『竹林』
これは僕が新聞配達のアルバイトをしていた時の話だ。
僕が担当していた地区は、日によってルートが変わるコースだった。
毎日、住宅地や市営団地を周るのだが、週に3回は町外れの農家などにも行くルートになっていて、結構時間がかかったりした。
そんな町外れのコースに、大きな竹林を背にした一軒家があった。
その一軒家の数百メートル先に、もう一軒、配達しなければならない家が在るのだが、正規のルート(舗装された綺麗な道路)を走るとなると、かなり遠回りになり、時間ばかりかかってしまう。
なので、『鬱蒼と生い茂る竹林の中に通っている小道を通り抜け、小川に掛かった小さな橋を渡り、本道に出る』・・・という時間短縮ルートを使わなければならないのだが、これが陰気で不気味な竹林で、通るのが嫌だったのだ。
私が跨るバイク・・・カブが照らし出すのは、夜明け前の竹林の入り口から見える闇。
それはまるでバケモノが口を開けて待っているかの様な・・・
そんなイメージが自然と頭に浮かんでしまう怖さを持っていた。
挙げ句の果てに、漸く意を決して竹林に突入すれば、必ずと云っていい程、カブに跨る僕の肩を『何か』が撫でていくのだ。
恐らくは伸び切った竹が、『しなだれて来て肩に触れる』のだろうが、ポイントを変えながら気を付けて通ってみても、やはり肩を『ササッ。』と『何か』が撫でる。
それ以上考え過ぎても怖いので
『そういうものだ。』
と、受け入れ始めた正月明けのある日の事・・・
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その日は最悪な事に、結構な雪が降った。
雪が降っても新聞配達には休みは無い。
いつもの時間を大分オーバーする感じで、雪の中を大量の新聞紙を載せた僕のカブは、フラフラと走る。
そして漸くの事で例の竹林の一軒家に到着した。
日付けを跨いだ辺りから降り始めた雪は、遠慮する事なく、どんどん降り積もっていく。
『早く配達を終わらせねば!!』
僕は竹林の中を通る『時短コース』を通るべく、竹林へカブを走らせ様とすると、
『ザザザッ!!!』
竹林への入り口を、雪をタンマリと載せた竹が、左右からまるで『通せん坊』するかの様に行く手を阻んだ。
何か『嫌な予感』のした私は、時短を諦め、グルリと周るコースを選択した。
勿論それにより、配達は大幅に遅れたが、怖い思いをしてしまうより、こっちの方が断然マシだ。
明日は休みだ。
帰ったらゆっくり寝よう。
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それから3日後。
早朝の新聞配達センターへ向かうと、ベテラン先輩が一人、休みになっていた。
聞けば、あの竹林の一軒家を通った時に、裏手の小川にカブごと突っ込んでしまったらしい。
生憎、橋は凍って滑り易くなっていたそうだ。
ああ、やっぱりな。
僕はアルバイトを辞める事を真剣に考え始めた。
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