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【特許研究】伝説の撒き餌レンズEF50/1.8

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キヤノンのEF50mm F1.8といえば、実用的な性能を備えた純正レンズでありながら非常に安価な製品で、ユーザーをレンズ沼へひきずりこむための撒き餌レンズとして有名です。このレンズの存在自体がEFマウントの大きなアピールポイントとなっています。

ここで紹介している特許は1985年10月14日にキヤノンが出願した古い特許です。
経過としては1987年4月22日に公開、1993年11月30日に特許査定、2005年に特許期間満了につき抹消となっています

なおEF50mm F1.8は、
EF50㎜ F1.8
EF50mm F1.8 II
EF50mmF1.8 STM

3世代があります、いずれもほぼ見分けのつかないほど似た構成図が示されており、光学系を引き継ぎながら鏡胴のリニューアルを重ねたものであることが推定できます。

5群6枚のガウス型自体は珍しいものではないので、特に注目したい識別点は以下の3点です。

前玉の形状が(平凸や両凸ではなく)メニスカス形状
後群の接合面が物体側に凸
後玉の形状が(平凸やメニスカスではなく)両凸形状

ちなみに有効口径外部のガラスの縁の形状は少し異なりますが、光学性能に直接影響せず、半分鏡胴設計の範疇に入っているので、光学系の異同の識別に当たっては無視できます。

EF50/1.8 1987年

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EF50/1.8 II1990年


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そっくり

EF50/1.8 STM 2015年

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そっくり

と三世代の製品があります。いずれも前群の正負レンズ間にに空気間隔をあけた5群6枚構成のガウス型構成を採用しており、構成図を見る限りでは世代交代による光学系の変化は見受けられず、鏡胴の改良によるリニューアルだったと推定されます。ちなみ50/1.8のスペックはフィルムカメラ時代からの伝統ですが、EFマウント以前でキヤノン最後の50/1.8となるnewFD50/1.8では4群6枚構成の古典的なガウス型が採用されており(NFD50mmF2?知らない子だな)、EFマウントへの移行と同時に光学系の刷新が行われたようです。さてこの特許は初代EF50/1.8の発売直前に出願されており、実施例の構成図がEF50/1.8の構成図と酷似しています。そのためこの特許がEFマウントとともに誕生し現行のEF 50/1.8 STMでも使用され続けている伝統の撒き餌レンズの光学設計を表したものなのではないかと考えられます。

特許請求の範囲は、所定の(定性的な)構成を満たしたうえで以下の条件式を満たすものとされています

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特許の内容は低コスト化と性能の両立を強く意識した内容となっています

条件式(1)(2)(3)は高価な硝材の使用を避ける、という条件です。硝材の屈折率から1.45を引いてアッベ数を掛け合わせるというちょっと不思議なことをしています。これは高屈折率・低分散(=大アッベ数)ガラスを使用しない、ということを定量化した条件式です。(8)は第5レンズの硝材に高屈折率ガラスを使用する、という条件です。(1-3)で屈折率を低くするだけでなくアッベ数の大きい(分散の小さい)ガラスを避けているのは、屈折率と低分散を両立したガラスは、当時はまだ品質が亜不安定で高価だったためです。ただ高屈折率ガラスを全く使わない設計では性能が不足するの後ろから2枚目の正レンズについては(8)で逆に高屈折率ガラスの使用を規定しています。これはアッベ数の条件はなく純粋に屈折率だけの条件となっています(1-3・8)により4枚の凸レンズすべての硝材の種類を制限しています。式(4)はφ23fは第二レンズと第三レンズの間にある空気間隙の負の屈折力φ23と光学系全体の屈折力(焦点距離fの逆数)の比を取っています。この空気間隙は収差補正上重要な役割があるのでその屈折力を適正な範囲に収めることで高性能化が可能となります式(5)は絞りの前後にある空気間隔の屈折力を式4と同様に規定しています。式(9)では前群の2枚の正レンズの間隔を焦点距離との比で規定しています(10)では前群の正負レンズ間の空気間隔の厚さを焦点距離との比として規定しています


従来のガウス型レンズでは高屈折率ガラスを用いて高性能化を図っていた
高屈折率ガラス使用の問題点は
  そもそも材料として高コスト
  高屈折率ゆえに面精度の影響を受けやすい
  化学的耐久性が劣る硝材もある

当時各社が高屈折率低分散ガラスの導入によるガウス型レンズの高性能化を競っていましたが、これは単なる材料費・加工費の増加だけでなく品質管理コストも含めて高コスト化の原因となっていました。そこに目をつけて時代に逆行するようにも見える低屈折率ガラスの採用に舵を切ったのがこの特許です。

凸レンズに低屈折率ガラスを使用すると、所望の屈折力を得るために必要な光学面の曲率が強くなるので収差が増大します。この発明では前群の空気間隔の条件(屈折力や厚さ)を一定の範囲内に調整することで増大した収差を補正し、低屈折率ガラスでも優れた性能を発揮可能という発明になっています。

前述のようにEF50/1.8より一世代前のNFD50/1.8では、前群に空気間隙の無い4群6枚構成の古典的ガウスタイプの光学系を採用していました。そこから低コストな後継機を開発するためにあえて5群6枚構成に複雑化させるという発想で生まれたのがEF50/1.8の光学系です。複雑化といってもこの光学系ではレンズの外縁部を接触させて空気間隙の厚さの精度を出すことができるので、間隔調整用のスペーサーが不要となり、部品点数の増加や偏心等のリスクを回避できています。当時、前群の正負レンズを分離したタイプのダブルガウス型は主に50mmF1.4やF1.2といった高級レンズで使われていました。この構成が高級レンズだけでなく低コスト化への適正も備えていることを見抜いたのがこの発明の見事な点でしょう。

ちなみにEFの次の世代のRF50/1.8ではこのED50/1.8を前後逆にしたような別のダブルガウス型の構成に変えて高屈折率ガラスや非球面レンズを採り入れることでミラーレスもウントに適したコンパクト高性能な光学系になっており製品の性質としては大きく転換しています。ここで紹介している特許もRF50/1.8の特許の説明中に先行する特許の例として紹介されていたとことから辿り着いたものです。RF特許の説明によれば、EFと同じタイプの光学系ではコンパクト化を図ったときに性能が大きく悪化してしまう課題があったとのことです。




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