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小説「けむりの対局」・第15話(最終話)

勝つのは、どっちだ? 升田幸三 vs 人工知能




 極楽浄土の蓮池のほとりで、大山康晴は釣りをしていた。
 ときおり吹いてくる穏やかな風が、まっ白い蓮の花たちを揺らし、とてもよい匂いがあたりいっぱいに満ちている。
 大山が釣り糸を垂れている蓮池の下には、天上界と人間界の境になっている雲の海がひろがっており、その雲のなかに糸を通しておくと、人間界のいろいろな情報が伝わってくるのである。
「おーい」
 そのとき向こうから声がして、升田幸三が釣り竿を担いでやってきた。そうして、大山の隣に並んで座ると、蓮池のなかへ釣り糸を垂らした。
「お帰りなさい。どうでした、あちらは?」
 と、大山。
「おう、楽しかったぞ。久しぶりに将棋も指せたし、タバコもいっぱい吸えたし、なつかしい友だちにも会えたし」 
 と、升田。
「機械はさぞかし強かったでしょう?」
 大山が訊いた。
「なんのなんの。赤子の手をひねるように、負かしてやったわい」
 升田が答えた。
「どういう将棋だったのですか?」
 大山がさらに訊くと、
「ワシが香車を落とし石田流に組んだら、機械は五筋の位を取ってきた。そういう将棋じゃ」
 升田がさらに答えた。
「だけどあの将棋、六十九手目に8二歩と打ったとこでは、ただちに9五角と出て攻めたほうが勝ちが早かったんじゃないですか」
 いたずらっぽい笑みを浮かべて大山が言うと、
「なんじゃ、すっかり見ておったのか。人が悪いのう、お前さんも。あのときはのう、タバコの煙がモウモウで盤面がよく見えんかっただけじゃ」
 つむじを曲げて升田が言いかえした。
 そのときちょうど阿弥陀如来さまが、二人のいる蓮の池のそばをお通りになられた。そして
「タバコも、ほどほどになさいませよ」
 微笑みながらそうおっしゃって、如来さまは立ち去られた。
 そのあとを、そよ風が追いかけていく。
 極楽浄土は、きょうも穏やか。
 下界では、相も変わらず人間たちが、富や権力や命を奪いあったり、水や空気や大地を汚しあったり、なんだかんだと騒がしいようであるが。
 
 
        (おわり) 



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