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【ポジショナルプレー第1回】大宮vs東京V ポジショナルプレーから成る東京Vの攻撃戦術

大宮vs東京V、東京Vの攻撃編。まず基本的な部分として、東京Vの攻撃を理解するにはポジショナルプレーについて理解を深める必要がある。彼等のプレーはポジショナルプレーの原則に基づいて行われているからだ。ポジショナルプレーが解らない、聞いた事も無い、という方は以下の2つの記事をまずは読んで頂きたい。

サッカーを革新したチェスの概念。ポジショナルプレーという配置論 | footballista https://www.footballista.jp/column/38739

ポジショナルプレーの実践編。選手の認知を助ける5レーン理論 | footballista https://www.footballista.jp/column/38772

ポジショナルプレーは3つの原則で成り立っている。『位置的優位(俺はお前の急所となる位置に居るもん!)』『質的優位(俺の方が1対1で強いもん!)』『数的優位(俺達の方がこの局面の人数いっぱい居るもん!)』の3つだ。ロティーナ監督とイバン・パランココーチはこれらの原則から成るポジショナルプレーの概念をチームに植え付けた。結果、J2残留が精一杯だったチームを1年でPO進出にまで導いたのである。

それでは攻撃時の動きを縦視点の動画を使って振り返っていこう。余談だが、サッカーを深く理解したいのなら、横ではなく縦視点で見る事をオススメする。角度のある高所から縦視点で見る事が、チームの連動性を確認する上で非常に役に立つのだ。

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攻撃時343の東京V。ハーフスペースにポジショニングしていた左CB平がボールを持ってゆっくりとボールを前進。この際、東京Vはサイドで菱形を形成している事が解る。この菱形がボールを前進させる際に非常に重要な役割を果たす。よくパスコースを作るために「三角形を作れ」と言われるが、それでは片手落ちである。三角形ではない。菱形を作る事が大事なのだ。菱形を形成すると、三角形にはない“対角線”が生まれる。ピッチで菱形を作った際に、ボールホルダーであるCBの対角線とはどこか。そこには菱形を形成する4人の中で『ゴールに最も近い選手』が位置する事になる。守備側はその対角線を当然ケアしにくる。そこで攻撃側は対角線を相手に意識させて相手を内側に絞らせ、『斜めにボールを運んでいく』のだ。

大宮が対角線をケアした所で大外のWB奈良輪へ。ボールを斜めに運び、前進させる。インサイドWG(タッチライン際まで張らずにハーフスペースにポジショニングするWGの事をこう呼称する)渡辺皓太が裏に抜けようとした事で大宮の選手が引っ張られ、『菱形の辺が伸びた(=守備側の選手間の距離が伸び、スペースが空いた)』。空いたスペースですかさずCFWドウグラスが受け、渡辺皓太にリターンを戻す。ここでサイドチェンジできていれば◎だった。右サイドで1対1の状況を作る事ができていたからだ(更にその先に居たのが田村ではなく、昨季までのように安西幸輝だったなら、1対1の状況を作った上で『質的優位』で殴りかかれたのだが…)。

サイドチェンジはできなかったので、右サイドから攻撃をやり直す東京V。やはりここでも菱形が形成されている。菱形を形成するには、頂点となるインサイドWGの選手の動きが重要になる。彼等が素早く『位置的優位』のポジショニングができなければ、WBがボールを持った所で手詰まりとなる。ここではWG林が菱形の頂点を取るべく動くと同時に裏抜けを見せる。先程の渡辺皓太と同じで、大宮はこれに対応しなければならない。ボールホルダーであるCB井林がフリーなので、裏に1本蹴られるだけでピンチを招くからだ。

林にCBが付いてきたので、井林はボールを斜めに動かすべくWB田村へ。田村からDH井上潮音が受け、林がまだオフサイドポジションだったので自分でボールを持ち出そうとした所でファウル。よく見てほしいが、この時もドウグラスは「菱形の辺が伸びて生まれたスペースでパスを受けよう」と近寄ってきている。

東京Vの攻撃はこれが基本。サイドで菱形を形成し、相手守備を縦横に間延びさせて空いたスペースを突いていく。そして当然、ドウグラスが中央から受けに動けば相手CBも付いて行かざるを得ない。結果、DFライン中央には大きなスペースが空く事になる。そのスペースを突くべく、この2つのシーンで逆サイドのインサイドWGである林と渡辺皓太が中に絞っている事も忘れてはいけない。この時の彼等にはストライカーとしての動きが求められる。具体的にはクロスボールに対して斜めにPA内へ侵入しなければならない。

なお、このドウグラスのプレーは同じポジショナルプレーの原則の下でプレーしているマンチェスター・シティでも同じ現象が見られる。シティの場合は1トップのアグエロor逆サイドのインサイドハーフが寄っていく。何故か。位置的優位、質的優位で殴れなかった時に『数的優位』で殴るためだ。

そのために東京VはCFWにボールを収めることが出来、かつ割と機動力のあるドウグラスを配置しているし、シティはアグエロを配置している。このポジションの選手はボックスストライカーでは駄目なのだ。崩しの局面で数的優位を作るために、それに関与できる選手が必要となる。

と、ここで思い出されるのがかつてのモンバエルツ監督の言葉だ。横浜FMのプレースタイルを和式からポジショナルプレーを用いた欧州の最前線に近づけた彼は、横浜FMのCFWに補強が必要だと断言すると共に、ウーゴ・ヴィエイラをこう評していたのである。

横浜F・マリノスでの3年間を告白。モンバエルツ前監督は何を目指した?(3/5) - Number Web http://number.bunshun.jp/articles/-/829790?page=3

モンバエルツ監督「得点能力の高いストライカーも必要だった。欲しいのはプレーの構築から参加できるストライカーであり、連動性を保って自らチャンスを作り出すことができる選手だったのだ」

ここまでの解説を読むと、モンバエルツ監督の言葉がストンと腑に落ちるはずだ。つまり、ウーゴ・ヴィエイラはボックスストライカーであり、数的優位を作るために中盤を助けるためのプレーまではできない。そしてそういう選手が必要だと述べられているのである。

もう1つ、グアルディオラのポジショナルプレー分析の翻訳からこの一文を添えよう。

「だれにもペナルティエリアに入り込む事を許可しているが、ペナルティエリアで立ち止まることは許していない」by Pep Guardiola

「全ての選手がボールへのサポートに貢献し、ペナルティエリアでフィニッシュする前にビルドアップが完了している事をグアルディオラは期待しています。FWがただボールを待って前線に立っているのではなく、積極的かつ流動的にビルドアップに関わるということです。一方でMFやDFでさえも状況が許せばペナルティエリアに入っていく事ができる」

さて、ここまで読んで、更にもう1つ気付く事が無いだろうか?それはこのゲームモデルにおいて『ポジショナルプレーの3つの原則にも優先順位がつけられている』という事だ。ポジショナルプレーという名前が示す通り、最優先なのは『位置的優位』だ。守備側の急所となるポジションを取らない事には始まらない。守備側の急所となるポジションを取るからこそ、相手は対応しようと動かざるを得ないし、それによってまた別の場所にスペースが生まれる。そのスペースを使う。また対応しようと動く。その繰り返しだ。

次に『質的優位』。『位置的優位』を取って相手を動かすと、こちらのボールホルダーがフリーとなる状況が増え、守備側が後手に回っている状況となるため、自ずと1対1の局面が増える。言い方を変えると、1対1の局面を作って『質的優位』で殴り掛かるための『位置的優位』となる。

最後に『数的優位』。ピッチの局所に相手より多く選手を集めて突破しようとするのだが、この『数的優位』が優先順位の最後に来るのには理由がある。それは「本来のポジションに戻るのに時間が掛かる」からだ。例えば、ビルドアップの際に相手のプレッシングがキツい。じゃあ前線から選手を降ろして、数的優位を確保してビルドアップを安定させよう。逃げ場を作ろう。こう考えたとする。その考え自体は間違ってはいないが、やりすぎるとゴール前に選手が居なくなる。局所で数的優位を作るという事は、別の場所では数的不利が生まれているのだ

前述のように、『位置的優位』『質的優位』で守備を突破できなかったので、逆サイドのインサイドハーフが寄ってくるとする。その場合も突破できずに攻撃をやり直す際、逆サイドにボールを動かしてもインサイドハーフが間に合わない可能性がある。これでは効果的な攻撃ができない。また、ミス等によりボールを奪われた際にも、居なければならないポジションにインサイドハーフが居ないという事になるので、相手のカウンターの芽を摘む事ができなくなる可能性がある。

ポジショナルプレーとはグアルディオラの扇形陣形のように本来攻防一体の戦術だが、それは位置的優位を取っているという理由が大きい。良いポジションを取り、バランスよく攻めるという事はボールを失った際のポジションのバランスも取れているという事になる。つまり、ボールを失った直後にカウンタープレスを仕掛けることも容易、という事なのだ。だから、みだりに『数的優位』に頼って攻撃を仕掛ける事はポジションバランスを崩し、相手にカウンターのチャンスを与えかねないのである。『数的優位』を形成するにはリスクが伴う事を忘れてはいけない。

話を戻そう。東京Vの攻撃のシーン2つ目の動画を見ていこう。

前述の仕組みから決定機が生まれたのがこのシーン。右サイドで菱形を形成する東京V。その脇にはもちろんドウグラスも寄ってきている。右CB井林がボールを保持。大宮のSHがWB田村へのコースを気にしたので、対角線が空いた。すかさずWG林へ通す。ドウグラスへフリックして自分は裏抜けしようとした林だったが、相手に当たりボールは田村の下へ。林が裏抜けした事で大宮CBが引っ張られる&ドウグラスが受けに引いているので、もう1人のCBも意識がそちらに向いている。そのCB裏のスペースを狙って逆サイドのインサイドWG渡辺皓太が斜め裏抜け。ドウグラスと交差しながらパスを出し、ドウグラスがシュート。GKの好守がなければ得点できていたシーン。

ここで大宮の攻撃時の様子も見てみよう。プレシーズンでの大宮も東京Vと同じようにハーフスペースを崩すやり方を採用していたにもかかわらず、ここまでその形が中々出ていない。次の2つの動画を見ればその理由が解るはずだ。

東京Vと大宮で何が決定的に違うか。『菱形を形成しようとしていない』『菱形の頂点に入る選手が居ない、または遅い』のである。大宮の攻撃は再現性が低く、位置的優位となるポジションを取れていない。これではハーフスペースを崩せないのは当然。最終局面で仕掛ける際の動きだけを仕込んで、その仕掛けに至るまでのポジショニングが仕込まれていないのだ。大宮は菱形の頂点に入る選手が居ないので、サイドで2人だけでボールを動かしては前に入れられないのでまた下げて、という形が繰り返されている。これでは攻撃がスピードアップしていかないのも当然である。

ここでまた東京Vの方を見てみよう。WB田村にボールが入った際に、頂点に入るべく素早く動き出すWG林。林の動きで生まれたスペースへカットインする田村。そのままサイドに開く林。この動きによって一見頂点に入る選手が居ないように思えるが、井上潮音が頂点に入っていくのが見えると思う。グアルディオラ指揮下のバイエルン、古くはトータルフットボールの時代に見られた事だが、選手に役割が割り振られているのではなく、ポジションに役割が割り振られているのだ。林が流れてWBとしてプレーするなら、井上潮音がインサイドWGに入り、その役割をこなす。この時の井上潮音のやるべき事は裏抜けであり、ゴール前に斜めに入っていく動きだ。

このように、ロティーナ監督とイバン・パランココーチの指導を受けながら、東京Vはゆっくりと欧州の最前線の考えへと近づいている事が見て取れる。究極的には『誰でもどこでも何でもやれる』が理想であり、その理想の一端がSBのDH化、“偽SB”“アラバロール”である。

なお、最終的にこの試合は東京Vは大宮に敗れることになる。その理由は『菱形の頂点のポジション(位置的優位)を取れなくなったから』だ。後半に林が疲れてきて、頂点に入る動きが鈍りだした。そこで、戦術的な規律を守れるアランを投入。一時は流れを取り戻した。ロティーナ監督は次に渡辺皓太をDHに下げ、井上潮音と高井を交代させようとした。しかし、ここで動きの良かったアランが負傷してしまい、疲れの見える渡辺皓太をWGに残したまま高井を入れざるを得なくなった。これでは位置的優位が得られない。昨季3ゴール7アシストの安西幸輝と3ゴール6アシストの安在和樹という“質的優位”をもたらせる選手をオフに失った東京Vは位置的優位も失って攻め手に苦しむ事になった。

結果、ポジショニングも整わないまま強引にPA内へクロスを入れるなどの無理攻めが多くなってしまい、最後はマテウスのカウンターに沈む事になる。失点シーンも、頂点に入る選手が居なかったために奈良輪が無理にクロスを入れ、跳ね返された事で起きた被カウンターだ。

この大宮vs東京Vを分析して、東京Vについて解った事は『サイドで菱形を形成し、位置的優位を取れている時の東京Vの再現性のある攻撃の精度の高さ』『昨季と違ってサイドに質的優位がないため、位置的優位が失われるとチャンスが激減する』。後者を打開すべく、高井、森、藤本らの奮起が待たれるところである。

(大宮vs東京V 東京Vの守備編はこちらへ)

※本記事を読んだらいかーると氏が補足・補完してくれたので引用しておきます。




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