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小説「ノーベル賞を取りなさい」第21話

あの大隈大の留美総長が、無理難題を吹っかけた。




「それから新宿署に中川教授を連行し、かつての同僚でいまは警部を務める人物に捜査を委ねてきました。連れていく車内でも『俺は鳥飼に清井さんを紹介しただけだ、殺人の件はみんな鳥飼が知っているはずだ』とペラペラしゃべっていましたから、取り調べもすんなり進むのではないかと思われます」
 と、宮木。
「鳥飼というのは中川教授の高校の同窓生だそうで、一連の事件の鍵を握る重要な人物と思われます。中川教授の携帯電話の通話履歴などを調べれば捜査の進展も早くなることでしょう。いずれにせよメディアに気づかれないように、くれぐれも極秘に進めてほしいとお願いしてきました」
 と、曽根。
 総長室のソファー。留美、亜理紗、牛坂の三人に状況を説明した二人に、留美がねぎらいの言葉をかけた。
「どうもご苦労様でした。これで一安心。頼もしいわ。なにか動きがあったら、また知らせてちょうだいね」
「承知いたしました」
 二人は声を揃え、ソファーから立ちあがると、礼をして総長室を出ていった。
 ノックの音とともに再びドアが開き、入れ違いに部屋を訪れたのは柏田と由香だった。晴れ晴れとした顔で、柏田が言った。
「渾身の力作、できましたーっ」
 続いて紙の束を頭上に掲げ、由香が告げた。
「論文原稿のコピー三セット、さっそくお持ちしましたーっ」
 二人の弾んだ声を聞き
「書き上げたのね! とうとうやったのね!」
 と、留美。
「約束通り、七月中に仕上げたな! 見事だ、柏田くん!」
 と、牛坂。
「待ち遠しかったわ! 早く読みたーい!」
 と、亜理紗。
 ソファーに並んで腰を下ろすと、由香が三人に一冊ずつ、クリップで留めた分厚い原稿を配った。それらの表紙には次のようなタイトルが付けられていた。「The Discovery of Zero Gravity Effect in Economy」
 柏田が説明した。
「以前にお読みいただいた要旨も改稿しております。総長と学部長には事前の査読として、亜理紗ちゃんにはスウェーデン語訳の際の用語などを意識しながら読んでいただきたいと思います。皆様からのご意見を反映させ、完全原稿に仕上げたのち、アメリカン・エコノミック・レビューに投稿します」
 柏田の話に、三人は大きく頷いた。

 晴道学園大学の理事長室のドアをノックすると
「入れ」
 と、石ヶ崎の野太い声がした。
 鳥飼が入室し
「急ぎの御用件とはなんでございましょう?」
 と訊くと
「スマホ、よこせ」
 と、石ヶ崎。
「は? スマホを?」
 いぶかしげに鳥飼が問うと
「そうだ。早くよこせ」
 再び要求されたので、上着の内ポケットから取りだして手渡すと
「電源を切っとかないとな。位置情報を探られたら困る」
 そう言いながら操作すると、石ヶ崎は続けて言った。
「駐車場に霊柩車が駐まってたろ」
「ええ。どなたか亡くなったのですか?」
 その質問に、冷たい声が返ってきた。
「おめえが亡くなるんだよ」
「え……?」
「おめえのダチの中川とかいうやつがサツに捕まった。取り調べも始まらないうちから、おめえのことをペラペラしゃべりまくったそうだ。次に捕まるのはおめえだ。おめえも口が軽そうだからな」
 そのとき部屋のドアが開き、男たちが棺を運んできた。
「おう、ご苦労」
 石ヶ崎がそう言い
「おめえの火葬許可証もここにあるよ。うまく偽造できてるぜ」
 と鳥飼に向かって笑った。その途端、鳥飼は床に這いつくばり
「お助けください! 仮に捕まったとしても、私は理事長のことを決して話しません! ほんとうです! お助けください!」
 と哀願したが
「信じられるかよ、そんなこと」
 そう言って、石ヶ崎は机の引き出しから消音器を付けた銃を取りだした。
「骨と灰は海に流してやるよ。埼玉にゃ海は無えから、千葉か茨城だな。海はいいぞー。広くて大きくて、月が昇るし日が沈む」
 
     

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