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風日記⑨ 春、ツェッペリンと雨の歌、エモ・ウォッシュへの反抗

猛烈な通り雨に降られた。洗濯物を干していたので急いで取り込まなくては。本が濡れないように鞄を守りながら猛ダッシュで駆けていく。たぶん桜の一種だと思うのだけれど、雨粒と一緒にピンクの花びらが飛んできて、びたびたとくっついてくる。息を切らして部屋に着いた。幸い洗濯物と鞄は無事だった。

濡れた髪の毛とワンピースをドライヤーで雑に乾かしながら、西日に照らされた、横殴りの黄色い雨を眺める。きれいだな。濡れたのはむかつくけれど、生きているなと感じた。鏡にうつった自分の顔が、びしょびしょだけどお風呂上がりみたいにスッキリしている。それも面白くて、思わず笑った。

家から一番近い本屋さんの二階で、月に一度読書会をやっていて去年から参加している。毎月誰かが一冊選書して、それを皆で読んでくる。お店の二階は畳になっていて、そこに集まって、感想、関連した話題、日常、諸々話す。読書会のメンバー、店主、派生するゆるやかな関係性。瑞々しく心地よい。

雨、で思い出した。この間、その本屋さん界隈の人たちと、お花見と称して二階で飲み会をした。その日もたぶん雨だったのだけれど、花見をする夜には止んでいたから、お店の近くの公園の桜をみんなで観に行けたし、お店の窓からも桜がゆらゆらしているのを眺めることもできた。二階ではレコードがかかっていた。井上陽水とか、ジミヘン、それからLed Zeppelinのライブアルバム “The Song Remains the Same(永遠の詩)”が流れていた。最初からちゃんと聴いていたわけではないけれど、収録曲のThe Rain Songが流れた瞬間、盛り上がる飲み会の騒がしさの中から、私の耳が素早く音をキャッチしていくのが分かった。目の前の何人かとこの曲の話をした。

確か、The Rain Songって春の雨の歌じゃなかったっけ。へえー、そうなんだ。

その後帰宅して改めてじっくり聴いてみたら、結構ドラマチックで、わわわ、となった。メロウで感傷的な歌詞に若干たじろいでしまった。「春の雨」の歌というよりは、愛みたいなものを季節に例えた表現で構成した歌だ。夏も冬も出てくる。嘘を伝えてしまったな、と反省しながら、まあ春の雨でも間違ってはいないかとも思った。今、これを聴いている2023年の春。それは真実だし。

読書会のメンバーと話すうちに見つけた主題のうち、「“エモい”に抗う」がある。エモーショナルになることを「エモい」と表現するスラングがある。エモいという言葉をあてがうことは便利かもしれないけれど、単純化したその単語に感性を閉じ込めてしまう気がして、かつ「エモい」という現象に丸め込まれる感じがするので、積極的には遣いたくない言葉だ。その現象には自己陶酔の一面もある。エモさに酔うことで何かを失うことが、私は怖い。エモいという言葉に出逢う前に通り過ぎてきた(自他の)心の声や表現を無視してしまったのではないか。現実を婉曲させて、他者を都合よく解釈していないか。ホワイトウォッシュ、グリーンウォッシュ、エモウォッシュ!できればエモの奴隷になりたくない。

まあ、エモくなることが悪いと力説したいわけじゃなくて。曖昧な感情や感性の取扱いについて、私はより深く、慎重に考えたくなっている。

The Rain Songの歌詞にも出てくるとおり、人はthe seasons of emotionの中に生きていると思う。季節の変わり目に雨が降る。雨はトランジションの象徴だ。季節は移行し、回帰する。今、仕事でも成長と移行を感じている自分がいて、楽しくふわついているというよりは、むしろ冷静な気分なのかもしれない。プロジェクトでも予期せぬ雨に降られているわけだが、それでも必死に松明を守っていたい気持ちだ。I see the torch/We all must hold. ということで、プロジェクトを絶やしてはいけないし、できることをこつこつとやりたい。

それから、その時その時の状態や出来事を味わって、記憶し、言葉にしていきたい。

例えば、雨に降られてむかついて、でも妙にさっぱりして、わくわくしてしまう自分がいたこととか。読書会というゆるやかなコミュニティがもたらす人間的な喜びがあること。みんなでレコードを聴いて、誰かがギターを弾いて、それに合わせて歌ったこと。名刺交換のようなポージングで干物を炙る、「炙り外交」が面白かったこと。私はこういうかけがえのない瞬間を、いつまでも拾い集めていたい。

誰かに承認されなくても最高だと思える複雑な感覚を、複雑なまま覚えておくことが、とりあえず、私にとってのアンチ・エモ。あとできれば、感覚を社会的な言葉に変換して、複数人に渡してみることにも今後挑戦したいけど、そのためにも沢山本を読んで、臆せず書いたり話したりしていきたい。

なお、ツェッペリンのThe Rain Songは美しいと思う。

つづく

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