トリウムガラス(1)

トリウムガラスって何?


トリウム(より具体的には二酸化トリウムThO2)が入ってるガラスです。

トリウムガラスは、カメラレンズなどで光学ガラスとして使用されていました。トリウムは放射性元素なので放射能があります。トリウムガラスを使った交換レンズはアトムレンズと呼ばれます。現代ではもはや生産されていませんが、中古市場で売買されています。

トリウムガラスは光学ガラスの一種で、光学ガラス中でも特に優れた高屈折率低分散特性を持ち、光学機器の高性能化に有利なものとして1940年代から70年代まで開発・使用されていました。

光学ガラスとはレンズ・プリズム・フィルターに使用される高均質・高透過ガラスのことですガラスの光学特性は屈折率アッベ数分散)で表されますアッベ数は小さいほど分散が大きいガラスになあります。低屈折率低分散ガラス(クラウンガラス)や高屈折率高分散ガラス(フリントガラス)は比較的安価な材料から容易に製造できるのですが、高屈折率特性と低分散特性を併せ持った高屈折率低分散ガラスは光学装置の高性能化に非常に有用な一方で、そのような特性は実現することが困難で、光学ガラスの歴史上、活発な開発競争が行われ続けてきた分野です。トリウムガラスはそのような高屈折率低分散ガラス分野に現れ、比較的短期間で消えていった技術です。

トリウムって何

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原子番号90の元素で、元素記号Th放射性元素です。周期表では図中黄色のアクチノイドというグループに属する元素で、ランタンの属するランタノイド(図中青色)の直下に位置する第三族元素です。ちなみにランタノイド・アクチノイドは、周期表の一つの枠にとある事情のため性質の酷似した多数の元素が周期律を無視して収まってグループになっているものです。図中の下の二列はそれらを展開したものです。

光学ガラスは基本的に酸化物ガラスなのでトリウムも実質的に酸化物の形でガラス中に存在しています。トリウムの酸化物には酸化数が2の一酸化トリウムと酸化数4の二酸化トリウムの二種類がありますが後者の方が化学的に安定しているのでたいていの場合そちらの形で存在しています。

トリウムは原子番号90原子量232.0で自然界にまとまった量が存在する元素で最も重いものとされるウラン(原子番号92)に原子番号があと2つまで迫る非常に重い原子核を持つ元素です。この原子核の巨大さが放射能をもつ要因にもなっているわけですが

なぜトリウムを入れたのか

端的に言って高屈折率低分散特性を得るために有利だったからです。よく高屈折率化のためといわれますが、低分散という部分が重要です。高屈折率高分散でいいのであればトリウム以外にいくらでも安全安価な選択肢はあります。酸化チタンや酸化鉛などが代表的です。それに比べて高分散化せずに高屈折率化できる元素はほとんど見つかっておらず、非常に選択肢が限られています。その限られた選択肢としては1940年代から酸化ランタンが知られていました。

基本的にガラスの光学的特性(屈折率と分散)は組成によって決まるので高屈折率低分散ガラスを実現するなら適切な組成を見出さなければなりません。なお熱処理によってわずかに屈折率が変動することもありますが本当にわずかで、ほぼ完全に組成によって決まります。

高屈折率低分散特性を実現できる成分として酸化ランタンが1940年代から注目されました。酸化ランタンはレアメタルの中ではかなり安価な上に放射能を持たないので、酸化ランタンの濃度を増やしていけばわざわざトリウムを使う必要はないように思われます。確かに酸化ランタンの濃度を上げれば屈折率は上がります。しかし酸化ランタンは本質的にガラス化しにくい物質なので、濃度が限界を超えるとガラス化が困難になります。そこで酸化ランタン1成分のみの濃度を上げるのではなく、ランタンと類似した高屈折率化効果を持つ酸化トリウムを併用しながらランタンとトリウムの合計濃度を増していくことで酸化ランタン1成分の場合と比べて優れた高屈折率低分散特性を有するガラスを実現しようとしたのがトリウムガラスです。

トリウムを使うことでアッベ数を落とすことなく屈折率を+0.05や+0.10というレベルで上積みできるという程度で、屈折率が1.5→2.5というようなレベルで飛躍的に向上する、というほどではありません。

トリウムガラスの具体的な屈折率は特許文献中に実施例として開示されているものもありますので、いつか通常のガラスと比較してみたいと思います。


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