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ひかりみちるしじま(8)


 1968年には、ベトナム戦争が激化して、日本国内の米軍基地の拡張計画や、日本政府の米軍支援が次々と発表された。その一方で、日本政府の米軍支援に反対する声も大きくなり、反戦運動が盛り上がった。米軍によるベトナムでの戦争継続に反対し、日本政府の米軍支援に反対する運動が全国に広がったのだ。

 私は日本各地での反戦闘争に参加した。日本中をデモして回った1年だったような記憶がある。1月は長崎県の佐世保、2月、3月、4月は千葉県の三里塚と東京都の王子、そして、この年の秋から冬にかけては東京都の新宿駅や立川の米軍基地前で激しいデモを繰り返した。米軍へのジェット燃料輸送に反対するデモや、立川の米軍基地撤去を叫ぶデモだった。また、大阪の御堂筋でも何度も反戦デモをした。

 10月か11月のいつか、立川でのデモに参加するために上京した。デモの前日に私が所属していた学生運動の党派が東京の拠点大学で、「決起集会」というような勇ましい呼び名の集まりを持った。私と同じ列車で上京した関西の各大学のリーダーたちが、次々と激しい口調で明日のデモの意義だとか、徹底的に戦うぞ、とか演説していた。

 私はその集まりに、高校時代の1学年下の女子学生を呼んでいた。彼女は元々東京出身で、父親の転勤に伴い一家で引っ越しをし、私と同じ広島県の高校に転校してきたが、この春東京の大学に入学してからは東京の自宅に一人で住んでいた。彼女の父親は一部上場の大手鉄鋼メーカーの管理職で、彼女はそれまで一度もデモには参加したことがなかった。私は彼女をデモに誘う気はなかった。ただ、私の手荷物を預けて、翌日のデモ終了後、彼女の家に泊めてもらうつもりだったのだ。高校時代は、友達以上恋人未満と言った付き合いだったが、今回の再会ではっきりした恋愛関係になり、さらに男女の関係にまで進めればと期待していた。

 彼女がやってきた時には、リーダーたちの演説がまだ続いていた。彼女は、服装も挙動もひどく場違いに見えた。私の連れたちは女性でも濃い単色のズボンやジーパン姿だったが、彼女は膝までの白いスカート姿だった。
 私は集会のことを詳しく説明しなかったことを詫びて、明日デモが終わったらぜひ埋め合わせをしたいから、それまで荷物を預かって欲しいと言った。彼女は、どこか戸惑ったような表情のままだったが、私の手提げバッグを受け取り「気をつけてね」と言ってくれた。

 演説が終わった。気がつくと私の背後に関西地区のまとめ役のようなことをしていたリーダーがいた。全く突然だったが、明日のデモ指揮をしろと言われた。どうやら私が決起集会に、部外者を呼んだことを誰かがチクって、その私に気合を入れるということで翌日のデモ指揮をということになったようだった。

 司会者が「明日のデモ指揮をする諸君は壇上に来てください」と言ったので、私は彼女に中途半端な笑顔を向けて壇上に上がった。集会の最後に「国際学連の歌」という活動家なら誰でも知っている歌を両側の学生と肩を組んで歌うことになった。私は他のデモ指揮者と一緒に壇上で肩を組んだ。彼女を見ると、彼女は見知らぬ相手と肩を組むのがとても嫌そうだったし、皆で合唱しているときは、硬く口を閉じて下を向いていた。

 翌日、米軍基地前のデモで私はあっという間に逮捕された。機動隊が米軍基地前に横一列の阻止線を作っていたが、まるで、予行演習でもしたようなタイミングで機動隊が私に突進してきた。
「デモ指揮者とは逮捕要員のことさ」私と一緒にその日のデモで逮捕された東京の大学の男はサバサバした口調で私に言った。

 公務執行妨害容疑での逮捕勾留は3泊4日だったが、留置所を出ると、大阪の警察署からの二人組が私を待っていた。大阪の大学内での暴力事件の容疑者ということで再び逮捕されて、手錠をかけられたまま、二人の警察官に大阪まで東海道新幹線で連行された。

 1964年の東京オリンピック直前に開通し、当時世界最速を誇った新幹線の初体験だった。デモに参加するために上京する時は、料金の安い夜行列車を利用していた。途中一度だけトイレに行かせてくれたが、扉を半分開いたまま用を足さなければならなかった。それ以外の時は二人の警察官に挟まれた席でずっと手錠をされたままだった。この時以来、初体験というだけで心がワクワクすることはなくなった。

 荷物のことが気になったが、彼女と連絡を取る術はなかった。いや、荷物のことというより、彼女との関係を深めるつもりだったことが心残りだったが、どうする術もなかった。

 大阪では13日間留置されたが、起訴はされず処分保留で釈放された。警察署から出るとすぐに彼女に電話したが、取り付く島もない口調で、荷物はもうすでに私のアパートに送り返したと言った。両親に相談すると、そんな人とは今後一切付き合うなと言われたそうだ。私の初恋もどきは、こうして花咲くことなく蕾のまま吹き飛ばされるようにして終わった。

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