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【REVIEW】水樹奈々、この3枚【ディスクレビュー】

水樹奈々という存在は、もはやアニソンシーンだけで留まるような存在ではなくなっている。

1997年に声優としてデビューし、2000年12月に歌手デビューしたのち、2009年の『第60回NHK紅白歌合戦』から6年連続出場で同番組に出演。

これまでアニソン歌手に注がれてきたイメージを一新に書き換え、J-POPシーンひいては日本のポップミュージックシーンのなかで、アニソンシーンを一気にオルタナティブな存在へと引き上げた旗頭だと言ってもいいだろう。

アニソン歌手としての地位を確固たるものにすると同時に、彼女はアニメ作品での声優としてはもちろん、バラエティ番組への出演、情報番組や報道番組でのナレーションや、ミュージカル作品にヒロインとして出演するなど、声優の幅を広げていこうとチャレンジを試みている。

90年代に夜7時頃のゴールデンタイムでアニメ作品が放映されていた時代を肌で知り、アニメ作品の多くが深夜帯へと移っていったあとにも、最前線で彼女はアニメ声優を続けてきた。

この20年におけるアニメシーンとアニソンシーンの浮沈を知り、いまやその2つのシーンを代表する顔役とも言えよう彼女。そんな彼女が放ってきた音楽作品は12アルバムと数多い、ここでは3枚に絞り、彼女の足跡を追いかけていこう。

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『MAGIC ATTRACTION』

2001年に発売された『supersonic girl』から、1年と経たない2002年11月に発売された『MAGIC ATTRACTION』。その後の4作目『ALIVE & KICKING』までをプロデュースし、現在では水樹奈々のライブをプロデュースしている矢吹俊郎とのタッグが始まる、まさに運命的な出会いを記した1枚だ。

幼少時から演歌を学び、「のど自慢大会荒らし」とまで言われていた水樹には、演歌の歌唱法が深く身についていた。1995年後半から2001年まで奥井雅美をプロデュースしてきた矢吹は、水樹にポップ・シンガーとなるうえ歌唱法を叩きこみ、それまでの演歌の歌唱法にさらなるアップデートを加えようとした。「喉から血が出るまで歌え」とまで叱咤した彼こそが、水樹奈々が日本屈指のシンガーへと上り詰めるきっかけとなった存在なのだ。

矢吹と組んだ水樹は、シングル「POWER GATE」にて自身の歌唱に手応えを感じたと語るが、今作は、彼女のボーカルスタイルとポップスサウンドの親和性をしめした一作だ。

同じくシングル曲の「suddenly ~巡り合えて~ 」や「フリースタイル」「ジュリエット」などのバンドサウンドを軸に、R&Bとハードコア・テクノが調和した「through the night」などが収録された、王道のJ-POPサウンドが今作にはある。

サウンドプロデュースを務めた矢吹俊郎に加え、ポルノグラフィティの初期を支えた本間昭光や、当時『ファイヤープロレスリング』『フォーメーションサッカー』や『Memories Off』シリーズで活躍していた志倉千代丸も作曲として参加している。王道のJ-POPそのもののサウンドのなかで、ヴィブラートや節回しの独特さをみせながら歌う水樹奈々の姿を聞く人は見つけることができる。

ハイライトとなるのは、やはり5枚目のシングル「POWER GATE」だ。いま現在でもライブで披露されるこの曲は、
「僕らで時代とか変えていかなきゃ 必ずできる」
と歌われ、聴くものの心を奮い立たせる応援歌としてファンからも愛される定番曲だ。水樹奈々も「この曲から、わたしの歌いかたは段階的に今のスタイルへと変化していった」と語っており、彼女にとっても、ファンにとっても、思い入れ深い一曲といえるのだ。

この曲をはじめ、今作では反骨精神を垣間見せる歌詞がいくつも出てくる。その言葉は、『水樹奈々が聴き手を応援する』という、その後の方向性を確立していく一助になっているのを忘れてはいけないだろう


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『ULTIMATE DIAMOND』

『MAGIC ATTRACTION』から7年、武道館を始めとするアリーナクラスのライブ会場で公演をしはじめ、深夜アニメ作品が日に日に人気を集め始めていた2009年、彼女はこの年の『第60回NHK紅白歌合戦』に初出演をはたし、2010年代の今につながるアニメ/アニソン人気を引き寄せたと言えよう。今作『ULTIMATE DIAMOND』は2009年6月に発売され、紅白でも披露した「深愛」などの人気曲が封じ込められた、彼女にとってのブレイクスルーとなった1枚だ。

現在彼女の楽曲プロデュースをしているELEMENTS GARDENとのタッグは、今作で3作目になる。重厚なストリングス、ヘヴィなロックサウンド、強く歪んだシンセサイザーが刺さるエレクトロサウンド、上へ下へと激しく変化するメロディラインなど。

それぞれが絡み合って生まれるごった煮の激しさは、音楽的なキメラとなってリスナーの耳に飛び込んでくる。その後の作品でもその攻撃性は失われず、水樹奈々という音楽を独特のテイストになっている。

もちろんその中心にあるのは、水樹奈々のパワフルなボーカルということを忘れてはいけない。先に挙げた『MAGIC ATTRACTION』から7年が経過し、素の歌声から徐々に力強い歌声を発声できるようになってきた彼女は、今作でついに本領を発揮することになる。

太くまっすぐに飛んでいく歌声、深く大きく揺れるヴィブラート、その2つをうまく交えながら、歌詞に込められた感情を象っていく。濃い音に、濃い声、濃い感情と言葉、それらが深く混ざり合っていく。

この濃さにリスナーが強くひかれるのは、『水樹奈々が聴き手を応援する』というストーリーラインがあるからに他ならない。夢、理想、未来、そういったものへと邁進する人が、困難や挫折にぶつかった時に、彼女の歌はその隣で励まそうとする。「少年」や「PERFECT SMILE」はまさにその代表になるであろう、「沈黙の果実」「悦楽カメリア」「Dancing in the velvet moon」は、演歌によく題材にされるような男女間の切ない情愛をハードなロックソングだ。

今作のハイライトと言えるのは、「Astrogation」だ。聞いてみるとラブソングのように思えるのだが、彼女はこの曲で、銀河や無限といった言葉を使いながら

「夢を語るには 宇宙じゃ なんか狭すぎるから」「上手く言えないけど僕についてきて 空を教えてあげるよ」

とまで歌いきる。その姿は、だれかに愛を語る女性ではなく、膝を折って疲れ果てたリスナーの目の前に現れた、女神のような存在のようでもある。彼女の歌声と言葉は、時として応援歌という枠を飛び越え、僕らの前を歩いていく、なにか異次元の存在として現れるのだ

もう一つ、リスナーが彼女に聞き惚れる理由は、だれかに感謝を込めた歌を、彼女が歌いつづけてきたということにあると思う。今作においては、亡き父へのメッセージを込めた「深愛」がそれに当たるだろう。これもラブソングのような形に読めるが、その奥にある深い熱情は、友情や家族愛にもつながるような普遍性を捉え、リスナーの琴線を大きく弾いてくる。感謝と応援、水樹奈々の音楽の屋台骨といえよう両骨が、今作の力強さを支えているのだ。

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『NEOGENE CREATION』

『ULTIMATE DIAMOND』で自身の音楽性を固めた彼女、2010年からの約7年間は、その熱量をどこまででも広げていこうとする活劇だったと思う。

東京ドーム公演を2011年に開催したことを皮切りに、千葉マリンスタジアム・横浜スタジアム・阪神甲子園球場と野球場でのライブ公演を成し遂げ、2017年には出雲大社で奉納公演を開催し、2018年には日本武道館で同一ライブを7日間行なうという前人未到のライブを敢行。「声優として初めて」という冠言葉が、彼女にはよく似合うようになってきたほどだ。

7年間で積み重ねた音楽作品はアルバム5枚/シングル15枚というハイペースぶり、合計で約100曲近い楽曲を発表してきた。7年間で行なったライブ公演は100回を超え、ホール・アリーナ・ドームを問わずほぼ満員で埋まる

この快進撃をみてはっきりと分かるのは、彼女は名実ともに、この国の女性シンガーのトップに上り詰めたというこだと。それも、アニメファンや声優ファンという括りを超えて、水樹奈々という女性のファンが生まれてきたことが、その理由にもなるだろう。

その意味でも、2017年に発売された『NEOGENE CREATION』が、彼女が『ULTIMATE DIAMOND』以降に積み重ねてきた5枚の作品とは、一線を画す作品だといえるのではないだろうか。

大仰なオーケストレーションとタイトなバンドサウンドが絡む1曲目「めぐり逢うすべてに」、これまでならばインスト曲や導入曲がアルバム頭に入ることが多かったが、それを覆すように選曲され、厳かに始まりを告げる1曲目だ。

この曲は、14年前に発売した2ndアルバム『MAGIC ATTRACTION』収録の「あの日夢見た願い」、その第2章に当たる曲だとインタビューで答えている。作詞は「あの日夢見た願い」でも作詞を務めた松井五郎、水樹自身からのオファーだったという。「夢を追いかける」というテーマを、成長した彼女の立場で歌い上げようと試みたのだ

こうした点をみるとわかるように、今作の軸を一言でいうするなら、変化と素直さにあると思う。それは特に、phatmans after schoolのヨシダタクミの参加に現れていよう。彼が提供した3曲のうち、「STAND UP!」と「絶対的幸福論」はそれまでの水樹奈々になかった質感を引き出した。

重々しくも厚みあるオーケストラ色が持ち味だった弦楽器のサウンドを、軽やかなカントリー/ケルトミュージック色の質感へと変えた「STAND UP!」は、これまでのリスナーに大きな驚きを与えてくれただろう。また「Please Download」ではオートチューンとボコーダーを使い、水樹の声を初めて加工した楽曲で、これまでの水樹奈々像からの変化を伺わせてくれる。

今作を締める「絶対的幸福論」は、アニメ声優のイメージをそのままに移したような戯画的な物語を歌ってきた彼女ではなく、赤裸々で生々しい言葉で、自身の想いを歌い上げる。

サウンドプロデュースを務めるのは、これまで同様にELEMENTS GARDEN。彼女との共同制作も10年を超えようというなかで、新たな水樹奈々の音楽を生み出そうと躍起になっているのが伝わってくる。今作はその意味で、新たな7年を生み出す試金石となる一作といえるのだ。


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