【特許研究】ショットの光学ガラスLaK22の1976年の特許

ドイツの光学ガラスメーカーのショット(Schott)が1975年に出願した光学ガラスの特許光学ガラスの特許は光学定数(屈折率とアッベ数)や物理・化学・熱的性質とそれを実現するための組成を、複数のガラス品種をカバーできるように広い数値範囲として特許請求するパターンが多いのですが、この出願では、光学定数・組成を狭い数値範囲でほぼピンポイントで請求しています。
屈折率1.650
アッベ数55.5±1.0

記載されたガラスの正体

ピンポイントで光学定数を指定しているのでこの出願に対応するガラスが販売されているかもしれません。そもそも試作品かもしれません。しかし試作品を(領域指定ならまだしも)ピンポイントの特許で保護しても意味がないので具体的な製品を前提とした出願と考えられます。1.650・アッベ数55.5に近いショットの現行硝種を調べると、「N-LaK22」という品種が該当します。接頭辞のN-は近年リニューアルされ鉛・ヒ素フリー化されたガラスに付されているもので、1970年代の時点ではN-の付かないLaK22だったと考えられます。

ただしこの特許に記載された組成には鉛は含まれておらず、ランタンクラウンのような低分散ガラスに鉛を添加する理由もないので、LaK22はN-化する前から鉛フリーと思われますが、有害物質としては、原料溶融の際に助剤(清澄剤)として少亜ヒ酸や酸化アンチモンを添加可能なことが記載されておりN-化に伴い使用中止となっているかもしれませんいますいずれにしてもこれらの助剤の有無は光学特性や物性にはほとんど影響しません。そのためN-化に伴う組成や物性の大きな変化はなかったと推定されます。

特許に記載の組成がすでにN-化されたLaK22のものという可能性もあります。特許文献には組成や光学定数の他に熱膨張率や比重など各種の物性値も記載されています。それとショットのデータシートに記載されたN-LaK22の

LaK22というガラスについて

LaK22はランタンクラウン ()LaK 領域に含まれる品種です。ランタンクラウンは酸化ランタンを導入することで高屈折率低分散特性を得たランタン系ガラスのうち比較的分散が小さく(=アッベ数が大きく)、屈折率が低いガラスのことを指します。クラウンとは低分散系光学ガラスの歴史的呼称です。ショット社の分類では、アッベ数が50より大きい低分散で、屈折率がある程度大きいガラスをランタンクラウンに分類しています。22は開発順に付された番号で、ランタンクラウン領域で同社が22番目に開発した品種であることを意味しますランタンクラウンの主要な品種にはLaK9・12・14などがありますが、それと比べると後発の品種ということになります


特許の内容

この特許が出願された時点ではすでに同等の光学定数を備えたランタン系ガラスは実用化されていました。しかしそれらは化学的耐久性に大きな課題を抱えており、その点について大幅な改善を成し遂げたのがこの発明だということです。文献中の説明は組成をピンポイントで提示するもので、組成の効果については詳しく触れられていません。

組成

画像1

ガラスがガラスとなるために必要なガラスネットワーク構成酸化物として酸化ケイ素酸化ホウ素が含まれています。ネットワーク構成酸化物の組成から見ると、光学ガラスは酸化ケイ素が多いものと酸化ホウ素が多いものとに分かれますが、このガラスはケイ素の方が明らかに多くなっています。後の時代のランタン系ガラスではケイ素が減って酸化ホウ素の方が多くなり、ホウ素ーランタン系ガラスが主流になっていくのですが、このガラスはそれとはかなり趣が異なります

1970年代のランタン系ガラスの発明として上の記事で紹介したものがあります。これはホウ素とランタンを主要な組成としており、ケイ素・バリウムを主な組成とする当発明とはかなり異なっていることが分かります。

右の3つバリウム(Ba)ランタン(La)ジルコン(Zr)は高屈折率特性を与えるための修飾酸化物になりますが、この中ではバリウムが36.6%と特に多く含まれています酸化バリウムは安価なため初期の高屈折率低分散ガラスで高屈折率化酸化物としてさかんに用いられました。現在でもプリズムなどによく使用されているSK16などの重クラウン (SK) はバリウムによって高屈折率化した低分散ガラスです。バリウムの高屈折率化効果はあまり高くなく、バリウム系高屈折率ガラスが限界に達するとさらなる高屈折率化を目指して酸化ランタンを中心としたレアメタル酸化物を使用したランタン系ガラスの開発が始まったという歴史的流れがあります。

この発明の組成は、バリウムを主な高屈折率化成分としつつ比較的少量のランタン・ジルコンを導入することで、バリウム系ガラスの限界を超える高屈折率を得た、というような組成になっています。

酸化ジルコンは酸化ランタンに類似した高屈折率低分散化作用を持つ成分です。

組成をざっとみると、バリウム系高屈折率ガラスからランタン系高屈折率ガラスへの過渡期の技術のように見えますが、化学耐久性を改善するためにあえてそのような組成にしているのかもしれません。ただし出願文献中の記述は「この組成にすれば解決する」というようなもので、具体的にどのような考えに基づく組成なのかは読み取れません。

この発明は審査の末に1979年に特許登録されましたが、15年後の1994年に年金(特許維持費)が納付されずに事実上権利は放棄されています。

1975年出願
1976年公開
1978年審査請求
1979年出願公告
1979年特許査定と特許登録
1994年、年金(特許の維持費)不納付により登録抹消。



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