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新年の孤独

年末から年始にかけて「現代語訳 江戸府内絵本風俗往来」という本を読んでいた。

最初は東洋文庫の「絵本江戸風俗往来」を古本で買ったのだけれど、字がとっても小さい。そりゃあもう小さい。ちょっとだけ眺めて放り出していたところ、角川ソフィア文庫から現代語訳だけのものが出ているのを知り、ラクなほうに流れてそっちで読むことにした。ヒマだとムダなことばかりする。

内容は、筆者が江戸時代の記憶をたどりつつ、往時のさまざまな行事や人々の暮らしぶりなんかを自筆のイラストをまじえて紹介するというもので、出版されたのは明治38年とのことである。

江戸時代ということになると、私などは落語の世界もろくに知らず、知識のソースは昭和あたりのTV時代劇というような有様なので、えらい奴はだいたい悪い奴で庶民は苦労ばかりしており、といった感じの紋切り型といっては紋切り型に失礼なくらいの稚拙なイメージを抱いたまま馬齢を重ねているわけだが、この本にはとりあえず生活の苦労は苦労として記されてはいるものの、物語のような悲惨陰惨なエピソードといったものはあまりない。

あれやこれやと苦労はあれど、めぐり合わせよく至って平々凡々と過ごしてまいりやした、へい、といったセルフイメージを持つ人々もきっとそれなりにいたであろうことがしのばれる。まあ、たぶんあたりまえである。必殺シリーズじゃあるまいし。世の中が天国じゃないけど地獄でもないというトレイントレインな感じはきっと江戸時代だって同じだよね、とばかみたいなことを自分に言い聞かせつつ読み進めた。

「府内」ということで、現代ならば都心3区及びその周辺のきらきらシティライフといった感じ(私は僻みっぽいのである)であろうから、まあ、基本的に豊かである。月々の行事などを見ると、なにやら節句の度に贈答品を抱えてあいさつだなんだかんだとえらく面倒くさそうでもある。年中そんな調子だから師走や正月なんかは格別に忙しくなるのはそりゃ当然で、私のように寝っ転がって本なんか読んでる場合じゃないのだ。

で、驚くべきことに、それを読みながら私はなんだか羨ましく、そしてちょっと寂しくなっちゃったのである。この本が持っているトンマナのためでもあろうが、そんな四季折々のわちゃわちゃがけっこう楽しそうなものに見えてくる。歳時記や行事といったものは、やっぱり家族や他人様とのつながりあってのものなのだねえなどと思いつつ、しみじみ歳末の歌番組など眺めていたのであった。

その一方で、でもやっぱそんなめんどくせえことやってらんねえよなぁ、という気分もなくはなく、きっと当時だって同じような気分で長屋に寝ころんで不貞腐れていた男やもめの八つぁんなどもいたのではないかとも思うのだが、それはそれ、今年はもうちょっと近い距離に誰かがいるといいのかもしれないね――というのが新年を迎えるにあたり私が考えたことであった。
とはいえ、さて。

※画像は、菊池貴一郎 (芦乃葉散人) 著『江戸府内絵本風俗往来』上編(東陽堂、明38.12.)より
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/767856 から拝借いたしました。

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