【DTM】Modartt Pianoteq 6(物理モデリング音源) レビュー

 今回はpianoteqのレビューです。この記事を書いている段階ではバージョンは「6.7.3」、エディションは「Pro」です。⇒2020年11月追記「pianoteq 7のレビュー」

【オススメ度】:★☆☆☆☆

【総評】:未来志向で将来性を感じるが発展途上と迷走を感じるピアノ風音源。ランダムな音色生成で再現性が無いという致命的な欠点も。

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 pianoteqはV3からずっと買い続けていますが何とも言えない立ち位置の音源です。私が現在所有しているのは「Steinway D」「Steinway B」「Bechstein」「Ant.Petrof」「Grotrian」「Bluethner」「YC5」「K2」です。グランドピアノで買っていないのは「steingraeber」だけです。

 まず一番の特徴ですが、物理モデリング音源ということで通常のサンプリング形式の音源と違い、入力に応じて音色が生成されるため、ベロシティレイヤーの切れ目が無い自然な強弱表現や多彩なカスタマイズ等、収録元サンプルの制約に縛られない自由度が非常に高い音源です。(ただし、これにはデメリットもあります。詳細は後述)

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 また、スタンドアローン版も非常に気が利いていて、「Recently played on  the keyboard」と自分が弾いた直近の内容が自動でMIDIで記憶される設定になっており、サクッとアドリブで弾いたり軽くスケッチで作曲したフレーズ確認をするのに非常に便利です。(一定時間、間隔を置くと別の曲と認識して別のMIDIファイルとして保存します。一定期間を超えると古いものから自動で消えていく設定もできるので自分で消さなくても大丈夫です。)

 そして、容量が数十MBなのも驚異的です。この容量で収録サンプルに縛られずに生楽器の音色を自由に生成できるのは大容量サンプリング形式の音源より遥かに「未来」がある形式の音源だと思います。

 しかし一方で「容量が小さい=動作が軽い」とは必ずしもなりません。24bit/48kHzくらいまでならどのPCでも非常に動作は軽快ですが、96kHzや192kHzを選択すると急激にCPUのマシンパワーを要求されますので、「PCスペックが低くても良い」というような音源ではありません。

 なお、沢山あるアドオンの中で、どのピアノモデルが良いか?ですが、技術が発展途上中のpianoteqは単純に後発のadd-onが良いです。現在であれば最新のBechsteinが一番リアルな音色です。その為、元ネタのピアノが何かよりデモ版で実際に音を出して判断するのが良いでしょう。

 と、ここまでが一般的なレビューですが、下記の通り何とも言えない音色の問題と大きな欠点がいくつかあります。

【問題点1】音色

 まず、多くの人が言うように、ピアノと言えばピアノの音だけど、何か違うというような質感です。具体的には硬質さを感じないアタックの緩さや芯の無さを感じます。特に低音域はボヨヨンと鳴り、高音域は鉄琴の様に鳴るのが特徴的です。ペダルノイズ等もカチャカチャとチャチな感じであまり良い物とは思えません。

 別に本物のピアノを再現することだけが音源の全てではありませんので、ピアノ系鍵盤楽器の一種類として見れば使い所はたくさんあると思いますが、再現性という意味ではまだまだ物理モデリング音源では本来の元楽器の音色を再現するのは難しいと感じるところです。

 これはおそらく技術の問題だけでなく、製作者のサウンドデザインと思想の問題でもあると思います。おそらく物理モデリング音源であることの自然な共鳴等の響きをアピールしたくて中音域の倍音を豊かにという発想なのでしょうが、そのせいで輪郭がボケているような芯の無い音色になってしまっています。

 また、それを補うかのようにV5あたりから強い金属音を入れたりするようになったのも逆効果で一部モデルでは特定の鍵盤で金属音がキツく耳障りなものが増えました。(steingraeberを買わなかったのは自分がよく使う鍵盤が金属音で裏返るような音だった為)

 せっかくの物理モデリング音源なのに収録ミスのような大きな金属音や異音が混入するのは利点を台無しにしています。pianoteqはバージョンアップでどんどん音質が良くなっていますが、目指している方向性は結構迷走していると思います。

【問題点2】設定項目が複雑すぎる。

 pianoteqにはありとあらゆる設定項目があります。Proエディションならば一鍵盤毎の調整まで可能です。世界で一つだけの自分のピアノ音源が作れると言っても過言ではないでしょう。

 しかし、あまりにも設定項目が多く複雑なので、全てを理解して使うことは不可能だと思われます。 

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 例えば典型的なのがマイクの設定です。非常に多くの種類のマイクが選べて、マイクの位置(X,Y,Z)や角度、音の伝達スピードや各マイク毎の遅延等を調整可能ですが、このpianoteqのマイクの挙動を完全に理解して制御できる人はいるのでしょうか?(笑)。

 当然、これらのパラメーターは現実の音の伝達や本物のマイクの挙動とは違うのでpianoteq空間の挙動とpianoteqマイクの挙動を理解する必要があり、それが更なる困難を極めています。

 他にも各鍵盤毎に弦の長さや共鳴の仕方等も自由に変えられますが、これも設定項目過剰で手を入れるのが難しいです。ただ、鍵盤毎の音量調整や特定の鍵盤の響きが気に入らない場合はこの機能が非常に役に立つので、ここは色々試してみる価値はあると思います。しかし、確実に調整の「沼」となる事は間違いなしですね(笑)。

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 その為、結局これだけの設定項目があるにも関わらず、プリセットを元にちょっといじる程度にしか使えないという人も多いのではないでしょうか。

【問題点3】ランダムな音色生成で再現性がない。

⇒2020年11月追記:「CC#120 ALL SOUND OFF」の入力で解決することが判明。詳細はPianoteq 7のレビューにて。(下記記事は当時のまま残します。)

 次にこれがこの音源をオススメし難い一番の理由です。Pianoteqに限らず、MODO Bassとかでもそうですが、何故か市販の物理モデリング音源は「同じMIDIファイルでも毎回違う結果を吐き出すランダムな音色生成」を採用しているのです。

 よく色々なメーカーが「物理モデリング音源はサンプリング形式の音源とは違い、その都度、波形を生成しているので毎回違う波形が出る」というような説明をしていることが多いですが、これは明らかにおかしいです。同一の情報を入力して別の結果が生成されるのは明らかな設計思想に間違いがあると思います。

 確かに現実の生楽器は毎回微妙に違う音が出ているかもしれません。しかし、それは同じフレーズでも演奏者の演奏に微妙な違いがあったり、前のフレーズとの繋がりで生まれる響きの違い、弦や木の変化、気温や空気圧等様々な条件が変動していることによって発生する違いであり、「楽器そのものが同じ入力に対して毎回ランダムで違う音を出す」という発想とは大きく違うと思います。

 pianoteqは他の音源とは違ってよくあるラウンドロビンのような「明らかに性質が違う別の音」が鳴る訳ではありませんが、この微妙な差異が発生するランダムな音色生成で何が困るかという具体的な例をいくつか挙げます。

 まずは定位です。音域やダイナミクスが広く倍音が豊かなピアノでこのようなランダム音色生成で和音を弾くと、毎回微妙に音色が異なる事によって和音を弾いた時の音ぶつかり方が変わる為、定位が安定しません。

 まるで僅かにauto panでも振っているのかのように毎回微妙に違う定位の左右の揺れ方をします。同じ和音を連打するような曲では特に違和感を感じることでしょう。(変化はランダムであるため、自分で調整・制御する事は不可能です。)

 次にレベル管理が難しくなります。ランダムな音色生成なのでピークレベルが安定しません。これでは意図しないレベルオーバーや帯域被りによる音割れの危険性もあり、EQやコンプレッサーやリミッターをより「保守的」に掛ける必要が出てきます。これではベストを目指す攻めの音作りではなく、ミックスの為の妥協点を探すネガティブな作業になってしまいます。

 また、ランダムな音色生成で再現性が無いので書き出しは毎回ガチャです。ある一部分の響きが気になり、書き出し直したら今度は別の部分の響きが変わって気になるといった無限ループに陥る可能性もあります。

 リアルタイムのMIDI録音で弾いている時は「最高の出来だ!」となっても再生する時には弾いていた時と違う鳴り方をするので「こんなんだっけ?」となったりする可能性もあります。せっかくの豊かな表現力を活かした演奏内容でもこのランダムな音色生成で台無しです。

 このようにソフト音源なのに自分できちんと制御できず、ランダム要素を抱え続けたまま神と運に任せて祈りながら書き出しするなんてのは製作用ツールとしてはどうかと思います。

 悪い意味で現実のピアノ録音のアンコントーラブルさが持ち込まれており、ソフトなのに非常に大雑把な一発勝負のレコーディングしかできませんので、緻密に制御したい人や神経質な人には絶対に向かない音源です。

 また、この再現性の無い波形生成は音色にも大きく影響します。サンプリング形式ではなく波形を生成するpianoteqはサンプリングレートの設定で音質だけでなく音色が大きく変わります。

 24bit48kHzまでは似たり寄ったりな音色ですが、96kHzからあからさまに音色が変わります。しかし、上げれば上げる程純粋に音質が上がるタイプの変化ではなく、結構癖のある変化をします。

 例えば、96kHzでは低音が非常に強い音色になり、192kHzではクリアで煌びやかなタイプの音色になります。これは好き嫌いが分かれるような変化の仕方で、「同じ音色のまま音質が変化」というよりかは「音色自体の変化」という感じです。

 個人的には単純なリアルさでは96kHzで、192kHzはハードシンセのようにちょっと綺麗にデフォルメされている感じだと思います。

 また、サンプリング形式ではなく都度音色を生成するソフトである為、アップデートでアルゴリズムが変更されれば音色がガラッと変わってしまう可能性があります。pianoteqは過去にもアップデートで低音の出方やアタックの質感等が変わってきていますので、一つのお気に入りの音色をずっと大切にするというよりかは、その時々の一期一会の音色を楽しむしかありません。

 なので、この音源はアップデートや新たなアドオンが出る度に変化を楽しめる音源ですが、逆に言えば音色の安定性は著しく低い音源です。

【それでもpianoteqへの期待は大きい】

 物理モデリング音源の仕組み自体はサンプリング形式の音源よりも未来のあるシステムだと思います。

 まず、音割れやクリップノイズ等の収録上のミスが発生しませんし、音量や定位も弄り放題です。仮に変な音の鍵盤があってもアップデートでいくらでも修正できます。サンプリングベースの音源とは違い、「収録のやり直し」が無制限に出来るのは物理モデリング最大の特徴だと思います。

 しかし、単純なサンプリングでないからこそ、製作者の目指す方向性や根底にある思想により180度楽器としての出来具合が変わってしまうという大きな欠点がネックになっているような気がします。

 極端な話、「高級な楽器を高級なマイクで録音をすればそれで良いサンプリング音源」とは全く違い、音源の構築に楽器への理解が要求されるのが物理モデリング音源を作る難しさだと思います。

 しかし、物理モデリング音源が発展すれば、最近の容量の大きさだけが売りのハッタリ系のソフト音源は駆逐されると思います。容量と音色の相関関係のイメージが完全に崩れた時、宣伝文句の容量の大きさは意味をなさない様になり、純粋に音色の良さだけで勝負をする非常に健全な競争社会になると思います。

 ただ、今は前述の通り様々な思想の迷走により、最先端を行くpianoteqでも「オモチャ」に過ぎず、本命の「楽器」になれる水準ではないというのが私の実感です。

本記事は以上です。




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