいければ理想です。
店長 ああいうの何とかならんのかな。
僕 面倒ですよね。一応、統計的にデータは出てるんですよ。炎上でアンチコメントをするような人って200人に1人しかいないんです。だから残りの199人は関係ないか味方くらいに思えばちょっと気は楽になりますね。
店長 よう知っとるなあ。
僕 いえいえ。前までは何となく知ってるだけだったんです。けど、それこそ環境に対する考え方とか、この店にきてから変わってきたら、知って行動するのと知らずに行動するのが全然違う気がしてきました。
店長 ボク、すごいやん。あんなに自信無くしとったのに。
僕 ……ちょっと調子にのりました。
店長 ほな、このまま任せても大丈夫?
僕 はい。これが僕のできることなんで。
店長 ありがとうな。あんま入れ込みすぎんとな。
僕 少しでも反応があるんで、やりがいありますよ。
店長 そっか。
僕 まったく反応無いとどんどんやる気が。
店長 けったいな話や。
僕 誰かに見てもらう前提のシステムですから。
店長 けどガツガツしてへんのが、ボクのええとこや。
僕 いやあ。もっとガツガツするべきなんですかね?
店長 何でよ。
僕 実際、結果にならなかったから前の会社辞めたんで。
店長 そら……そうかもしれへん。でもそれで例えば僕が作ったゲームが売れて、その後はどうなるんや?
僕 それは……考えたこともなかったです。
店長 そうやろ。
僕 もし売れてたら……例えば今流行ってるものはアニメになったり、ノベライズが決まったり、いわゆるメディア展開なんでしょうか。
店長 そうなったら、人にどんな影響するんかな。
僕 考えたこともなかったです。
店長 俺はゲームもネットもアニメのこともなんも知らんけど、ただ金を生むだけが目的にならんとええなあって思う。きれいごとかもしれんけど。もちろんお金は大事や。絶対必要な時はやってくる。けど、それだけを目的にすると……なんて言うんやろ、続かへんのや。
僕 僕がそうでした。
店長 金はいるけど金で腹は膨れへん。
僕 名言ですね。
店長 いや、昔から言われまくりやろ。
僕 店長、この店はどうやってできたんですか?
店長 ……ええ機会やな。教えたるわ。
そう言うと店長は移動して店を紹介するような姿勢を取る。
店長 やっぱり恥ずいな。
僕 いや!
店長 うそうそ。堪忍。えーとな。ざっくり言うと、
(中略 執筆中)
第1幕 第5章
いつもより多い客数の中、ニーサンが盛り上がっている。
ニーサン いい感じになってきたんじゃない?
僕 ニーサンもありがとうございます。
ニーサン いやいやいや。ボクみたいな優秀な後輩が働いていて
(中略 執筆中)
第2幕 第1章
僕 おはようございます。
店内には人気がない。
僕 店長?
僕 おはようございます!
返事が一切ない。店内をひとしきり探す僕。
連絡が来てないかスマホを確認した後、電話をかける。
アナウンス「この電話は現在使われておりません。番号をお確かめに…」
画面で番号を確認する僕。番号は間違っていない。途方に暮れる。
見慣れないファイルに気づく。中に手紙があり、それを読む。
僕 「突然のことですみません。私はタイダルカフェの店長を辞めます。ボク、そしてみんな、お店はこれまで通り営業を続けて頂いて構いません。最低限必要な書類は揃えときました。新しい店長はボクが適任かもしれませんし、みんなで話し合ってもいいと思います。閉店しても大丈夫です。本当にすみません。」
読み終えてなお、途方に暮れる。
店の外からニーサンの声がする。
ニーサン 店長! いるの⁈
ニーサンは自分でドアを開けて店内に入ってくる。
ニーサン 店長?
僕 おはようございます。
ニーサン ボク! 店長いる?
僕 いえ。連絡ありました?
ニーサン ないよ。未読のまんまだし。
僕 これ。
僕はニーサンに紙を渡す。それを読むニーサン。
ニーサン ……意味がわからない。
僕 僕もです。とりあえず店開けます。
ニーサン 何で?
僕 いや、とりあえず。
ニーサン それどころじゃないでしょ。
僕 でもどうします?
ニーサン 探そう。
僕 どこを?
ニーサン とりあえず家いこう。
僕 家はどこなんですか?
ニーサン ……分からない。
僕 僕もですよ。
ニーサン じゃ知り合いに。
僕 誰かいます?
ニーサン え。
僕 ぜんぜん当てがないんです。
ニーサン 俺もだ。
そこら辺の収納を調べ出す僕。
ニーサン どしたの。何か思い出した?
僕 ちょっと店内探ります。何か業者さんの番号とか。
ニーサン あ! それだ。
店内をあさり始める2人。だが役に立つものは出てこない。
ニーサン 何かありそう?
僕 ないですね。
ニーサン やっぱこういう時って警察?
僕 どうなんでしょう。事故や事件じゃないですし。
ニーサン どうして?
僕 こんだけ丁寧に書類とか残しているんで。
ニーサン そうか……いや、でも待って。偽装されてるかもよ。
僕 え! いやそれはないんじゃ……。
ニーサン どうして。
僕 昨日の今日ですよ。犯人がいるんならいきなりここまで準備できますか?
ニーサン ……じゃあ、店長が自分で?
僕 そうだと思います。
ニーサン なんで? 余計意味が分からない。
僕 ですよね。これだけのものを用意したってことは前々から考えてたってことですよね。
ニーサン 何か思い当たりある?
僕 全然ないです。
黙ってしまう二人。
僕 何か飲みます?
ニーサン ありがとう。
僕 チャイとか。今日は材料沢山ありますから。
ニーサン いいよ今更。ジンジャーエールある?
僕 あります。
ニーサンは財布を取り出す。
僕 いいです。お店開けてないんで。
ニーサン いやでも……まあ、そうね。じゃあ頂きます。どうも。
僕 こちらこそ。ありがとうございます。
ニーサン 何が?
僕 一人だったらもっとパニクってました。
ニーサン そりゃ俺だって。ボクがいたからまだ……。
僕 ニーサンなら何か知ってるかなって思えたんで。
ニーサン だよな。ごめん。ぜんぜん役に立たなくて。俺も色々知ってると思ってたけど。あいつのこと全然知らなかったんだ……。
僕 店長って実はよくわからないですね。
ニーサン うん。
僕 自分の話しないから。
ニーサン 喋らないよね。
僕 ニーサンにも?。
ニーサン 付き合いは長いけど。なんかショック。
僕 教えてくれなかったわけじゃないんですよね。
ニーサン たぶん。聞いた事はなかったと思う。
僕 いつも店長が聞き上手ですし。
ニーサン 言われてみれば。何でも相談したくなるというか。
僕 安心感ありますよね。
ニーサン それでいて一緒にいるとけっこう話はずむし。
僕 僕もです。
ニーサン しまいには気持ちよくなってつい何でも喋っちゃう。
僕 転がされますよね。
ニーサン 転がされたなあ。一緒に旅行先で飲んだ時、お店の人から人生相談受けてたよ。
僕 店主同士、何か通じたのかな。
ニーサン どうだろ。
僕 初対面で人生相談はすごい。
ニーサン 本当にね。
僕 一緒に遊び行ったのはどこですか?
ニーサン 遊びだけじゃないよ。ここができる前は移動カフェだったんだ。地産マルシェのイベントや野外フェスに出店したり、北に南に色々行ったな。色んな人と会った……。こんな事になるんだったら出身くらい聞いとけばよかった。
僕 関西じゃないんですか?
ニーサン 違うっぽいんだよね。
僕 それは知ってるんですか?
ニーサン うん。辛うじて。
僕 そうですか。意外と近所ですかね。
ニーサン そういや飛行機は大体空港集合だったな。現地でってことが無かったから……確かにそうかも。
僕 とりあえず近所にいればその内に誰かが見かけるかもですね。
ニーサン だといいな。
僕 ニーサン。僕、近所以外で探してみようと思ってるんです。
ニーサン いやボク、手がかりもないのに。
僕 近所にいてたらたぶん大丈夫ですけど、遠くに行ってるかもしれません。
ニーサン そりゃそうかもだけど、分からないじゃん。何かあって、近所で隠れてるのかもしれないよ。
僕 たぶん、そうじゃ無いと思います。
ニーサン どうして。
僕 勘です。
ニーサン 勘。……けど、俺もそんな気がする。
僕 今まで行ったことあるどこかにいるとか。
ニーサン んー。
僕 そうでもなさそうですか。
ニーサン ピンとこない。
僕 少なくともこんだけ紙や書類を残してるってことは、死亡とか手続きがややこしくなることはしてないと思うんで。
ニーサン 死亡ってそんな。
僕 少なくともこれは遺書じゃないと思います。
ニーサン 遺書ってボク、あのさ。
僕 たぶんそれは、無いと思います。これだけお店を続けることを書いてるので。だってこれで店長が死んじゃったら僕やみんなが疑われるじゃないですか。
ニーサン そりゃそうだけど! けど……それも分からないよ。こんなに知ってると思ってたけど全然知ってなかったんだから。もしかしたら……。
僕 僕も心配です。だからこの一年一緒にいてた店長が何を考えてのかすごく気になって。
ニーサン わかってたら苦労しないよ。
僕 一緒に考えてみませんか? 今、何もしないで事態を待つのは……僕は嫌です。
ニーサン ……うん。
そうしてしばらく黙っている2人。
おもむろにニーサンが立ち上がって掃除機をかけだす。
僕 どうしたんですか?
ニーサン 店長が普段やってることをやってみる。
僕 え、いやそれは……。ええ?
ニーサン 一緒にやるんやろ。 ボクも。
僕 ええ! いや……。
ニーサン こういう時はなりきって考えてみるんや。
僕も一緒になって店長のような動きをする。しっくりこなくて助けを求める僕。
僕 ど、どうなんやろ?
ニーサン 下手くそやなあ。なんやその関西弁は。
僕 そっちも全然上手くないやんか。
ニーサン おお! 乗ってきたな! その調子や。
僕 いや、えっと……。あの、すみません。僕は僕でもいいですか?
ニーサン もう何を恥ずかしがってるんや。言いだしっぺはそっちやろ。しゃあないな。
僕は必死になってニーサンのノリについていく。
僕 店長、とりあえずこないだアップした店の写真は人気出てますよ。
ニーサン おお、見せてや。
ニーサンは僕に近づいてきた。
僕 ……こういう時はちゃんと掃除機切ってからきますよ、店長。
ニーサン わ、わかっとるさかい!
僕 そんな変な関西弁使わないです。
ニーサン 細かいなあ。はい、仕切り直してやります。
ニーサンが僕に近づいてくる。
ニーサン どれどれ。おお、ホンマやなあ。
僕 この店の独特なレイアウト、けっこうウケるんですかね。
ニーサン おお、ばえなんかもしらへんなあ。
僕 ほらこの人なんて毎回イイねしてますよ。
ニーサン おお! ホンマやな。ボクがカウントダウンっぽく上げてるやつ全部反応してるやん。
僕 今日をすごい楽しみにしてるんですね……ってそうだ……。どうしましょう⁈
ニーサン ど、どうしましょうって、そんなこと言われても。主役がおらんようなもんやし。
僕 主役なら……。
ニーサン ……それは無理あるって!
僕 ここまで用意したんですよ。
ニーサン いやいや、それは。それは俺だって。
僕 なんとかならないですか?
ニーサンは少し集中してから、接客をする演技。
ニーサン おお! みんな! ようきたな! 久しぶりやんけ、ワレ。
僕 やっぱり見てられないです。
ニーサン やらせといて!
僕 さっきから、その「おお」って何ですか!
ニーサン 知らないよ。え⁈ 無意識で喋ってるってこと?
僕 どうしよう……。
ニーサン ……オープンまで何時間くらい?
僕 まだ3時間は……。
ニーサン ……。
ニーサンは何か考えこみながら歩き回っている。
そして声を出した。
ニーサン 中止! 今日はやめ!
僕 はい?
ニーサン あいつなら……、たぶんこんなノリだったはず。
僕 え。店長がですか?
ニーサン うん。
僕 ……。
ニーサン 昔、あいつと移動カフェやってた時もトラブルってあったんだよ。行ったら出店場所がないとか、行くまでに事故ったとか、台風が来ちゃったとか……。
僕 中止したら、どうすればいいんですか?
ニーサン とりあえずみんなに連絡しないと。
僕 わかりました。WEBはすぐ更新します。
ニーサン 電話しなきゃいけない所ある?
僕 えーっと……たぶん、オーナーさんくらいです。
ニーサン かけるよ。
僕 あ、番号はここに。
ニーサン 知ってる。
そう言ってニーサンは電話をかけだした。
僕はその間にWEBページの編集に取り掛かる。
ニーサン もしもし。新井です。あー! お久しぶりです。ご無沙汰してました。いえいえ、ああもちろん元気ですよ。ええ。はい、はい、そうなんですよ! それが……僕もそれで今日行く予定だったんですけど……はい。すみません。ちょっとそういうことで……、改めて日が決まったら連絡します。突然の電話で本当にすみません。ちょっと店長も今手が回らなくて……。すみません……はい。ええ、今度普通にお会いさせて頂きますね。はい、ではまた、いつになるかとりあえず連絡しますね! はーい。
ニーサンは電話を終える。
僕 ありがとうございます。こっちもとりあえず全部アナウンスできました。
ニーサン ありがとう。
僕 ここからどうしましょう。
ニーサン そうだね。ボク、中止したってこれで終わりじゃないよ。ここからだよ。リベンジしたい?
僕 僕は……はい! したいです。
ニーサン もちろんまず店長を見つけて、だけど。
僕 ですね。
ニーサン なんか思い出してきた。ボク、昔の資料見てもいい?
僕 もちろん。僕も見ます。
そう言って店の記録やらアルバムやら何でもを2人して引っ張り出す。
ニーサン こういう時どうしてたか、たぶんどっかにあるよ。
僕 僕はあんまわかってないか気がするんで、良さそうなのあったらニーサンに持ってきますね。
ニーサン 了解。
動き回ってあれこれする2人。ニーサンは、見直しては自分のメモに写し直す。
僕は見繕ってはニーサンに見せに行く。しばらくそのやりとりが続く。
僕 ニーサンちょっと! この写真わかります?
ニーサン これ何? 家? 小屋? 海も近くてなんか映えな雰囲気。
僕 いやそうじゃなくて。
ニーサンに店内の作りと写真を見比べさせる。
ニーサン え……。どういうこと⁈
僕 そっくりですよね。
ニーサン 店をパクってる?
僕 あるいはこの小屋を真似た……。
ニーサン ここ行くしかないよ!
僕 間違いないです。
ニーサン どこなんだこれ……。
僕 ニーサンはご存知じゃないんですね。
ニーサン ごめん。全然知らない。
僕 いえいえ。そんなすぐ上手くいくわけないですし。
ニーサン それどこにあったの?
僕 これに挟まってました。
ニーサンにノートを見せる。
ニーサン 屋台の出店記録。懐かしいな。
僕 何かわかります?
ニーサン 台風で中止になったフェスのこと書いてる。俺はもう独立した後だな。えだちゃんが入ってちょっとくらいか。
僕 えだまめさん。
ニーサン うん。今の旦那さんと付き合いだした頃だと思う。
僕 ニーサン、えだまめさんとは連絡取れるんですか?
ニーサン え……とれるとは思うけど。
僕 何か手掛かりになるかもしれません。えだまめさんに店長のこと、この写真のこと聞いてみません?
ニーサン いや、どうなんだろ。流石に急にこの話持っていったら困るんじゃないかな。
僕 でも一番可能性があるのはえだまめさんだと思いませんか。
ニーサン ……そうだね。ボク今日はありがとうね。これでちょっと進みそうだよ。
僕 今連絡しないんですか?
ニーサン え。
僕 別にそんな失礼な時間帯でもないので、こういうのは早いほうがいいですよ。
ニーサン ……わかった。
言ってニーサンはスマホを取り出して電話をかけ始める。
通話を押す直前でニーサンが急に僕に言う。
ニーサン ボク、なんか店長に似てきたね。
僕 はい?
返事を待たずにニーサンはスマホを耳に当てだした。
コール音が店内に静かに響き、電話が繋がる。
えだまめ はーい?
ニーサン あ、えだちゃん? 久しぶり。ちょっと聞きたいことがあってさ。
ニーサンはそう言って店の外に出ていった。
僕は写真と店を改めて見比べ直した。
そして写真をみながらPCを打ち込み始める。
第2幕 第2章
ニーサンが店にやってきた。
ニーサン ちゃんと寝てる?
僕 寝てないです。
ニーサン ここの店員が不健康でどうするの。
僕 すみません、そうですね。
ニーサン たまにはボクも休まなきゃ。
僕 はい。
ニーサンはお菓子を僕の手元に置いていく。
僕 その後、進展何かありましたか?
ニーサン この小屋のことは何も。
僕 僕もわからないです。画像検索とかしてみたんですけど、この小屋っぽい写真は一つも見つからなかったです。
ニーサン そっか。
僕 ネットは世界中に繋がってるようで、あらかじめ繋がった場所にしか行けないんです。
ニーサン そういうものなんだね……。
僕 えだまめさんは?
ニーサン もう着くと思うよ。
呼び鈴が鳴る。ドアを開けに行くニーサン。
えだまめが店に入ってくる。
えだまめ 初めまして。えだまめって呼ばれてました。ボクさん?
僕 ボクです。急にお呼び出ししてすみません。
えだまめ いえ。私こそずっと来れてなかったんで。
ニーサン いきさつは電話で説明した通り。
えだまめ 店長が。
僕 はい。何かご存知のことがあればと。
えだまめ すみません。私もびっくりするだけで正直何も……。
ニーサン ごめんね。忙しいのにわざわざ。
えだまめ いえ、私が役に立てるなら全然。
僕 この写真、何か分からないですか?
僕はえだまめに写真を渡す。
えだまめは最初はしっくりこないが、見ている内に思い出したようだ。
えだまめ ……見たことあります。
僕 本当ですか⁈
ニーサン これ何なの?
えだまめ 見た記憶はあるんです。けど……何だったか。
ニーサン そこを何とか……!
僕 いつ見たんですか? どこで?
えだまめ うーん……昔、店長と二人で仕事してた時に。あ、だからこの店で。なんだっけ何かに挟まってた気がする。
ニーサン 同じじゃん!
僕 店長なんておっしゃってました?
えだまめ えーと……ごめんなさい。出てこないです。
僕とニーサン目を見合わせる。
僕 やってみます?
ニーサン やってみよう。えだちゃん。ちょっとその時のことを思い出してさ、その時を再現してみない?
えだまめ はい? 再現?
僕 ニーサンが店長でいいですか?
ニーサン オーケイ!
えだまめ ちょ、ちょっと。どういうこと?
僕 えだまめさん、さっきの質問の続きなんですけど、作業してたのはこの部屋ですか?
えだまめ そうだけど。
僕 何の作業ですか?
えだまめ ええ……。店長がそこにいて……そうだ! 出店記録を整理してて、私がピアノを磨いてました!
ニーサン ピアノ用クリーナー、どこにしまってるか覚えてるよ俺も。
そう言ってテキパキとウェスとクリーナーを用意するニーサン。
僕 えだまめさん、何となくでいいので思い出して、ちょっと喋ったりして見てくれませんか?
えだまめ やってみるけど……。
店長になりきって出店記録をペラペラめくるニーサン。
どうすればいいかわからず途方に暮れるえだまめ。
えだまめ ……これ、意味あります?
ニーサン とりあえず手を動かしたらええんちゃうか?
えだまめはあまり納得いかない様子でピアノを磨き始める。
僕はこっそりとニーサンの耳元にささやく。
僕 そっちから話題振ってください。
ニーサン 了解。
ニーサンが出店記録を見ながら言う。
ニーサン こないだのフェス残念やったなあ。
えだまめ 開催してほしかったですね。
ニーサン そうやなあ。
えだまめ 今でも思いますよ。
ニーサン 俺もやわあ。食材運んで、屋台組んだ後に中止はやっぱたまらんわ。
えだまめ 店長そう思ってたんですか?
ニーサン まあな。
えだまめ 何も言わずにテキパキ片付けてた気がしたけど。
ニーサン 文句言ったかてしゃあないやろ。
えだまめ ま、そっすよね。
ニーサン 山続いたし次は久しぶりに海行こか。
えだまめ 海……いいですね。
ニーサン よっしゃ決まり!
えだまめ こないだは周りも知り合い多かったのラッキーでした。
ニーサン そういえば馴染み多かったな。
えだまめ そうだ。店長。
ニーサン ん? どうした?
えだまめ 店長、こないだもリー君来てて。
ニーサン おお。そうやったんや。
えだまめ 一緒にいろいろ手伝ってくれて。
ニーサン おお、やっぱええ子やなあ。
えだまめ わたし決めました。リー君と結婚します。
ニーサン ええ⁈ おお、おお! そうか!
えだまめが僕に向いて言う。
えだまめ この時、店長が開いてたページにこの写真挟まってたんです。
ニーサン そっかそっかー。
えだまめ 店長、これ何ですか?
ニーサン ん?
えだまめ そしたら店長すぐに別のページに挟んでしまっちゃったんですけど……、「これは内緒」って。
ニーサン これは内緒。
言うやいなやニーサンは演技を止めた。
僕 こんな感じだったんですか?
えだまめ はい。
僕 なるほど。
えだまめ 覚えてるのはこれぐらいです。
僕 ありがとうございます。ニーサンは?
ニーサン ごめん分からない。
僕 僕こそすみません。何かピンと来るかなって思ったんですけど。
えだまめ あの……、もしかしたら、私その写真の場所見つけれるかもしれません。
僕 心当たりがあるんですか?
えだまめ ちょっと一言では説明しづらいです。
僕 探偵とかですか? 確かにここまで来たらお金かかってでも。
えだまめ いえ、探偵ではないんですけど。頼めそうな人がいるというか。
ニーサン ……それ大丈夫?
えだまめ 上手くやります。
ニーサン 上手くできるの?
えだまめ お金はかからないです。お願いしたら力になってくれるんで。それに、たぶん探偵とかより早いし、確実だと思います。
ニーサン いや、そんな……。
僕 ニーサン、せっかく今日来てくれたんです。えだまめさんの協力にかけてみません?
ニーサン まあ……うん。
僕 えだまめさん、その人? 現地に行かずに調べてくれたりますか? 騒ぎにはならないですよね。
えだまめ 現地は、ちょっとわからない……。けど、やってみる。
僕 わかりました。この写真、コピーしてきます。
そういって僕は店を後にした。
えだまめ ……改めて、お久しぶりです。
ニーサン うん。久しぶり。
えだまめ 元気にしてましたか?
ニーサン ああ。元気だよ。そっちこそどう?
えだまめ おかげさまで。来年には娘も保育所です。
ニーサン そっか! 何かお祝いしなきゃね。
えだまめ ありがとうございます。
少し沈黙。
えだまめ お店は変わってないですね。
ニーサン そうだね。
えだまめ ボクさん? しっかりした後輩さんですね。
ニーサン まったくね。あの子みてると自分は何だったのって思うよ。
えだまめ ニーサンのお仕事は順調?
ニーサン なんとか形になってきたよ。続けてみるもんだね。でも一番はやっぱ店長のおかげかも。
えだまめ 私もそうです。
ニーサン えだちゃんは、最近は何してたの?
えだまめ 娘が少し育ってきたんで、もうすぐ本格的に畑に復帰する予定です。
ニーサン そっかそっか。無理しないでね。リー君も元気。
えだまめ 元気ですよ。30歳と思えないです。
ニーサン いやいや30まだまだ若いよ。40見えてきたら……。
えだまめ 体は絞っといたほうがいいですよ。
ニーサン 本当だよ。
えだまめ 3人で店に来れるかなってそろそろ思ってたんです。
ニーサン そうだったんだ。
えだまめ 店長も半年前くらいには連絡くれてましたから。
ニーサン それが……。
えだまめ 私もちょっと呑み込めてないです。
ニーサン ……。
えだまめ こんな形で昔の人間が集まるなんてあるんですね。
ニーサン 本当だね。
えだまめ 店長がいなくて私たち2人なんて、いつ以来ですか。
ニーサン いつ……かなあ。
そういってしばらく考えこむようなニーサン。
少ししてからえだまめに向き直って言う。
ニーサン あの、本当いろいろごめんなさい。今まで。
えだまめ ……どうしたんですか?
ニーサン いや、今日もというか今か。いづらい所に呼んで。
えだまめ ええ?
ニーサン いや、すみません。本当どうしたらいいのか自分でも。
えだまめ ……まあ、さっきのはちょっと微妙でした。
ニーサン ……。
えだまめ 私も店長には色々相談してたんで。
ニーサン リー君は店長から?
えだまめ 違いますよ。一緒に何度かイベントで会ううちに。
ニーサン ご、ごめん。変なこと聞いた。
えだまめ いいです。ニーサンのそう言う所、昔からよく知ってます。
ニーサン あ……。
えだまめ まあ、私ももうふっきれてるし。
ニーサン さすが。
えだまめ ニーサンは……ちょっと頼りなさ過ぎました。
ニーサン ごめん。
えだまめ 謝られても意味ないですよ。
ニーサン ……。
えだまめ けど、今は頑張ってるみたいですね。
ニーサン いや、まだ全然。
えだまめ 店長のこととか。
ニーサン そりゃだって……
えだまめ 今のままでいてほしいです。ニーサンには……店長がいてもいなくても。
ニーサン ……ありがとう。
えだまめ そんな簡単に信用してませんから。
ニーサン はい……。
えだまめ ともかく店長見つけないとですね。周年記念できないし。
ニーサン ああ、そうだ。
えだまめ ニーサン、店長って周年嫌だったんですかね?
ニーサン それは……無い気がする。たぶんだけど。
えだまめ じゃあ帰ってきたら参加してくれると思います?
ニーサン ……何でかな。その自信ないや。
えだまめ 私もそんな気がします。
ニーサン えだちゃんも?
えだまめ はい……。
ニーサン そっか。どうしたらいいんだろう。
えだまめも店内を見回す。使われなかった飾り、食品の在庫が目に付く。
えだまめ そうだ……。いや、もしかしたら上手くいく?
ニーサン な、何が?
えだまめ ニーサンにしかたぶんできないこと、手伝ってくれませんか?
ニーサン ええ。
僕が店に戻ってきた。
僕 お待たせしました。少し時間かかっちゃいました。
えだまめ ボクさん。いい所に!
僕 はい。なんでしょう。
えだまめ さっき言ってたこと、この作戦ならいけるかも。
僕 作戦?
えだまめ 実は産休中にちまちま手を出していたんですけど……。
そう言ってえだまめは店にあるものを使って即席のセットを組んでいく。
店のレイアウトは写真の小屋とそっくりになる。
第2幕 第3章
えだまめ うっす! えだちゃんねるです! 先週撒いた
中略 執筆中
第3幕 離島の小屋
小屋の前に着いた僕。小屋と写真を見比べる。そして辺りを見回す。
扉から店長が出てくる。
僕 店長!
店長 嘘やろ。
僕 何してたんですか。
店長 何って……。
僕 どれだけ心配したと思ってるんですか。
店長 すまん。
僕 すまんじゃないです。
店長 そらそうやな。
僕 教えてくれませんか?
店長 あ! こっち来んといて!
僕 え。
店長 あーいや、そういう意味やないねんけど。
僕 あの。
店長 何か触った?
僕 何をですか?
店長 何でも。その辺のもの。
僕 何も触ってないです。
店長 ほんまやな?
僕 はい。
店長 そうか。助かるわ。
僕 何なんですか?
店長 順を追って説明する。一人?
僕 そうです。
店長 わかった。とりあえずスマホの電源落としてもらってもええか?
僕 え……はい。
僕はスマホの電源を消して店長に見せる。
僕 これで大丈夫ですか?
店長 ありがとう。一応聞くけど、録音とかそんなんしてへんよな?
僕 どうしたんですか?
店長 してへんな? 他に電化製品は?
僕 ないです。
店長 信じるわ。とりあえず助かる。
僕 あの、さっきから何のことか……。
店長 今から話す。まず一つ、話すけど、皆には黙っといてほしい。
僕 何でですか。
店長 それも言う。気持ちはわかるけど、まずは聞いてほしい。
僕 はい。
店長 二つ目。ホンマにすまんけど、今日はそこから動かんと、話を聞いたら帰ってな。
僕 ……はい。
店長 動かんでほしいってのは、なるべくここと俺に近づかんで欲しいってことやねん。
僕 とりあえず聞きます。
店長 すまんな。地べたやけど座るか?
そう言って店長は自分から腰を下ろした。
店長 もう1か月くらいか。
僕 ええ。
店長 そっちはどうや?寒なってきたか?
僕 そうでもないでです。
店長 そうか。
僕 この島はのんびりしていいですね。
店長 のんびりしてるよ。船ちゃんと動いてよかったな。
僕 動かないこともあるんですか。
店長 天気次第やし。何よりおっちゃんの体調と気分で決まるからな。
僕 そうなんですね。船長さんはいい人でしたよ。
店長 機嫌いい日やったんやな。相変わらずボクついとるな。
僕 どうなんでしょう。
店長 テキトーさについてこれるからやで。
僕 どういう意味ですか?
店長 変に焦らずツキを待つタイプなんよ、僕は。
僕 そんなことないです。焦りましたよ。
店長 ごめん、冗談はやめるわ。
僕 行けば何とかなるかだったんです。店長がいるのかすら知らずに来たんですよ。
店長 ようここがわかったな。
小屋の壁を指さす僕。
僕 そっくりじゃないですか店に。
店長 ああ。
僕 写真見つけて。
店長 写真? ネットかなんかに上がってたん?
僕 いや、ネットじゃないです。店で見つけました。見つけて……、見つけてとりあえず、その写真の場所に行けば絶対何かわかると思ったんです。
店長 それで場所を調べたんか。
僕 はい。
店長 もはや探偵やん。
僕 ごめんなさい。プライバシーとか。
店長 ようやるわ。まあ、ほんまに探偵に依頼されるよりマシか。
僕 ここはいったい何なんですか。あ、聞いてよかったですか。
店長 ……実家。
僕 ここが!
店長 正確にはじいちゃんの家。
僕 じゃあ店内のあの形は。
店長 そう。
水音が鳴る。
僕 この音!
店長 気づいた。
壁の配管を指す店長。
店長 まあ、店のはただの排水管やけど。
僕 ここのは?
店長 ボク、本読んだんやろ?
僕 え……えっと……もしかして水力発電の⁈
店長 そう。これが実物。
僕 え、じゃあここは? おじいさんは……。
店長 あ、××さんちゃうで。けどじいちゃん、実際一緒に仕事してたみたいや。
僕 じゃ店長がスローライフのことを知ったのは、
店長 知ったも何も、それで育ったんがおれや。
僕 そうだったんですね。
店長 それがめぐりめぐって、こんなことになるとは……人生は不思議やなあ。ほんま予想できへん。
僕 急にすみません。けど、本のおかげで店長にまた会えたんですよ。
店長 よう言わんわ。
僕 でも。でも、似せて作ったってのは、やっぱりここを知ってほしかったってことなんですか?
店長 別にそんなつもりで……いや、そうか。そうやんな。
僕 素敵なところですね。
店長 そう思うか?
僕 はい。
店長 こんな田舎の島やと不便やで。
僕 それでええんや。
店長 あ、お前!
僕 しっかりと店長から教わりました。
店長 俺がおらんでも完璧やん。
僕 はい。だから店は安心してください。
店長 わかった。
店長はどこか肩の荷が下りたように緊張を解いた。
僕 元祖タイダルカフェですね。
店長 そうや。この島の潮風とのんびりした空気感、それが好きであの店を作ってん。せっかくやから後でこの島をしっかり体感して行ってくれ。それが俺からの最後の教えや。
僕 了解です!
店長 前向きやなほんま! ちょっとはさみしがれ!
僕 そりゃ戻ってきてほしいですよ。でも無理なんでしょ?
店長 うん。無理やな。
僕 やっぱりハッキリしてますね。
店長 知っとるやろ。
僕 そうでもないです。店長のこと全然知ってなかったです。
店長 なんやそれ。
僕 お店が嫌になったんですか?
店長 そんな訳あるか!
僕が店長のツッコミに対して乗ってこないので、店長は向き直る。
店長 まあ正直、街がそろそろきついなってのはあったかもしれへん。
僕 けど、ただ嫌なだけだったらあんな消え方しないでしょ。
店長 何で?
僕 店長だったら、しないです。
店長 ……ほんまよく分かってるな。気を使わせてすまんかったな。一人でここまで苦労かけたわ。
僕 いえいえ、みんな手伝ってくれてますよ。ニーサンとか。
店長 あいつ元気?
僕 元気ですよ。店長見つけたって言ったら怒ると思います。
店長 そうやろなあ。
僕 ニーサンにはせめて何か伝えたいです。探すのすごい手伝ってくれたんで。
店長 ……。
僕 そろそろ聞いていいですか? 一体何があったんですか?
店長 話すって言ったのは俺やもんな。
僕 はい。
店長は改めて周囲を見回し、その後で静かに話し出す。
店長 実は俺の奥さんがな。
僕 奥さん⁈
店長 そんな驚くなよ。俺だって結婚くらいするよ。
僕 いやそうじゃなくて! ええ! 前から?
店長 落ち着けって。
僕 すみません。
店長 ボクが来る前からよ。
僕 全然知らなかった……。
店長 誰にも言うてへんしな。
僕 だとしても。
店長 あんな。
僕 なんです?
店長 言うで。
僕 いや言ってください。
店長 ……奥さん、病気あって。
僕 え。
店長 だいぶひどなってしまってな。
僕 それは……。
店長 すまん。流石に一から説明する時間なかった。みんなに。
僕 今、大丈夫なんですか?
店長 うん。
僕 ……良かった。
店長 けど、だから俺は店に戻られへんねん。
僕 後遺症とか何かそういう?
店長 ううん違う。
僕 それじゃ、
店長 ボクは化学物質過敏症って知っとるやろ?
僕 まさか。知ってますが……。
店長 そうや。俺の奥さんがそうなんや。
僕 いや、でもだったら、言ってくれたら。
店長 昔は俺もそんな感じやった。けどそんな簡単やない、この病気は。いや病気だけやないんや。
僕 病気だけじゃない?
店長 うん。
店長は一息入れてから喋り始めた。
店長 元々は健康なごく普通の人やってん。趣味でピアノ弾いてる人やったんやけどな。
僕 ピアノ。
そう言って僕はピアノを見る。店同様にここにもピアノがある。
店長 過敏症やと、食材とか調理法とかすごい大事やねん。やから食べれるものは限られるんよ。そんな奥さんがうちの店を見つけてくれてな。いつか行きたいですってファンになってくれたんよ。
僕 それが出会いだったんですか?
店長 もうだいぶ前やな。まだSNSもこんな全盛期やなかったけど。ネットってのはなんかすごいんやなって思ったわ。
僕 掲示板とかもありましたもんね。
店長 怖いから近づきすぎんようにしてたけどな。
僕 昔はなんか薄暗い雰囲気ありましたからね。
店長 まあ、そんでも俺は奥さんに少しでも見てほしくてな。
僕 それが元々のホームページだったんですか。
店長 そう。
僕 移項してからもちゃんと見れてましたか?
店長 もちろん。見れへん時は改良依頼してたやろ。
僕 あ。じゃあ僕がやってたのは。
店長 すまん。ほぼ俺関係や。
僕 なんかほっこりしました。もしかして、これまで店に来られたこととかも?
店長は無言で首を横に振る。
僕 もしかして、うちの店だと厳しいエリアでしたか?
店長 うん。
僕 都会で、ローカルを体験できるのがうちの良さですから……。
店長 そういうコンセプトやからな。にしてもあの辺があかんってよくわかったな。
僕 過敏症のことは昔、漫画で読んだことがあるんです。
店長 ああ、あるな。俺も奥さんとあうようになってから読んだわ。
僕 それでも周りに少しもそういう方はおられなくって……。
店長 縁遠い存在よな。
僕 今こうして店長の奥さんの話を聞いて初めて身近になりました。
店長 まあ、でも俺も奥さんもな。色々頑張ってみたんよ。治療も。そんで、いつか身体の調子がいい日に店に行けたらええなって。そんで奥さんもお店にピアノあるんやったらって。けっこう練習とかするようになったんよな。最初はそれでよかったんやけどなあ。
僕 最初は?
店長 うん。奥さんも練習するのにハリがあるからって、自分の演奏を動画で撮って投稿するようになってん。POT PIANO チャンネル って名前やねんけど、知っとる?
僕 いえ……見たことないです。
店長 そっか。まあ今はもうチャンネルも消したしな。
僕 それは、
店長 うん。まあ順番に話すわ。奥さんも……まあ、普段なかなかやりたいこともできんからさ、だんだんチャンネルの人気が出るのが嬉しくなっていったんよ。初めはたまたま気合入れるために昔演奏会で使ってたドレスで動画投稿しただけやったんやけど、その時の再生回数が良くってな。まあ俺もドレスって綺麗やしなくらいに呑気に考えてたんやけど、ちゃうんやな。ドレスって肌の露出とか胸元が見えるとかそういうもんよな。俺は最初は再生回数が高いのは選曲がええんちゃうかって言ってたけど……アホでも気づくよ。ドレスやなくっても、人気の曲じゃなくても、再生回数高いのがどんなんかわかってきて。だんだん服装が過激になっていって。
僕 そんな。でもピアノ弾くのは元々店に来るためで。
店長 そうや。というか、確かに店に来るためでもあったんや。
僕 どうしてですか?
店長 化学物質過敏症の一番の治療は質のいい食材や住環境や。それってごっついお金かかるねん。
僕 そうですね。
店長 奥さんからしたらな、今までずっと自分で自由にお金稼ぐこともできんかってん。それがやっと自分の力で自分の面倒が見れるようになったんや。
僕 そんな。でも……。
店長 ほんで最近は俺らもどんどん忙しくなってたやろ。
僕 ええ。
店長 俺も暇やったころみたいにずっと奥さんと喋ってる時間が減りだしてた。
僕 でも店長は、
店長はボクを遮って話を続けた。
店長 ネットってホンマ便利よな。家に居ながらいろんな人とコミュニケーションできるんて、すごいええことやん。事件は初めて奥さんが配信ライブやった日に起きた。演奏終えた後に視聴している人と話が盛り上がったみたいでな。自分の病気のことを話題にしたみたいなんよ。本人としてはきっと応援してくれるつもりやったんやろうな。けど、それが何の怒りに触れたんか、視聴者の1人が奥さんに噛みついたみたいで、放送終わる前に言い争いになってしまったんや。
僕 それは……、何ですか。その病人はおとなしくしとけとでもいうような……?
店長 かもな。俺もはっきりその人の意見を聞こうとしたわけちゃうし。
僕 僕だったら、たぶん聞かないです。
店長 まあ、人の自由やな。
僕 そんなことないですよ!
店長 まあまあ。もっと大きな問題はそこやなかったんや。
僕 もっと……?
店長 配信中にそんな言い争いをしていたからな。ちょっとした炎上騒ぎがニュースになって広がりだした。そしたら、その時に言い争ってた人が、どんどん話を広げて焚き付けたらしいねん。
僕 なんなんですかその人。
店長 そしたらどんどん直接その時のことを見てない人にも話がどんどん広がってな。奥さんはその時のライブ配信は消しとったけど。他の動画のコメント欄に人が殺到し始めた。そんでみんな好きなことテキトーに書いてくんやな。ようわからんけど。
僕 そんな人たちは無視です。
店長 その通りやと思う。それに前にも言うとったやん。直接攻撃しに来るやつなんて200人に1人くらいやってな。
僕 はい。
店長 だから、俺も一旦、動画配信から離れときって言うたんやけど……。
僕 けど……? どうされたんですか。
店長 本人にとっては数少ない世界とのつながりやったんよ。気軽に外にも出れないあの子の。そんな簡単に手放せるわけない。投稿しなくてもやっぱどうなってるか気になったんや。
僕 ……。
店長 全然収まってなかった。ていうか全部残ってた。文字や言葉が。そんでな、僕。
僕 はい。
店長 多すぎたんよ。量が。
僕 ああ……。
店長 200人おって1人やったらええけど、20000人おったら100人になるんか。100人に責められるのはきついで。
僕 ……あの。
店長 しかも残りの99人かって味方とは限らんねやな。応援してくれる人もおったけど。テキトーな奴もおったわ。ぜひまた復活して、綺麗足を見せてくださいとか、乳見せろやとか。
僕 すみません!
店長 ……。
僕 すみません‼ 僕……。
店長 いや、俺こそすまん。何を……。
僕 僕、無責任でした。本当にごめんなさい。
店長 ボク。君のせいやない。君が助長したわけやない。
僕 だって僕は、軽い気持ちで。
店長 わかった。ほなら聞き。これから気を付けていけ。もうそんだけや。自分でそう思うんなら。
僕 すみません。そうします。
店長 すまん。俺かってボクに迷惑かけて、人のこと言われへん。俺も、奥さんのことでもう、わけわからんくて。奥さんどんどん元気やなくなって。
僕 僕らには、言えなかったんですよね。
店長 そうみたいや。何でなんやろ。
僕 いえ。僕だってそんなことになったら……。
店長 過敏症ってな、許容量みたいなものがあるねん。いろんな化学物質とか。人によっては、電磁波とかそんなのもな。それが、コップ一杯の人もいたら、プールぐらいの人もいる。
僕 さっき言った漫画で、僕も知りました。
店長 ただでさえ、そんなやのに。インターネットまでそうなってしまうんかなって思った。あの子に自由に触れる世界はもうないんかなって。
僕 奥さん、PCとか、電波は大丈夫だったんですね。
店長 その時はな。だけど今はもう触られへんねんで。症状の悪化かもしれへんし、そうやなくても、もう……。
僕 それで……。
店長 もう俺も色々無理やった。奥さんのことは考えられても、他は全部、もう無理やった。店のフォロワー数が増えるのも無理やった。
僕 それでも、店を出るまでにこっそり準備してくれたんですか?
店長 いいや。ボクも案外抜けてるんやな。
僕 え。何がですか?
店長 置いてった書類しっかり見てへんかったんやな。あれは俺がそれっぽく作っただけやで。
僕 え! そんな! でも、だって緊急事態だったんですよ。
店長 うん。その通りやわ。……ほんまにごめん。
僕 いえ、すみません。店長もそうだったんですよね。
店長 とにかく人目から消えたかったんかな……。
僕 そしてここに。
店長 前から一緒にどこか移ることは考えてたけど。もう今しかなかった。いや、いてられなかった。いさせたくなかったし。
僕 僕は素敵だと思います。
店長 ええよ。気を使わんで。
僕 いえ、そうまで思える人がいるのは、なんだかうらやましい気もします。
店長 どうやろな。単に俺が怖がってるだけな気もする。
僕 そんな。
店長 社会人としてどうなんよ。何もかもほっぽり出して。
僕 でも、奥さんは、店長にとって奥さんだけなんでしょ。
店長は急に笑い出した。
僕 真剣です!
店長 ごめん。そうやない。笑ってでもおらんとしんどい……そうやねん。何なんやろな。こんなおっさんになって。俺にはあの子だけなのよ。
僕 変じゃ、ないですよ……。
店長 これからどうしようかな。
僕 ……焦らずゆっくりでいいじゃないですか。
店長 そうやな。
僕 はい。タイダルカフェですから。
店長 ニーサンには俺のことなんて言う?
僕 分からないです。
店長 あいつ、ここ来るかな?
僕 来るとまずいですか?
店長 どうやろな。
僕 じゃあ、店長がいたって言わないです。
店長 そっか、ありがとう。けど、無理やろ。だましだましは。
僕 それは何とか頑張ってみます。
店長 ええよええよ。無理せんで。
僕 無理だなんて。
店長 いやいや。結局ボクにも見つかったんや。どこにおったかって、きっと誰かが見てるもんなんよ。
僕 店長にも奥さんにも迷惑をかけませんから。
店長 迷惑なんてそんなことないよ。むしろ騒ぎにせんでくれてありがとう。
僕 僕の力じゃないです。ニーサンやえだまめさん、きっと他のみんなも。
店長 えらい世話になってしまったんやなあ。
小屋の中からピアノの音が聞こえてきた。
店長 店のこと、みんなにも頼むわ。
僕 あの。それじゃ……あの! 邪魔にならないように。置いときます!
僕は持ってきた本数冊をリュックから出して近くに置いた。
僕 後で、ちゃんと消毒というか、してくださいね! 上から目線ですみません。店長に、いや、お2人に、きっと役に立つような気がして。
店長 ああ。この本……。そうやな。この本は安全や。
僕 漫画もまた、読んだらいいと思います。きっと。電波が使える時に、カフェのアカウントも覗いてください。それから……。
店長 うん。そうするわ。ほならまたいつかな。
そう言うと店長はこちらに来て、本を受け取ると小屋の中に帰っていった。
僕 僕はそれからこの島のことを少しだけ見て回って、その日の最後の船で島を出た。後日、店に戻った。僕がいない間お店はニーサンとえだまめさんがしっかり営業してくれていた。えだまめさんの作戦もあって店はここ最近で一番、お客さんが多くてすごく忙しかったらしい。そのピークも過ぎてから僕が帰ってきて、みんなで一通り店の片づけをして。
店内を片付けた後、旅支度の僕、ニーサン、えだまめが並ぶ。
僕 店長の想像した通り、ニーサンに隠すのは無理だった。えだまめさんまでついてきて、結局すぐにあの島に行くことになった。事情を全て説明したわけではないけど、3人で、細心の注意を払って。でも、今度はあの小屋ももぬけの殻になっていた。置き手紙も無かった。でも、僕もニーサンもえだまめさんも、誰も焦ったりしなかった。心配しなくても店はみんなが協力して続いている。きっと店長も、店長の奥さんだってどこかで元気にやっているに違いない。
ひとしきり海辺の小屋を見回って、ニーサンとえだまめはそれぞれ出てゆく。
僕はPCを開き、画面を見ている。
僕 えだまめさんは一回ご家族で店に来た。お店と契約を結んで、これからは畑でとれた野菜をお店で提供できるはずだ。ニーサンはあれ以来、役者を目指している。でもプロになるワケじゃないらしい。移動カフェを再開して、行った先の町で店長の真似をして出店するのだ。きっと「なったのこの人をどこかで見かけませんでしたか?」のメッセージだ。そういう旅役者に、ニーサンはなったのだ。そして僕は今日もこの店にいる。色々考えたけどタイダルカフェの名前は変えることにした。以外にも反対意見は出なかった。でもどんな名前にしよう。何かあの島の、海を感じるようなそんな名前はどうだろう。いや、そんなことよりもお客さんが……。
PCを閉じて僕が言う。
僕 今日も来てくださってありがとうございました。
終
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