似非エッセイ#09『斜めからの眺め』

その夜、毎週欠かさず観ていたテレビドラマを観終わった後で僕はふらっと家を出た。
山の中にある実家から、街灯もない細い道を下って下って、やっと広い道路に出ると目の前に母校である中学校のプールが現れる。
もちろん外からは見えないようになっているし、まして中に忍び込む事なんて絶対に出来ない。
だけどその夜、僕はどうしてもそのプールに忍び込みたかった。
ついさっきまで見ていた、男子高校生がシンクロをやるドラマの影響も多分にあったけど、端っこの辺りには別の理由が隠れていた。

それは僕が、高校三年生だったから。
それは僕の、最後の夏休みだったから。

だけどそんな度胸なんてなかった僕は、しばらくの間、プールがある場所から少し下った所にある、河原の土手みたいな芝生の斜面にぼうっと座って、目の前に見える少し不気味な無人の校舎と、ぎゅうぎゅう詰めの星空を眺めた。

当時の僕にはいくつもの終わりが迫っていた。
最後の夏休み、高校生活、地元で過ごす日々。

過ぎ去った過去を眺めながら、
失われゆく現在に膝を抱え、
未知なる未来を思う。

あの夏の夜の僕は、僕の姿のまま、まるで僕じゃないみたいに、でも確かにそこに存在していた。

あの夏の夜には戻れない。
けれど、僕はまたこの先も、あの時の風の冷たさと、未だ焼き付いて離れない景色を、ふと思い出すだろう。

今度地元に帰ったら久しぶりに、あの斜めからの眺めに逢いに行ってみようか。

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