Portishead 『Dummy』徹底解説 トリップポップを確立した名盤
Portisheadのデビューアルバム『Dummy』は、1994年にリリースされ、瞬く間にトリップホップの重要な作品として認識されました。
バンドの結成とブリストルの音楽シーン
Portisheadは、Beth Gibbons(ボーカル)、Geoff Barrow(プロデューサー、インストゥルメンタリスト)、Adrian Utley(ギタリスト)によって結成されました。このバンドはブリストルの音楽シーンから多大な影響を受けました。ブリストルはThe Wild BunchやMassive Attackなどの先駆者たちによって知られるようになり、トリップホップの発祥地として有名です。
Geoff Barrowはブリストルの音楽シーンで育ち、ヒップホップ、ジャズ、ソウルなどの多様な音楽スタイルに影響を受けました。これらの影響は、Portisheadのサウンドに反映されています。バンドはアンダーグラウンドな音楽シーンで活動しながら、独自のスタイルを築いていきました。
制作プロセス
アルバム『Dummy』の制作には約3年間が費やされました。制作過程では、アナログ録音技術が多用されました。Geoff BarrowとAdrian Utleyは、自分たちの演奏をアナログテープに録音し、それを一度レコードにプレスしてからサンプリングするという手法を用いました。これによってアルバム全体に温かみのあるアナログサウンドがもたらされました。
また、アルバム制作にはRoland TR-808リズムコンポーザーやRoland SH-101シンセサイザーなどの機材が使用されました。TR-808は、特に「It Could Be Sweet」のリズムパートで重要な役割を果たしており、SH-101は「Mysterons」の冒頭のエーテル的なリードサウンドを生み出しました 。さらに、Beth GibbonsのボーカルはAKG C414マイクロフォンを使用して録音されました。彼女の声はエモーショナルで感情豊かな表現を持ち、曲ごとに違ったアプローチをとります。ぜひたまに繰り出すソウルフルなボーカルにも注目してきいてみてください。
サウンドとスタイル
『Dummy』のサウンドは、ダークでムーディな雰囲気が特徴です。Beth Gibbonsの感情豊かなボーカル、Geoff Barrowのプロダクション、Adrian Utleyのギターが融合し、独特の音楽スタイルが生まれました。このアルバムはヒップホップのビート、ジャズの影響を受けたサンプル、エレクトロニカの要素を融合させています。
ヒップホップとサンプリングの影響
Geoff Barrowはヒップホップの影響を強く受けており、サンプリング技術を駆使してアルバムのサウンドを作り上げました。彼は1960年代や1970年代の音楽を使い、そのメランコリックなメロディとビートを組み合わせて楽曲を構築しました 。
アナログとデジタルの融合
アルバムの制作にはアナログ機材とデジタル技術が融合されています。アナログテープに録音された楽器パートを一度レコードにプレスし、それをデジタルサンプラーで再度加工することで、温かみのあるアナログサウンドとデジタルの精緻なサウンドを融合させました。
楽曲紹介
「Mysterons」
この曲は、アルバムのオープニングトラックで、Roland SH-101シンセサイザーを使用したエーテル的なリードサウンドが特徴です。このシンセサイザーは、ノイズをほとんど含まないピュアな波形(主に鋸歯波とパルス幅変調された矩形波)を出すことができ、これが曲に特有の浮遊感と神秘的な雰囲気を与えています。Roland SH-101だけでなく、他の多くのヴィンテージ機材やサンプリング技術を駆使して、ユニークなサウンドを作り出しています。
「Sour Times」
この曲はLalo Schifrinの「The Danube Incident」をサンプリングしています。1960年代のテレビシリーズ『スパイ大作戦』の一部として使用されていました。メランコリックなメロディが特徴的です。歌詞の中では女性が唯一の愛を感じる相手がいるにもかかわらず、他の誰からも愛されていないと感じている状況を描いています。
「Strangers」
この曲はWeather Reportの「Elegant People」をサンプリングしており、重低音のベースラインとノッキーなバスドラムが特徴の楽曲です。歌詞の中では疎外感や不安を描いています。
「It Could Be Sweet」
この曲はゆったりとしたビートと中盤のソウルフルなBeth Gibbonsのボーカルが特徴です。彼女の脆さと儚さがもろに伝わる曲で、これほど歌詞と楽曲がまとう雰囲気がマッチした曲は珍しいと思います。暗い中でも希望を持つことを大切にすることを歌った曲です。
「Wandering Star」
ダークなビートと不安を煽るようなメロディが特徴の楽曲です。「さまよう星(Wandering stars)」は人生に迷い、方向を失った人々を表しています。
「It’s a Fire」
この曲はBeth Gibbonsが完全に作詞作曲した楽曲です。そのためか、かなり絶望感の漂う最高の楽曲となっています。仮面の下では息ができないというフレーズは、取り繕って生きることの生きづらさを嘆いていると思われます。
「Numb」
タイトルの「Numb」は「麻痺」を意味します。この曲は重厚なビートと不安を煽るようなメロディが特徴的です。テーマは一貫して暗いものですが、ボーカルは妙に明るいアプローチをとっています。ところどころに感じられるソウルフルなボーカルがくせになります。
「Roads」
「Roads」でのBeth Gibbonsのボーカルは、彼女の独特の高めの声から始まり、その後、感情が高まるにつれて低くなっていきます。最後の方に巧みなバイオリンのサンプリングが使われています。
「Pedestal」
ジャズ風のトランペットと重厚なビートそしてトリップホップ特有のスクラッチが組み合わさった楽曲です。全体的に静かで落ち着いてます。
「Biscuit」
この曲はスリリングなビートとジャズ風の要素が融合した楽曲です。この楽曲はJohnnie Rayの「I'll Never Fall in Love Again」(1959年)とJames Brownの「Say It Loud – I'm Black and I'm Proud」(1968年)からのサンプルが使用されています。
「Glory Box」
この曲はIsaac Hayesの「Ike's Rap II」をサンプリングしており、エモーショナルでセクシーなサウンドが特徴です。他にもWallace Collectionの「Daydream」のベースラインもサンプリングされています。
途中のAdrian Utleyギターソロはブルースの影響を強く受けており、感情的な表現力が豊かで少しアルバムには珍しい味付けを加えています。
それと「Glory Box」はPortisheadの全カタログの中で最も有名で愛されている曲だと思います。この曲のリリース当時、イギリスのシングルチャートで13位にランクインし、多くの国でヒットしました
こちらに各曲の和訳を全部のせております。詳しい和訳はそちらでご確認ください。
アルバム『Dummy』の影響とその後の活動
Portisheadのデビューアルバム『Dummy』は1994年にリリースされ、すぐにトリップホップのジャンルを確立する作品として広く認知されました。
トリップホップの確立
『Dummy』は、ヒップホップ、ジャズ、ソウル、エレクトロニカの要素を融合させた独特のサウンドを持ち、トリップホップのジャンルを確立しました。Geoff Barrowのサンプリング技術とAdrian Utleyのギター、Beth Gibbonsの感情豊かなボーカルが融合し、他に類を見ない音楽スタイルを生み出しました。アルバムはリリース後すぐに批評家から高い評価を受け、1995年にはマーキュリー賞を受賞しました。
『Dummy』は音楽だけでなく、映画やテレビ番組にも影響を与えました。例えば、映画『A Life Less Ordinary』(1997年)や『Lord of War』(2005年)などで、Portisheadの楽曲が使用されています。またアルバムのサウンドは、1990年代の他のアーティストや後の世代のアーティストにも大きな影響を与えました。
Lana Del Reyは、Portisheadの『Dummy』から強い影響を受けたアーティストの一人として知られています。
このプレイリストにも「Glory Box」が入っています。
次作『Portishead』
Portisheadは、1997年にセカンドアルバム『Portishead』をリリースしました。このアルバムは、『Dummy』に比べてさらにダークで重厚なサウンドを特徴としており、批評家からも高く評価されました。『Portishead』は、バンドの音楽的探求をさらに深化させ、トリップホップの枠を超えた新たな音楽領域を切り開きました。
『Third』
2008年にリリースされたサードアルバム『Third』では、さらに新しい方向性が示されました。このアルバムは、クラウトロックの影響を受けた実験的なサウンドを特徴としており、バンドの音楽的進化を示す作品となりました 。