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デリヘルの客にネットラジオ誘われた話

1ヶ月程前に、はじめて指名されたデリヘルの客に


「一緒にネットラジオをやらないか。」

と誘われた。

客の風貌は、“The モブおじさん”といった感じだったので、話を聞きながら、身体によく似合う傲慢な精神だなという感想を抱いた。

最初、私は初対面の人間によくそんなことを臆面も無く言えるなという旨を丁寧にオブラートに包み込み、献上させて頂きこの場を収めようとしていたが、私は金が無いし、これからするお仕事に対しても同じようなことが言えてしまうので困ったようにかわいく笑ってみせた。

話を聞いたところ、女の子を指名するときのホームページで表示される私のプロフィールの趣味の欄に、「ラジオ・ネットラジオを聞く」とあった為この誘いをしたらしい。初対面の人間に。ラジオってそういうものだっけ。と思った。あんま初対面同士でやらなくない?ラジオって。

自分についてのプロフィールで、好きな食べ物だとか、趣味、好きな曲、本、とかそういうプライベートな質問を10個以上回答する形式のもの、あれは、生産性も、意味も、何も為さない単純作業であると思う。書き終わったあと、「長かった〜最悪〜。」以外の感想が無い。とにかく長いので、最初のほうの回答は記憶力がもたず、覚えていないし、後半は飽きて手首の赴くまま何か文字のようなものを書き走らせているだけなので、もちろん何を書いたのかほぼほぼ覚えていない。そして、あれを端から端まで見るような、退屈な物好きはいない。時間の無駄である。居たとて、レアであるし、レアなつまらない人間に配慮された時間はやっぱり無駄だ。廃止すべきだ。
そして、デリヘルのプロフィール欄というのはこれまた特殊で、「好きな体位は?」とか「性感帯はどこ?」とか、「いままでで1番興奮したプレイは?」とかいうその場で解答用紙を破り捨てて然るべきであるグロテスクな質問たちが素知らぬ顔で質問欄に佇んでおり、答える前の、質問に目を通す段階で大分参ってしまう。それから、九割がた、知らん知らん!の精神で回答を書き殴ったのでさっぱり全くそんなことを書いた覚えが無かった。たしかにラジオ聞くのは好きだけど。

ひとくちにネットラジオと言っても、いろいなものがある。

私が好きだと言っているネットラジオは、GERAとかラジオクラウドとかPodcastのような

“芸人やアーティストがネットでやっているラジオ”

のことを指している。

しかし、彼が勧誘しているのは私を誘ったことからも預かることのできる通り

“素人おしゃべりチャンネル”

だった。

話を聞くところ、彼は声優を若い頃に数年やっていたらしく、その20代で経験し、そして挫折した、眩しく素晴らしい過去の栄光に49歳になった今でも縋り付き

『元声優がお届けする、ネット声優ユニットラジオ』

と銘打って若い女の子とふたり、ただおしゃべりする動画を広々としたネットの海へ投棄し続けているらしかった。

その動画を見せながら彼は私を引き入れた後も

「ネット声優ユニットラジオ」

として続けて行きたいと話した。

ネット声優ってなんだ。インターネットに蔓延るあの、寝落ち通話とかしている奴らのことか。私は基本的裏方思考から声優など目指したことは1秒も無い。声優に憧れを抱いたこともない。なんなら、テレビ番組で人気キャラクターの台詞をドヤ顔で言っているところを見て、「アイタタタタ^^;」と思うタイプの人間である。この枠は確実に私に向いていないと思われた。
それに、

「風俗嬢と客がお届けするラジオ」

の方が数十倍引きが強い。勿体無いだろ。

彼は、私の指名時間を延長して勧誘を続けた。YouTubeにあるそのラジオチャンネルは6年間続けられていたが、登録者数は18人だった。志の高さと実績がこんなに伴っていないことってあるんだ。と思った。

それからも彼は、このネット声優ラジオチャンネルの趣旨やご立派な歴史をつらつらと述べた。しっかりと作られたホームページや、整然と並べられた台本やお便りを見ていたらなんだか面白くなってきた。こんなに効率の悪い、滑稽な人間そうそう居ない。

私は全力でやって報われていない人を見るのが好きだった。

そして、私は彼のお誘いを快諾した。その後、しっかりと本来のお仕事もこなさせて頂いた。









今日はそのネットラジオの企画打ち合わせだった。打ち合わせを別日にやること自体がもう心底おかしい。企画の出し合いならLINEとかで出来そうなものだ。無駄にしっかりしている。登録者、18人しかいないのに。ウケる。


彼から打ち合わせを快活CLUBでやると連絡が来た。

手を出されたら睾丸を思い切り蹴り、切り外し、漫画にはさんで押しキンタマにして、快活CLUBのアメニティのコースターにしてやろう。という心意気を強く携え、勤務中にする男受け全開のぽわぽわとしたメイクとふわふわの服とは真逆の、暗めのカーキアイシャドウに古着ファッションを身に纏い待ち合わせ場所に向かった。

気の所為かもしれないが、今日、彼と1度も目が合わなかったし、敬語も崩れなかったので威嚇作戦は成功した。と思っている。

店舗に到着すると、身分証の提示と会員証登録が求められすこし入室までにモタついた。この入室までのモタモタ時間が地獄だった。
彼が嫌いな訳では無いことを預かり置いてから聞いて欲しいのだが、彼は“The モブおじさん”といった風貌をしていて、私と並んだところを俯瞰で見ると

『ネカフェでおせっせするモブレ漫画の冒頭』

にしか見えないのである。
これは私がネガティブすぎるのかもしれないが、客やスタッフの視線が「お前らヤるんか?」と言っているように感じて胃が痛んだ。強くなりたい。

縮こまった私をよそに、こころの強い彼はこちらに確認を全く取らず店員に「3時間コースで。」とほざいた。そんなにかかる訳ないだろ登録者18人チャンネルの企画会議で。と思った。


部屋は畳3畳分はあろうかという広さで、1面がクッションになっており、奥にソファがふたつ、ぴたりとくっついて置いてあった。これはヤれてしまうと思い、所存のほぞをギチギチに固める。

荷物を下ろし隣のソファをぐいと離して「広いですね」と話しかけた。彼は笑顔でそうだねぇと言いながらキョロキョロして、充電器ないかなあと言った。持ってきたiPadの充電を忘れたという。それしか必要ないのにそれを忘れるのが、最高に彼らしくて最悪だなと思った。フロントに確認すると、充電器の貸出は無かった。

仕方なく彼はカフェに備え付けされたパソコンを起動させて、しっかりと作られた企画草案の表を開いて見せた。これがExcelで丁寧に作られていたのが面白かった。

いろいろと案を出したが、私も彼も面白いぐらいユーモアのセンスがクソであったので、本当につまらない案ばかりで表は埋まった。

まだ始まっていないラジオの終わりを感じる。なんだこれは。つまらなさすぎる。

死ぬほどスべり通した企画会議は、いままで投稿していた再生回数平均15回のラジオ動画を2、3本聞いたせいでタイムロスはあったものの、1時間程で終わった。

もう帰りたいと思った。話の流れは思い出せないが、彼が何故かすきな芸人を聞いてきた。ランジャタイ好きですかねえ。と答えると、彼はYouTubeで検索をしはじめた。ネタ動画見ようとしてる…!!!時間も稼がれるし、なによりドン引きが確定している。急なピンチに困惑した。そりゃ見るか。パソコンあるんだから。いや、会議終わったなら帰ろうや。

ランジャタイという芸人の漫才は、正直、人と一緒に見るものじゃない。終始意味が分からず一生理解できる気がしない。なにが面白いのかわからないことを全力でやっているボケの馬鹿らしさと、隣で困惑しているだけのツッコミで、構成されている。私は、なぜだかわからないけど、彼らが大好きだ。しかし、普通、この人たちのネタは深夜、アルコールが回っている状態で見るか、めちゃくちゃ体調が悪い状態で見るか、劇場で生で見るかでしか面白くない。その状態でみると、本当に比喩でなく、死ぬほど面白いのだけれど。なにしろ人にオススメされて爆笑できるタイプの王道お笑いではない。私は、大好きだけど。

ランジャタイの 「太鼓寿司」が大画面で流れ始める。おかしくて仕方なかった。モブおじさんと20の女がネットカフェの一室でそれを見ているこの状況が。まさに混沌だった。その状況に、息が切れる程必死で笑いを堪えた。彼は1度も笑わなかった。

彼は、ネタが終わると、

「いやー、これはスルメ系なんだろうな。はは。…もうお腹も減ったし帰るか。」

と言った。すぐ帰れた…!ランジャタイのお陰で…!!
いても立ってもいられない程面白くなってしまって、流石に笑いが漏れ出てしまった。マスクのお陰で気づかれていないかもしれないけれど。

ラジオ収録の日程は聞かされず、帰り際に「何か企画思いついたら、気軽にLINE送って。」と言われた。じゃあやっぱりLINEでよかったじゃないかと心から思った。

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