光学ガラスの歴史 (1)

■前史

初期の光学ガラスは既存のガラスの組成をほとんどそのままに品質のみを改善したものでした。初期の光学ガラスの基礎となった非光学用途のガラスについて解説します。

 ・石英ガラス

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酸化物の重量%で表示すると100%ケイ素

二酸化ケイ素(SiO2)を主成分とする鉱物である石英を溶融・固化させてガラス化させたものです。組成はほぼ100% のSiO2に原料由来の微量の不純物が混じったものとなります。二酸化ケイ素は本質的に結晶化傾向が非常に小さくガラス化しやすい物質なので溶かして固めただけでガラス化しますこのような単独組成でもガラス化するようなガラス化しやすい酸化物のことをガラスネットワーク構成酸化物といいます。溶かして固めるだけといっても石英ガラスにはある重大な問題があります。それは、石英の融点が1600℃以上と高く、溶融させるために大量の熱が必要となり、溶融冷却サイクルも長大になり、耐熱性の高い生産設備が必要になり、製造コストが高くつくことです。また、溶融時の粘性が過度に高く流動性が低いので溶融ガラスを型に流し込んだりして成形するのが難しく、製造コスをさらに押し上げていたのです。
石英ガラスは耐熱性や化学的耐久性は非常に優秀なのですが、日常的に使われるガラス製品に適用するには価格が高すぎるのが問題でした。この価格の高さは高い融点に起因していたため、石英ガラスに他の成分を添加して融点を下げるという工夫が行われました。

 ・ソーダ石灰ガラス

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ソーダ石灰ガラスの一種である青板ガラスの組成(参考

これは石英に炭酸ナトリウムと混合して溶融することで組成中にナトリウムを導入したガラスです。これによりガラス溶融物の融点は石英の1600℃から1000℃程度にまで劇的に低下し、製造コストもはるかに小さくなり、ようやく近代的なガラス製品の普及の道が開けることになります。ナトリウムの導入はガラスの化学的耐久性、特に耐水性の著しい劣化を引き起こしました。特に耐水性の低下は深刻で、ガラスを濡らしたままにすると表面が侵食され水滴の跡が白く残る(白ヤケ)ような有様でした。結露したり雨が降ったりするたびに雨水を丁寧に拭わなければならない窓ガラスなんて嫌ですよね。幸い、すぐに、炭酸カルシウムを導入すると低下した耐水性を回復させられることが見いだされ、ナトリウムとカルシウムの両方を添加したガラスが作られました。炭酸ナトリウムと炭酸カルシウムは、それぞれソーダ石と石灰岩(ライム石)という鉱石を原料に使っていたので、このタイプのガラスはソーダ・ライムガラスソーダ石灰ガラスと呼ばれます。現在普通に窓ガラスに使われる青板ガラスや、ガラス瓶のガラスは、ほとんどの場合、このソーダ石灰ガラスです。

・ホウケイ酸ガラス

これは酸化ホウ素を主成分とする鉱物であるホウ砂を石英と混合し溶融したものです。硼砂にはナトリウムも含まれているため、部分的にソーダ石灰ガラスに似た性質も持っています。酸化ホウ素B2O3はSiO2と同様に結晶化傾向が小さくガラス化しやすいガラスネットワーク構成酸化物です。このタイプのガラスは石英ガラスよりも安価で加工性に優れながらソーダ石灰ガラスと比べて、強度や化学的耐久性が高く、熱膨張率が低く温度変化で割れを生じにくく、耐熱ガラスとして広く使われます。現在ではアメリカのコーニング社のパイレックスなどの製品名で知られます


鉛ガラス(クリスタルガラス)

鉛ガラスは、石英に酸化鉛を添加して溶融して固化させることで得られるガラスです。酸化鉛は、ソーダ石灰ガラスの場合と同様に、溶融ガラスの融点を下げてガラスの製造を容易にするための成分として添加されました。

ソーダ石灰ガラスはナトリウムを加えることで石英ガラスから熱的性質を激変させましたが光学的性質が石英ガラスとあまり変わらないものでした。一方で酸化鉛は熱的性質に加え、光学特性の変化をもたらしたことが特徴的でした。酸化鉛を添加されたガラスは屈折率や分散がその添加量に応じて石英ガラスからかけ離れた高屈折率高分散特性を持つものになりました。この特性のため鉛ガラスは「クリスタルガラス」と呼ばれて工芸品や装飾品に盛んに使われるようになりました

■光学ガラスの誕生

・クラウンガラスの登場


光学ガラスが登場する前の段階で、以上で述べたように、次のような種類のガラスが使われるようになっていました

・石英ガラス(超高級な特殊ガラス)
・ホウケイ酸ガラス(ちょっと高級な耐熱ガラス)
・鉛ガラス(ちょっと高級な装飾用ガラス)
・ソーダ石灰ガラス(普及型)

光学ガラスの登場にあたって何か新しい組成のガラスが開発されたというわけではなく、上記の既存のガラス組成がそのまま光学ガラスに転用されることになります。既存のガラスは、石英ガラスに近い光学特性のもの(石英ガラス・ソーダ石灰ガラス・ホウケイ酸)ガラスと、特異な光学特性を持つもの(鉛ガラス)に分かれます、これらのうち前者が光学用のクラウンガラス(低分散ガラス)、後者がフリントガラス(高分散ガラス)の基礎となります。

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最初期のクラウンガラスは、アッベ図の狭い領域にしか存在しませんでした。

・ホウケイ酸ガラスのBK(図中赤色、ホウ酸クラウン)
・ソーダ石灰ガラスのK(図中黄色、狭義のクラウン)

これらが光学ガラスの発展の入り口となりました


続いて青色部分が拡張される(フリント系、後述)

画像:ショットの現行アッベ図を改変

最初期の光学ガラスは光学部品に必要とされる均質性や透過性などの品質を従来ガラスよりも向上させることに主眼が置かれ、屈折率やアッベ数などの光学特性はあまり考慮されず、既存のガラスを使ったらこんな光学特性だったという感じです。

価格と耐久性のバランスの良いホウケイ酸ガラスは代表的な光学ガラスとなりました。この系統のガラスは光学ガラスとしてはホウ酸クラウン(BK)と呼ばれます。光学ガラスとして最も流通量の多いBK7(とその互換品)はホウケイ酸ガラスの組成を持ち、(屈折率,アッベ数)は(51.6,64.1)という光学特性を持ち、典型的な低屈折率低分散ガラスです。

低コストが売りのソーダ石灰ガラスは、耐久性の悪さから、ホウケイ酸ガラスほどは好まれませんでした。光学特性が近いホウケイ酸ガラスの陰に隠れる存在となりました。ショット品種で領域名Kが与えられているような狭義のクラウンはソーダ石灰ガラスに近い組成を持つようです。狭義のクラウンはアッベ数は60程度でBKと屈折率が同程度で比べるとやや分散が大きくなっています。これは組成に含まれるナトリウムが若干の高分散化効果を持つためです。

ホウケイ酸ガラスは屈折率,アッベ数が(1.52,65)というような光学特性を持ちます。ソーダ石灰ガラスはこれより少しアッベ数が小さくなり(1.52,60)というような値になります純粋な石英ガラスはこれらより少し低屈折率低分散な特性を持ち、(1.46,70)程度の値です。これらはいずれも低屈折率低分散領域にあり屈折率やアッベ数が狭い範囲に収まっていることが分かります。

石英ガラスは価格が高く加工性も悪いため、光学ガラスとしては一般化しませんでした。しかし、耐熱性に優れる、紫外線の透過率が高いという特長があるため、紫外線光学系や耐熱光学系など特殊な用途に限って使われる高級光学ガラスというポジションになりました。

フリントガラスの登場

品質が十分な水準に達すると光学ガラスの開発は次のステージを迎えます。

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光学ガラスのラインナップは低分散ガラスに始まり、低分散ガラスであるBKやKの組成に酸化鉛を加えることで高分散化したガラスが造られ、アッベ図の右側に拡張されていきます(図中青色部分のフリント系列、KF-LLF-LF-Fと連なるこのうちFの範囲にあるのが狭義のフリントガラスである)これによりアッベ図は横方向の広がりを持つようになったが、この時点では縦方向(屈折率方向)の広がりはほとんどなく、狭い帯状領域に沿ったラインナップだった

なおフリント系列の記号は次のような意味があり、おおむねアッベ数によって区切られています元々はショット社が命名したものですクラウンの組成に鉛を添加したもので、主成分は石英・酸化鉛で、ナトリウムなどが少量含まれています。鉛の濃度が高いほどアッベ数が小さくなります。


K - クラウン
KF - クラウン・フリント(クラウンとフリントの中間)
LLF - 軽々フリント(軽=低屈折率や低分散というニュアンス)
LF - 軽フリント
F-(狭義の)フリント(フリントは原料の鉱石名に由来)

当時の光学系の設計では、色収差を補正することが課題となっていました。色収差の補正にはアッベ数の異なる材料で造られた凸レンズと凹レンズを組み合わせることが必要なことが理論的な研究から明らかになっていました。均質性と透過性の高い高品質なガラスを製造するという第一の課題を達成した光学ガラスの次のステップは、様々なアッベ数のガラスを用意することでした。ホウケイ酸ガラスやソーダ石灰ガラスは前述のように似たようなアッベ数を持ち、これでは色収差の補正は困難でした。そこでガラスの成分をいじって光学特性を変える必要が生じます。そこで注目された成分が酸化鉛(PbO)です。酸化鉛以外にも数多くの酸化物が分散に影響を与えますが、光学ガラス以前の時代から、PbOは装飾・工芸用のクリスタルガラス(鉛ガラス)の製造で大きな使用実績があり、それを通じて、ガラスのアッベ数を大きく変化させる効果があることがよく知られていました。また、添加による製造適正の悪化も起きにくいことも分かっていました。そこで光学ガラスの歴史の初期において、ガラスの光学特性を変化させる成分として酸化鉛が中心的に使用されることになります。

鉛光学ガラスを最初に本格的に開発したのはドイツのショット社で、これによりアッベ数60程度のクラウンから35程度のフリントまで幅広いガラスをラインナップしました。ショットは鉛の添加量を少しずつ変えることで小刻みにアッベ数の異なる多数の品種を作り出しました。これにより光学設計者は設計に最も適したガラスを規格品から選択できるようになり、色収差を補正した高性能な光学機器を容易に設計できるようになりました。





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