【ポジショナルプレー第7回】FCバルセロナ キケ・セティエンによるゴールキック戦術の革命

今回のお題はリーガ・エスパニョーラ。シーズン半ばでエルネスト・バルベルデ監督を解任(シーズン途中での監督解任は02-03シーズンのルイ・ファン・ハール監督以来17年振り)したFCバルセロナ。その後任にはレアル・ベティスで343もしくは3142、433のシステムを用いたポジショナルプレーを披露して名を挙げたキケ・セティエン監督を招聘。クライフ・イズムを継ぐ彼の手によって、強く、魅惑的なバルサが復活するのか否か。その事を世界中のクレ達が見守っている…というのがここまでのあらすじ。

就任当初のキケ・セティエンのバルサは、ベティス時代を知る者にとっては目を覆いたくなる出来だった。初采配となった1/20のリーガ20節グラナダ戦。ボールをミドルゾーンからアタッキングゾーンへと運ぶ術を持たず、532⇔3142の3センターと降りてくるメッシの4人が中央に集合し、ワンツーを繰り返す、所謂『和式』のような形でしか攻撃を成立させる事ができなかった。シーズン途中から就任した事で、本来与えられるべきプレシーズンの準備期間を得る事ができず、数日後に迫る試合に対して付け焼き刃でしか対処できなかった事が最大の要因だ。その辺りの事情は勿論解っていたので、「時間が解決してくれるに違いない」と思いつつも、「もしこのような形でのボール保持が今後も続くようならば、じきにキケ・セティエンは監督の座を追われる事になる」とも思っていた。バルサのクレのポゼッションサッカーに対する要求は苛烈だからだ。

その後は1/23の国王杯ベスト32 イビサ戦で格下相手に苦しみながらも終了間際のグリーズマンのゴールで勝利し、2/10のリーガ23節ベティス戦では4312を導入。3センター&メッシによる中央密集での突破にトップ下を加えて更に1枚ハブを増やし、時間が無い中で最善策を模索。

そして次の2/16のリーガ24節ヘタフェ戦。キケ・セティエンのバルサはここで大きなターニングポイントを迎える事となる。

19年夏に競技規則改正が行われ、ゴールキックを巡る戦術には大きなメスが入る事となった。その理由が「ゴールキックの際、攻撃側の選手がPA内でボールを受ける事が可能になった」からだ。これまではゴールキックの際に攻撃側の選手がPA内でボールを受けると即座に主審が笛を吹き、ゴールキックの蹴り直しを指示していた。これを利用して時間稼ぎを行ったり、相手のハイプレスを一度諦めさせる等のプレーが見られていたため、この競技規則改正は試合のプレーイングタイムを伸ばす意図があった。それと同時に、PAのラインがバリアとなり、ハイプレスを敢行したい守備側は入れない。しかし攻撃側はボールを扱えるようになった事で、特にボール保持を志向するチームにはプラスの効果が期待できた。

※参考
新ルールのゴールキックはPA内がポイント。先行導入のU-20W杯、各国の対応は?

そうした競技規則の改正を利用し、キケ・セティエンのFCバルセロナはゴールキック戦術に1つの革命をもたらした。

ゴールキックは通常、主にGKのキックによって行われる。フィールドプレイヤーが蹴る事も競技規則で認められているが、その分オフサイドラインが低くなってしまうデメリットがあるので、GKが負傷して蹴れない等の理由が無い限りはまず採用される事は無い(ジュニア年代等、GKのキック力が低い場合はフィールドプレイヤーが代わりに蹴る事もままある)。そのため、ボール保持を志向するチームがゴールキックをショートパスで開始する際も、何の疑問もなくGKがCBにショートパスを配給する事が当たり前となっていた。

しかし、キケ・セティエンはここで一石を投じる。『ゴールキックの開始をPA内に配置した2CBのいずれかに行わせる事にした』のだ。何故か?理由は明快である。『ゴールキックの開始をCBに行わせ、GKにショートパスを送る事で正真正銘中央からのビルドアップを行うため』だ。ゴールキックをショートパスで開始する際のバルサの選手配置は中央にGK。その左右7〜8m離れた位置にCBを配置した。仮にこの際に通常通りにGKからCBへのショートパスでゴールキックを行うと、『攻撃方向が左右のどちらか明確になる』。すると、ハイプレスを敢行してボールを奪いたい守備側は「攻撃方向が左or右なら、この選手がまずプレッシングに行こう」と守備の基準点ができる。プレッシングのスイッチを入れる事ができる。その状態でボールを保持しながら前進させる事は、不可能ではないが難易度は当然上がる。相手がプレスに行きたくても行けない、そんな状況を作れるのならばそちらの方がボール保持、前進を容易に行う事ができるのは言うまでもない。だから、キケ・セティエンは正真正銘中央からのビルドアップを行う事で守備側のプレッシングのスイッチを作動不能にする事を考えたのだ。

また、キケ・セティエンはこの仕組みをゴールキックだけでなく、GKへのバックパスに端を発する試合の流れの中にも取り入れる事で、守備側のプレッシングを無効化しようと試みている。

動画で見てみよう。

試合開始直後、バルサはGKテア・シュテーゲンにバックパス。ヘタフェはハイプレス志向のチームだが、バルサがGKを加えたビルドアップを行っている事で11対10の数的不利&ピッチ中央でGKがボールをコントロール下に置いているので、プレッシングのスイッチを入れられない。すると、IHの降りる動き&サイドに開く動きにヘタフェのDHが釣られ、ピッチ中央が割れた瞬間にGKがグラウンダーのパスを最前線まで通す。こうなるとヘタフェは最後尾でバルサの前線の強烈な個との数的同数or数的不利をまともに作られる事になり、それが続けば失点は免れないな、というシーン。

左CBからGKへのショートパスでゴールキックを行うバルサ。GK&2CBvs2FWの数的不利のため、GKまでプレッシングに行けないヘタフェ。サッカーの原理原則として「ゴールのある中央をまず埋めて守る」という考え方があるため、中央でGKにボール保持されている際にはサイドの選手は中央へのカバーリングを行う必要があるため、ボールの逃し所として低い位置で構えるSBまで捕まえる事が難しくなる。加えて中央ではIHが降りる動きを見せているため尚更。ここもGKテア・シュテーゲンからグラウンダーのパスが直接最前線まで通っている。

右CBからGKへのショートパスで再開。ヘタフェのFWは数的不利の状況を補うべく、カーブを描きながらCB→GKへ寄せる事で自分の背後に居るCBへのパスコースを切りながらプレッシングを行っているが、時間とスペースのあるGKからアンカーorIHにパスを付けられ、そこからCBに落とされると為す術が無い。アンカーのブスケツと右IHフレンキー・デ・ヨングのポジションチェンジも交えつつ、ヘタフェに守備の基準点を失わせるように立ち回りつつボール保持&前進に成功するバルサ。

この通り、たったの7〜8mの立ち位置の差とピッチ上の選手配置によって、相手の守備を機能不全に陥らせる事に成功したキケ・セティエン。2/22に行われたエイバル戦では仕組みが更に洗練されているのが見て取れた。エイバルの守備戦術と共に詳しく見ていこう。

攻撃時433のバルセロナに対して、エイバルは守備時4411で対抗する事を選択。特徴的なのは、バルサの2CBを1トップで追い回すのではなく、『1トップ&SHで数的同数を実現している』部分だ。ボールサイドのCBを1トップ、もう1人のCBを逆サイドのSHが捕捉。アンカーのブスケツをトップ下、ボールサイドのSBをSH、IHをDHが捕捉。この時、逆サイドのSBは捨てる。ボールサイドの選手及び中央の選手は全てマンツーで捕まえているので、サイドチェンジは蹴られない&GKに一度下げられてサイドを変えられるのは許容範囲、という考え方だ。前線とボールサイドではマンツーマン。逆サイドはゾーンと同じく『捨てているサイド』だ。

動画で見ていこう。

前述の通り、1トップ&逆サイドのSHでバルサの2CBを捕まえにかかるエイバルだが、バルサはそそくさと中央のGKテア・シュテーゲンまで戻す。こうなると「どちらがボールサイドか解らない」ため、エイバルの2SHは「どちらがCBにアプローチに行くべきなんだ?」と迷いが出てしまう。中途半端なポジショニングになってしまい、バルサのCBとSB両方に時間とスペースがある状況に。

まだプレッシングに迷いがあるエイバル。本来ならばさせてはいけないはずのサイドチェンジを許し、空いている逆サイドのSBからバルサがボール前進を試みる。

両SHに迷いが出た結果、1トップがGKを、2SHが2CBを見る格好になったエイバル。こうなるとバルサのSBはフリー。そこを捕まえるためにエイバルのSBが縦スライドで対抗した場合、バルサのWGがフリーになってしまう。その際はCBが付く約束事になってはいるが、ビダル、グリーズマン、メッシのバルサの強烈な3トップと3DFが数的同数に。動画ではGKテア・シュテーゲンのフィードに反応したフリーのビダルが裏に抜け、バルサが一気にボール前進に成功している。

前述のシーンと似た場面。GKテア・シュテーゲンのフィードをビダルが受け、落として前進しようとする。エイバルはスライドしてCBが応対。ビダルをIHではなくWGで起用しているのは、フィジカルバトルに優れるビダルをWGに置く事で、『ビダルが競り勝てればグリーズマンが広大なスペースで相手CBと1対1という場面を作るため』だと思われる。ただのポゼッション原理主義ではなく、盤面を裏返しての擬似カウンターでの得点もしっかり狙っているキケ・セティエン。

えぐい。中央圧縮で守っているはずのエイバルだが、狭い所を通す技術と一瞬でターンして前を向く技術の前に守備を完全に無効化されてしまう。なお、バルサの2点目もスローインという『セットプレー』から生まれており、ボールアウトした瞬間のエイバルの集中力の欠如が浮き彫りとなっている。

プレッシングのスイッチを入れられないエイバルと、一度前の味方に当てて、フリーの味方に落とすレイオフ(ポストプレー)で前進を図るバルサ。キケ・セティエン就任後のバルサはミドルゾーンまではレイオフ中心で安全にボール前進を図ろうとしている。このシーンでは最終的に引っ掛けられてシュートまで行かれているので、判断の部分に改善の余地がある事が伺える。

前述と同じく、GKテア・シュテーゲンのフィードに左WGビダルが相手CBと競るシーン。もしビダルが競り勝っていれば、広大なスペースでCFWグリーズマンが相手CBと1対1となっていた。

この通り、キケ・セティエンはゴールキックに革命をもたらしつつ、その仕組みを試合の流れの中でも再現可能なものとして接続する事ができている。ゴールキックというセットプレーからしか狙えないものではなく、だ。就任当初のサッカーの内容を見て、一時は懐疑的にもなっていたキケ・セティエンの手腕だが、プレシーズンはおろかミニキャンプも組めない日程の中で段階的にではあるが、バルサの選手の質も考慮したビルドアップを実装したのを見るにつけ、彼の手腕を認めないわけにはいかない。クライフ・イズムがカンプ・ノウに戻ってきたのだと。

今後のキケ・セティエンのFCバルセロナの躍進を願わずにはいられない。

・追記
リーガの訴えにより動画が削除されたので本記事の肝心な部分が抜けてしまい…Twitterアカウントも凍結。これは仕方のない事だが。なお、エイバル戦からマドリー戦を経て、次のソシエダ戦でバルサのこのゴールキック対策が実装されていたので新アカウントにて書き残しておく。

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