明日こそは

それは頭痛から

その日は突然やってきました。
2023年2月末のことです。

数日前から今までにない頭痛。
特に耳の後ろがズキンズキンと寝ていても目が覚める痛さです。
日頃、片頭痛などないのでおかしいなとは思っていたんです。

それから数日後、鎖骨や首筋に水泡のぶつぶつが出来て、これは帯状疱疹に違いないと思った初日の夜。

パン屋の仕事が休みだった翌日すぐに皮膚科で診察を受け、抗ウィルス薬・ステロイド薬・痛み止めの薬と塗り薬をもらいました。
確かに痛いけど薬もあるし大丈夫、きっとすぐ治ると思った2日め。

味覚がおかしい

甘いものを食べているのに口内の右側だけ苦く感じる3日めの夕方。

味覚障害が出てることに気づいたものの、帯状疱疹の薬の影響なのかな、お医者さんが「ステロイドは少し強いの処方したよ」って言ってたしなと、新しく耳の周りやうなじにできた水泡のぶつぶつに塗り薬をしっかり塗り、そのまま就寝しました。

でもやっぱり痛くて、深夜むくりと起き上がり痛み止めの薬を飲んで横になっても頭や耳の周りの鈍痛は続いていました。

右目が閉じていない

翌朝起きると何かがおかしい、口が引き攣って上手く喋れない、しかも右目から涙が出ていると気づき、鏡をみると右目が全く閉じず右側の口も少し開いたまま、愕然としました。

「調べてみたけど耳鼻咽喉科を受診したほうがいいよ」と家族に促され、耳鼻咽喉科を受診したところ、帯状疱疹の合併症による顔面神経麻痺だと判明しました。

とりあえず毎日点滴をして、悪化したら即入院だと言われました。
なので、それからは本当にまじめにとことん安静にしていました。

食べるたびに絶望

食べることが大好きなので食事のたびに絶望でした。

うまく口を開けることも食べ物を入れることもできず、もちろん噛むこともできず、日頃使っているスプーンが口に入らないので、小さなスプーンを使い、左側の口に流し込むように入れても、赤ちゃんのようにポロポロこぼしながら食べる日々。

特に辛いと感じた食べ物は麺類です。
上手にすすることが出来ず、フーフーも出来ない。
スープ、ジュースやゼリー系の食べ物も基本上手に食べれない。
口が右側が閉じないので吸うという行為自体が出来ない。

食べている途中に「うまく食べれん」って子供のようにわんわん泣いたこともありました。

ありがたいことに左側は味が分かるので左側で一生懸命に味を確かめながら毎日ポロポロモグモグ食べています。

食べれるんだから、いや本当にそれだけでありがたいことです。

耳鼻咽喉科を受診

ご存じでしたか?
帯状疱疹は皮膚科だけでなく耳鼻咽喉科でも受診できるんです。

特に、私のように首や耳あたりに帯状疱疹が出た場合は、稀に合併症を引き起こし顔面神経麻痺を発症することがあります。

難聴になったり耳鳴りやめまいが出ることもあるので、帯状疱疹発症の場所が首や耳に近かったら耳鼻咽喉科での受診を検討されてください。

帯状疱疹は発症から3日以内の投薬開始がとても大切だと言われています。
これは暴れだした水痘(すいとう)・帯状疱疹ウィルスの増殖を少しでも早く抑えるためです。

帯状疱疹を発症して顔面神経麻痺?って思ったり、大切な人や身近な人がなったら、迷わず速攻、耳鼻咽喉科で診てもらってください。

原因

心当たりはありました。
間違いなく過労です。

依頼がきた仕事は可能な限り引き受けてみようと思って取り組んでいました。仕事が楽しくて仕方ありませんでした。

自分が作りたいと思ったことがすぐに形にできる。喜んでくれる人たちがいる。こんな喜びが多い仕事は社会人になってから初めてのことでした。

気づけば休んでいませんでした。
睡眠時間もとても短いものでした。

今思うのは「ほどほど」です。
何事も「ほどほど」なんよ。

病気になって気づくこと

大好きな人が「それは強制終了よ、でも治る病気だから大丈夫」と。
ある人は「またgramさんのベーグル食べたいよ」と。

たくさんの方が「ゆっくり休んでね」とメッセージをくれました。
地の美味しい物やエネルギーに溢れた食べ物を送ってくれました。
香りに癒されるかもと玄関に花瓶ごとセージを置いてくれました。

主人がパンを作れる人だったので仕事を手伝ってくれ、今ではベーグルを作れるようになったスタッフもいます。
もう本当にありがたい事だらけです。

病気になって気づくのは家族の支えやそんな人達の存在のありがたさ。
優しい世界に包まれていた事を今さらながらに知る機会になりました。
たくさんの人に助けてもらいました。
元気をもらいました。
みんなありがとう。

私は心から感謝できていたのだろうかと自問自答する毎日です。
ちゃんと「ありがとう」って言えてたのかな。
思ったその時に「ありがとう」って言える人になりたい。

病気になって気づくことがたくさんありました。
病気が気づかせてくれたのかもしれません。

大切な人が困っていたり倒れそうになっていたら、どんなに忙しくても手を止めて、この手を伸ばそうと心に決めたのでした。

明日こそは

程度は重症。

そう言われても、あの時は「数週間で治るかもしれない」「あのイベントに出れるかもしれない」と、しばらくは一縷の望みを捨て切れずにいました。

楽しい事があっても笑うと引き攣って怖い顔になるから、「ちゃんと笑えん」って浴槽の中でひとり泣いてました。

2カ月経った今でも右目は閉じず、いまだに完全に閉じない右目からは時折涙がポロポロこぼれています。閉じない右目にふいに風があたるととても痛いので、外にはあまり出ないようにしています。

麻痺側の顔面の筋肉が垂れているため、力(りき)んで話すと口内を噛んでしまい口内炎ができるので、はじめましての人には極力会わないように過ごしています。

化粧落としや念入りの洗顔で泡が閉じない目に入ると、しばらくのたうち回るので、化粧もしないようにしています。

喋る時もなるべく発音しやすい言葉を探しています。
楽しい事があってもマスクの下で引き攣った笑顔を隠しています。
長時間の仕事もしないようにしています。

毎朝毎晩の蒸しタオル
毎朝毎晩のマッサージ
早寝遅起きの規則正しいリズムの生活
バランスの良い食事(心がけすぎて量が増えている気がする)
適度な運動

こんな規則正しい生活いつぶりだろう?
もしかしたら経験がないかもしれません。

「治したい」ただそのためです。

治ったら、思いっきり笑いたい。
治ったら、美味しいものを口いっぱいの頬ばりもぐもぐしたい。
治ったら、大人の飲み物のシュワシュワを大切な人と一緒に飲みたい。
治ったら、会えなかった人達に会いたい。

ふかふかの布団にもぐりこみ、小さな寝息をたてる愛犬をそばに感じながら今日も眠りにつきます。みんな今日もありがとう。

明日も今の私にできる数のパンを焼きます。
目が覚めたら、明日こそは右目がもう少しだけ閉じていますように。