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川越行脚

川越市駅から山田方面に向けてタクシーに乗ると面白い名前が目に付く。いったん気になりだすと気になって仕方が無いこれらの名前たち(笑)を一気に紹介して行こう。
走り出して、細い道を通り、二つ目の信号を左折。次に川に差し掛かったところの信号で右折するのだが、ここでたいてい直進してくる車をやり過ごすため、信号で待つことになる。このとき、注目して欲しいのが進行左脇の川沿いに立つ「メゾン前川」である。建物自体はどうってことない、メゾンとしゃれてはいるが、実態はアパートである。しかし、この「メゾン前川」という名前に私はぐっと来た。

「前川」というのは固有名詞なのか、あるいは「前が川」だからつけたものなのか、判断に迷う。前川さん所有のアパートであったなら、ぜんぜん普通だが、もし「前が川だから」命名したとなれば、こんなしゃれ心に満ちた物件はそうは無い。是非入居して、「前が川」である特権を十二分に満喫したいという気持ちにさせてくれる。すばらしい。なぜなら、そのたいして大きくはない川は、四季で表情を変えており、春先など土手に小さな花が咲いたりして、見るものの心を和ます。小江戸で知られる川越だが、昔のお侍さんもそこで一服したのではないか、と想像を掻き立ててくれるような佇まいなのだ。信号待ちというのは、えてしていらいらさせられるものだが、ことこのスポットに関しては、このように
右折してしまうまでの時間はあっという間に過ぎる。
ところが、先日通りかかってみると、前川の由来に決定的といえる事実を発見した。発見したというより、謎解きが向こうからやってきたとも言える状況なのだ。「メゾン前川」という看板のとなりに「生あん、ねりあん、つぶしあん (有)前川製あん所」という看板が掛かっているではないか!この看板、いままで気が付かなかったのだろうか、それとも、「前川」さんが最近新たに事業拡大を狙って展開したものなのだろうか、定かではない。
記憶なんてそんないい加減なものだが、ともあれ、肝心の製あん所がどこにあるのかはタクシーから確認が難しいが、その看板は私にとってかなり決定的なものであった。アパートの場合、先にも書いたようにしゃれ心から入居者にちょっとメルヘンちっくなアピールをすることはあるかもしれないが、製あん所に関してまでそんな凝ったことをするであろうか?そう、私の心の中はいま、99%、「前川」というのは固有名詞である、という側に傾いている。1%は「前川」さんの類い稀なしゃれ心に賭けているのである。ここまでくると、確かめる方法はただひとつ、お宅訪問しかないのであるが、さすがにそこまでやる勇気はないし、交番に連れて行かれても困るので、ここは私の心の中の永遠の謎、として
おきたい。読者の方々も是非次回、信号待ちのタクシーからアパートと川を眺め、私と感情を共有して欲しい。
さて、信号を右折した車は街道を進み、まもなく左に折れるのであるが、この街道を直進している間に左側を直視していて欲しい。ちょっと大き目の看板で「らーめん 王手」というのが目に飛び込んでくるだろう。
なに、「らーめん」?「王手」?ここの主人は将棋マニアなのか、それとも実は全国チェーン店展開をはかり、すでに全国制覇に「王手」を掛けているということを表しているのだろうか。わからない。しかし、もし、次のような展開だったらちょっと困る。
ガラッと戸を開け、店に入り、カウンターに座る。カウンターは油で表面が黒光りする トップと30cmくらいある赤いサイドで構成されているかもしれない。割り箸を立てた竹の筒、ティッシュの箱なども置いてあるだろうよくあるラーメン屋さんと推察する。ラーメンを注文する。ラーメンが出てきて食べ始める。すると、とつぜん「王手!」の掛け声が響き、びっくりしていると店主が私が食べているラーメンにいきなり、「銀将」を突きつけている。
その先にはなんとラーメンに混じって「王将」が潜ませてあるではないか!食べ進むうち、「王将」が顔を出し、油断していた私は不覚にも「王手!」をされてしまったのである。
もう食べられない。ラーメンはどんぶりごとすばやくもっていかれてしまった。なれている客なら「王手!」の瞬間「王将」を再び麺の中に逃がすとかしなくてはならない、、、。
と、まぁ、こんなことを想像しながら、また、もしラーメン屋ではなく「寿司屋」だったらもっと将棋に近い楽しみもあるのではないか、と思いを馳せながらタクシーに乗っていると、田んぼ方面に曲がった後、すぐに目に入るのがピンクのアパートである。そのアーリーアメリカンな作りはかなりのこだわりを見せており、本物なのかどうかはわからないが、暖炉の煙突などもあり、ぜひちょっと中を見せて欲しい欲求を駆りたてられる。ちょっとリヴォン・ヘルムみたいな大家さんを想像してしまう。
さて、そのピンクの家を右折して、少し行くと、今度は進行右手に「ジュ・ド・ポーム」というアパートが現れる。この建物はこれまで紹介してきたものに比べると大分地味で、正直面白さという点ではかなり劣る。しかし、このアパートがなんで「ジュ・ド・ポーム」なのか、というのは相当謎で、私を困らせる。「ジュ・ド・ポーム」というのはフランス語で「りんごジュース」という意味である。入居したらりんごジュースを飲ませるよ、というには普通の日本人にとって、想像するハードルが高すぎる気がする。その点ではマーケティングに成功しているとはいえないだろう。では、なぜ、「ジュ・ド・ポーム」なのか、
もしかしたらこの物件は一番手ごわいかもしれない。私がこの謎を偶然解くには相当のラッキーさが必要な気がする。
この物件にかかわらず、マンションとか、アパートはわけのわからない外国語的なのが非常に多いと思う。日本語に訳してみて、本当に大丈夫なのかを確かめてみたい。以前私が住んでいたマンションは「アルス多摩川」という、東急不動産が大々的に展開している「アルス」マンションのひとつであった。この「アルス」というのは“ALS”とつづり、「アーバン・ライフ・ステージ」の略なのだそうだ。であれば「ULS:ウルス」じゃねーか!と契約時に思わず口走ってしまったが、ウルフルズじゃあるまいし、実に混乱する。それとも、応援部の「ウッス!」みたいに聞こえるから U はやめたのだろうか??遊び心がちっとも感じられない、カッコだけな名前はちょっと恥ずかしい。

終わり

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