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【ポジショナルプレー第4回】千葉vs東京V 両者を分かつ組織守備の差

そんなわけで第4回。短めに3.5回とするつもりだったが、予想以上に長くなってしまったので正式ナンバリング化。今回は東京Vのゲームモデルの骨格部分に切り込んでいくので注視して頂きたい。

第1回では「優れたゲームモデルを用いているが、安西幸輝&安在和樹の両翼を失い、サイドに質的優位がないため得点力に欠ける」と分析した東京V。その後の東京Vはというと、高卒ルーキーFW藤本寛也という新たな俊英と、夏に加入した“ゼロヒャク”、FW泉澤仁の早期のフィット。そしてDF奈良輪雄太の予想以上の戦術理解度により、PO圏内まで順位を上昇させることに成功した。サイドに質的優位をもたらすことのできるタレント達が現れた結果だ。明確なゲームモデルに裏打ちされた彼らの安定した戦い振りは、天皇杯ラウンド16をサブ組主体で浦和と戦い、国内最大のビッグクラブをあと1歩まで追い詰めた事でも証明されたと言っていい。

対する千葉はエスナイデル政権2年目を迎えて成績が上向くどころか、J2降格後最低の成績である(29節終了時)。

その主な原因は組織守備ができない事にあるが、4231でようやく安定した試合をしているかと思えば、ここまで機能させる事ができていなかった433に戻した途端に立て続けに失点を喫して敗戦してしまうなど、トレーニングでの指導はおろか、指揮能力すら疑われるエスナイデル監督。そんな状況で行われたのがこの1戦であった。

それでは簡単に試合を振り返っていこう。

序盤はラリベイ&指宿のハイタワー2トップへのロングボールと18番のハイプレスで千葉に主導権を握られた東京Vだったが、「あれ…落ち着いて回せば別に怖くなくね?」「あれ…逆サイドにはスペースあるんじゃね?」「あれ…実はCBの運ぶドリブルで前進できるんじゃね?」と気付いてしまってからは東京Vペース。千葉にハイプレスを仕掛けられても、GKを使う事やサイドに上手くボールを逃がす事で前進に成功。

こうなると千葉はもう守れない。彼等は「吹けよカミカゼ!」とハイプレス1本が頼りであり、撤退戦が得意ではないからだ。CB平智広の運ぶドリブルがこの試合何度目かの成功を迎えたその時、千葉の右サイドには大きな穴が空いていたのであった。奈良輪→泉澤→奈良輪と繋いで絶妙な左クロスを佐藤優平が頭で豪快に叩き込む。東京Vが同点に追いつく。

そして前半も30分を過ぎる頃には「何となく前に人は居るけどプレス行くのか行かないのか…」という千葉の中途半端な守備らしきものを易易とパスで切り崩していく東京Vであった。1本のパスで前線4人が置いてけぼりになったり…。

千葉は「1人1殺!」と全体でハイプレスを敢行している時(つまりはマンツー)はいいが、セットした状態で1stディフェンスがハマらずに1度背走させられると組織守備ができない問題が瞬く間に顕になる。組織守備、仕込める人がヘッドコーチやら監督をやっていたはずだが…。なお、その人は現在水戸で称賛を集めているのであった。当然である。

では動画で振り返っていこう。

まず20分過ぎ。この辺りから潮目が明らかに変わり始める。千葉のハイプレスが落ち着いた事もあり、CBの運ぶドリブルで攻撃を開始する東京V。2CBvs2トップのはずなのにあっさり運ばれてしまう千葉。縦パスのコースも切れておらずガバガバ。アリバイ守備が目立つ。最後はドウグラスがサイドに流れて数的優位を作ってクロス。形は後述する同点弾と酷似。

左サイドでボールを前進させようとしたところ、千葉のプレッシング。慌てず逆サイドへボールを逃してあっさりプレス回避する東京V。見て解る通り、千葉は1度プレッシングを躱されると為す術がない。相手の前進を止められない。なんとなーくディレイするだけなので、最終的にゴールまで迫られている事が解る。

同点弾のシーン。平の運ぶドリブルに対してなんとなーくディレイするだけの千葉。なので平は1人でボールを35m前進させることに成功。そして船山のアリバイ守備の隙を突いて泉澤と奈良輪で崩し、最後は右サイドから斜めにPA侵入してきた佐藤優平の頭。このシーンで佐藤優平をマークしなければならなかった下平はただ見送るだけ。

2点目のシーン。千葉に1stディフェンスなんて無かった。梶川スタートで左サイドで一気にボールを前進させ、ドウグラスがクロス。流れたボールを右サイド奥で藤本が確保。グラウンダーのクロスを中央で梶川がスルー。『左ハーフスペースから(後述)』走り込んできたのは奈良輪。そしてまたもや船山のアリバイ守備。奈良輪を見てもいない…。

2018明治安田生命J2リーグ第30節 試合後選手コメント « 東京ヴェルディ/TOKYO VERDY http://www.verdy.co.jp/itemview/template115_41_6753.html

李栄直「今日は相手が単体で来ていたのでそこを剥がせれば、全然軽やかにプレーできる感覚でしたが、そこが全体的にできていないという気持ちでした。自分が入った時にはそこを剥がしたり、パスコースを作る動きを意識していました」

奈良輪「自分が高い位置を取るのはそこでボールを受ける意味合いとともに、相手の前線の選手に仕事をさせないという意味でサイドの主導権を取るうえで意識しているポジション取り。対面する船山選手がどちらかというと守備で勤勉に働くタイプではなかったので、攻撃面で主導権を取れたと思います」

アリバイ守備で2失点の原因となった船山は奈良輪からバッサリ。当然だろう。ミドルゾーンでDHと横並びになって間をパスで抜かれるのも大概だし、サイドの守備もまるでこなせていない。2失点目は佐藤勇人の位置を考えたら船山はペナルティアークに居るべき。そうすれば奈良輪のミドルは防げたはず。

藤本「(奈良輪の得点をアシストしたシーンについて)逆サイドからあそこのスペースは空いていて(泉澤)ジン君が仕掛けている時も僕がアークの外にパスをくれればシュートを打てる場面が結構ありました。逆に自分が仕掛ける際にはあそこが空くと思って出した結果がゴールに繋がって良かったです」

この通り、新進気鋭の高卒ルーキーにも痛いところを突かれている。要は中盤の横スライドが甘い。ボールと逆サイドのSHの絞りが甘い事を端的に言われてる。つまり組織守備ができていない。試合中にズバリ看破されてしまっているのだ。

逆に東京Vの守備を見てみよう。451から左IH梶川が列を上げて442に変化してアプローチに行くも、1stディフェンスがハマらずに、アンカーSH間に縦パスを通されてしまった、守備でエラーが出たケースだ。まずはボールホルダーにターンさせないようにアンカー内田とSH泉澤が素早く門を閉じ、サイドに展開させる。その後はSH泉澤とSB奈良輪で縦と横のパスコースを切り、アンカー内田が斜めのコースを切ってボールホルダーの前方への選択肢を全て奪う。ここで左IH梶川も帰陣。千葉は一度ボールを下げ、中央に当ててからサイドチェンジ。左ハーフスペースにポジショニングしていた千葉の選手がパスを受けて前進するが、東京Vの右IH佐藤優平が追随。千葉の左SHがサイドでボールを受けた際には、千葉のサイドチェンジを警戒してDFラインに入っていた東京Vの右SH藤本がアプローチ。斜め後方には右SB田村がカバーリングポジション(ディアゴナーレの動き)。突破は難しいと中央に戻すも、アンカー内田が居る上に、裏抜けしても東京Vの右IH佐藤優平がカバーリングポジションを取っているので内側のパスコースがない。再度攻撃をやり直さざるを得なくなった千葉。

お解りだろうか?東京Vは何時いかなる時もゾーンディフェンスの原則に則ったプレーができている。1人の選手がボールホルダーへアプローチに行った際に、斜め後ろのカバーリングポジションを取る事を怠らないのもその1つだ。サイドに追い込んだ時の3人のチェーンも堅い。エラーが起きた時のリカバリーも見事。前述の4つの動画での千葉のなんとなーくディレイするだけの守備とは雲泥の差である。

そしてもう1つ、東京Vの組織守備で触れておかなければならない点がある。

【マッチレポート】J2-30[A] ジェフユナイテッド千葉戦『左足を信じた』(18.8.26) : 「スタンド・バイ・グリーン」海江田哲朗 https://www.targma.jp/standbygreen/2018/08/26/post22394/

奈良輪「(得点シーンは)逆サイドにボールがいったとき、自分があの位置にいるのはチームの決め事。そこはリスク管理の意味合いもあります。今週のトレーニングで、中に入っていく形の攻撃パターンは繰り返しやっていました。自分のゴールはたまたま。あのポジションを取れたのが8割だと思います」

得点時、左SB奈良輪が何故左ハーフスペースに居たか?チームの決めごととは何か?結論から言えば『ネガティブトランジションの対処』。奈良輪はあのポジションでボールを失った際の予防的カバーリングを行っていたのだ。だから「自分のゴールはたまたま。あのポジションを取れたのが8割だと思います」という発言に繋がる。

では東京Vがどのように『ネガトラの対処』をしているか解説していこう。それにはまずビルドアップの仕組みを理解する必要がある。ネガトラでもビルドアップでも、鍵となるのはDH(東京Vの場合はアンカー、IH)を中心とした中盤中央の選手達だ。彼等に与えられたタスクがどのようなものかを知らなければならない。

内容が良かった東京Vvs大宮から動画を切り出してみた。東京Vのシステムは守備時451攻撃時3241である。攻撃時は左SB奈良輪を片上げし、奈良輪と藤本が両翼。中盤は3センターの形から右IH渡辺皓太が列を上げて右シャドーの位置に入る可変型だ。ビルドアップは畠中、井林、田村の3バックと内田、梶川の2DH。それとGK上福元によって行われる。相手のプレッシングが厳しい時には右IH渡辺皓太が降りてきてビルドアップの出口となる事もあるが、基本的には渡辺皓太がポジショニングするべき位置は敵陣内となっている。

まず敵陣に向かってボールを前進させる(ビルドアップ)際、ボールがまだ自陣(ディフェンシブゾーン)にある間は、内田と梶川は相互のポジショニングバランスを崩さず、相手の1stディフェンスを剥がすためにCBをサポートするポジショニングを行う。文字通り最終ラインと前線を繋ぐリンクマンとしての働きだ。

次に、パスや運ぶドリブルによりボールがセンターラインを超えて敵陣(ミドルゾーン)に入ると、サイドの選手のサポートの位置に梶川が移動している事が解ると思う。これはサイドの選手が突破に失敗してボールを奪われた際の予防的カバーリングであり、サイドの選手が詰まって攻撃をやり直そうとした時の中継地である。実際に、梶川は奈良輪からやり直しのパスを受け、ドウグラス~奈良輪~ドウグラスとパスを繋ぎ、クロスまで持ち込んでいる。

さて、ここからが問題だ。ボールが敵陣深く(アタッキングゾーン)に入り、クロスを上げて得点を狙うフェーズが訪れた時、サイドに張っていた奈良輪と藤本には重要な仕事がある。それは『大外レーンから1つ隣のハーフスペースへ移動する』事だ。それは、東京Vの攻撃が大外レーン~ハーフスペースを攻略してクロスを上げるサイド攻撃中心である事が関係している。守備側のセオリーとして、クロスは飛んできた方向と逆サイドに跳ね返さなければならない。飛んできた方向=攻撃側の選手が多く居るので、相手にセカンドボールを拾われる可能性が高いからだ。よって、人の少ない逆サイドに跳ね返すのがセオリー。そのセオリーを逆手に取って、奈良輪と藤本は大外レーンからハーフスペースへ移動し、クロスのセカンドボールを拾うための予防的カバーリングを行う&ボールを奪取して再攻撃に繋げるというタスクを課されているのだ。

動画で見ると、ドウグラスのクロスの際に藤本が右大外レーンから右ハーフスペースへ移動しているのが解る。それと同時に、梶川が左ハーフスペース。内田が中央レーンの高い位置まで進出。これも彼等に課されたネガトラ対処のためのタスクで、東京Vはサイドからクロスを入れる際、IH、アンカー、サイドアタッカーの3枚で最も重要な中央レーン~ハーフスペースを防護し、相手のカウンターの芽を摘んでいると共に再攻撃に繋げている。実際に藤本はセカンドボールを確保し、PA内に進出してシュートまで繋げる事ができた。こうした攻守のタスクを高いレベルで理解している事も高卒ルーキーである彼が試合で使われている理由の1つだ。加えて、彼のシュートレンジの広さもセカンドボールを確保した後のプレー選択を考えると非常に有意である事が解ると思う。

まとめると、東京Vのサイドアタッカーはディフェンシブゾーン~ミドルゾーンでは大外に張って相手守備を広げ、パスを受けてボールを前進させる&ボールの無いサイドでは逆サイドからのサイドチェンジに備える。アタッキングゾーンではボールを保持してPA内の枚数を見極めてクロス&ドリブルや裏抜けによる自らのPA内侵入。ボールの無いサイドでは1つ隣のハーフスペースへ移動し、セカンドボールを確保してネガトラの対処、というタスクを課されている。ここまで来れば、奈良輪の『逆サイドにボールがいったとき、自分があの位置にいるのはチームの決め事。そこはリスク管理の意味合いもあります』という言葉の意味も理解できたはずだ。

もう1つの動画では、井林から奈良輪へ素早いサイドチェンジが入っている。このシーンでも、逆サイドの藤本は素早く右大外レーンから右ハーフスペースへ移動している事が解る。なお、その1つ前に居る渡辺皓太はPA内へ侵入して得点を狙うタスクを課されている。余談ではあるが、東京VのIH、梶川と渡辺皓太(佐藤優平)に与えられたタスクの違いも上記の分析から理解できたのではないだろうか。中盤3センターと言っても、攻撃時の実際のポジショニングは逆三角形ではないし、与えられたタスクも左右で違うのだ。

更に東京Vはこの千葉戦に対して幾つものプランを持って臨んでいた事が試合後コメントから明らかになっている。千葉はハイプレス以外の策を持ち得なかったにもかかわらず、だ。

佐藤優平「自分たちも何人か選手が代わって新しい形が必要になると思われる中、レッズ戦のように戦うプランもありました。今日に関しては何個かのプランを用意して臨みました。結果的には相手に合わせた形で戦うことになりました」

佐藤優平「レッズ戦でオプションが増えたと思います。負けゲームでしたが、監督は新しいプランにある程度手応えを感じていると思いますし、大分戦の途中でもその形をやっていました。サイドの選手が増えたぶん、そういうプランも出ていると思います」

佐藤優平のこのコメントを見ても、ロティーナ監督とエスナイデル監督の戦術家、作戦家、トレーナーとしての差を感じざるを得ないのが正直なところだ。ロティーナ監督就任2年目を迎え、成熟の域に達した東京Vと、エスナイデル監督就任2年目を迎えてもチームの骨格が定まらない千葉。この対戦は両者の立場の差が浮き彫りになった1戦だった。そんな両者が今後どういう道を歩んでいくのかに今後も注目していきたい。

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