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水を描く

山種美術館の企画展『水を描く―広重の雨、玉堂の清流、土牛のうずしお』を観に行く。水には色々な形態がある。川の水流、滝の飛沫、海の波濤。題材は同じでも、画家によって表現の仕方が全く違う。身近な自然も、画家の目にはこんな風に見えているのか。日本絵画における表現の歴史と、その豊穣に心打たれる。

小林古径の「河風」。団扇を手にした着物姿の女が、縁台に坐りながら足首を川の水に浸している。川の水の流れが夏空の雲の気流のように活き活きとしているので、観る者もついその中に己の足首を浸したくなる。たおやかな水流の表現は、中国の南画(南宋画)の影響だという。

大迫力の橋本関雪「生々流転」。屏風の前に立つと、目の前に聳えるたくさんの波が、いままさにこちらに襲いかかってくるような勢い。近付いて仔細を眺めると、輪郭線の太い荒波に向って、上から斜め下方向に、掠れた墨の描線がところどころ走っている。風の表現か。風が暴れて海が荒れる。作者の言葉曰く、「人生の行路を暗示した」または「私一代の過去の過程」らしい。

千住博の『ウォータフォール』も鮮烈。黒の背景に太い滝が白く流れ落ちている。抽象的な表現でありながら、この世のあらゆる滝が落下する様、真下から見上げたときに感じる迫力、および清冽な印象が、この絵一枚に全て集約されているような気がする。

雨に煙る秋の渓谷が美しい川合玉堂『渓雨紅樹』は、雨が降って水蒸気が煙る現象と、その美しさを教えてくれる。

一番のお気に入りは前田青邨(せいそん)の『鶺鴒(せきれい)』。大海原を一匹の鶺鴒が飛ぶ、その姿を上空から捉えた画。何より海面の表現。反射する陽光の煌めき、揺れ動くさざ波、海底から湧き上がるわずかなあぶく、全てが現実の海以上に海らしく見える。

いま日記を書きながらwebで画像検索しているが、どの画も現物の感動には遠く及ばない。実物を一目見ることができて本当に良かった。ただ鑑賞の途中、腹回りが急速に冷えた気がして、お手洗いに駆け込んだ。会場の冷房が効き過ぎているのか、あるいは、展示画の数々が催す涼感が強烈過ぎたのか。どちらが本当か、今でもよく分からない。

その後、美術館から麻布十番祭りの会場に向う。徒歩で30分。猛暑、酷暑、激暑、どう表現しても足りない夏の陽気。山種美術館で得た涼感は台無しに。会場に着くなり、人だかりでめまいがする。色々買い食いするが、結局、仙台名産品の出店で買ったずんだもちが一番美味しかった。

夕方に帰宅。ジムに行き、トレーニングしながら小川洋子の『猫を抱いて象と泳ぐ』を読み終える。この作家の他の作品も読んでみたくなりAmazonで検索してみるが、作品が多くて次にどれを手にとるべきか分からない。探すのはまた今度にする。運動後、帰宅してシャワーを浴びる。

古民家を改装したようなカフェが近所にあり、夜中まで営業しているようなので行ってみる。静かな雰囲気で、店内は薄暗い。天井から吊るされたぼんぼりのような照明が、席の上を橙色に照らしている。私たちの他には、学生らしき男性客が二人。アフォガードを頼み、つげ義春『貧困旅行記』の続きを読む。想像以上に鄙びた宿ばかりがでてくるので、色んな宿があるんだなあと感心する。宮本常一の孫引きだが、「落し宿」という言葉を初めて知る。

昔、四国遍路にはカッタイ道という裏道があり、ライ病遍路専用の宿泊小屋があったこと、また同じ四国に「落し宿」もあったらしいことを宮本常一は書いている。

 ――起源も実体も明かでない宿はそのほかにもある。四国山中に見られる落し宿などもその一つである。泥棒を泊める宿であった。泥棒もまた一つの職業であった。田舎の泥棒は金をとるのが必ずしも目的ではなかった。物のあるような家にしのびこんで主として食料をとる。その食料を買ってくれるのが落し宿である。泥棒はまたそういう家へ泊まる。たいていは一軒ぽつんとはなれて住んでいた。そういう家を転々として泊まりあるく者もいたのである。そしてまたそういう家へ暗夜ひそかに食料を買いに来る貧しい人たちもいた。物をぬすむということは罪悪ではあるが、その罪悪を黙認する世界があった。それによってうるおうものがまた少なくなかったからである。このような宿の話は他の地方ではあまり聞かぬ。善根宿のもっとも多い地帯に落し宿のあったことは、貧しいものの世界にはそれなりに一つの連帯社会があったと見られるのである――(「日本の宿」昭和四十年、社会思想社刊)

つげ義春『新版貧困旅行記』新潮社,p.151

上州(群馬)の湯宿温泉のエピソードがお気に入り。親しい友人から「つげさん向きの温泉がありましたよ」と紹介されて、半信半疑のまま出向くつげ義春。

 路地の奥まったところに宿をとると、二階の廊下の板が一枚はがれ、長い穴がぽっかりあいたままだった。階下が見え空中を歩いているようで不安だった。通された部屋は畳のワラがはみ出し傾斜しているので、横になると隅の方へころげて行きそうであった。隣室との境の襖もぼろぼろに破れている。ぴったり閉じないので覗いてみると、数珠の音がきこえる。呪文のようなお経のようなかすかな声もきこえる。だが人はいない。隅の方に自炊道具がころがっていて七輪がある。その横に黒い影となってこんもりとボロ布の山がある。それがかすかに動いている。よく見るとどうやら人のようだ。宿屋でお経と線香の匂いに遭遇するとは予期せぬ出来事だ。<中略>
 夜、床の中で、ここがどうしてぼく向きなのかまた考えてみるが解らない。隣りの部屋からはいつでもお経の声がうめくように流れてくる。「やりきれんなァ」と気持が滅入る。夜半、路地のほうから、
「火の用心。カッチ、カッチ」
 と柏子木の音が淋しそうにきこえ、思わず寒々とし、寂寥とした気持が胸に迫り、人生の涯(はて)、旅路の涯に来たような絶望的な気分におちこんでしまった。

 これは十四年前の印象だったが、今度また湯宿に来てしまった。これが二度目ではない。もう何度も来ているのだ。何を好んでといわれても答えようがない。ふと思い出すと来てしまうのだ。

つげ義春『新版貧困旅行記』新潮社,p.157-158

六年後、著者は詩人のSさんを湯宿に案内する。

Sさんは「これでも温泉ですか。絶望的ですね」と感想をもらした。やはり温泉らしさがなく、暗く沈んだ印象だったからだろう。それと、宿屋の食事が貧しかったせいもあるかもしれない。サツマ芋の輪切りの煮たもの、サツマあげの焼いたものが皿にペタンと一枚、それが夕食の中心だった。旅は日常から少しだけ遊離している処に良さがある。非日常というと大袈裟だが、生活から離れた気分になれるのが楽しくもある。旅館の食事にしても普段と違うから旅心を満たされるのだ。それがサツマ芋の輪切りでは、どっと生活のレベルに下降してしまう、と嘆くのだ。
 しかし、さすがに宿代は安く、二千五百円だった。相場の半額以下だ。それを知ってSさんは、
「それじゃぼく向きじゃないですか」
 と言う。ぼくは「あれ?」と思い、
「いや、ここはぼく向きと言われたんですよ」
 と言うと、貧乏自慢のSさんは、
「いやここは絶対ぼく向きですよ。だって一泊二千五百円なら一か月7万五千円ですよ。東京のアパート暮らしより安いじゃないですか」
 と興奮する。
「もうぼくはここから帰りませんよ。ここで暮らすことにしますよ」
 と、安いということでSさんは急に湯宿が気に入ってしまったらしい。貧乏人に違和感をあたえず馴染ませてくれる。慰められる。湯宿の温泉は貧乏に特効があるなどと喜んでいる。

つげ義春『新版貧困旅行記』新潮社,p.160-161

少し蚊に刺されたかもしれない。カフェの入口の戸が半分開いている。夜風が吹き込んで、軒先の暖簾がふわりと揺れる。時折、自動車が店の前の道路を走り去る。不規則に鳴り響く走行音が、意外と耳に心地良い。別席の男性客が「拉麺の替え玉を初めて注文したときのような気分で」と囁く声が聴こえた気がして、それどんな気分?と思って、懸命に耳を澄ましてみるが、店内のBGMに遮られて、彼らの会話を聴き取ることができない。

店員がレコードプレーヤーの盤を変える。スピーカーから、ビブラフォンの音色が流れ始める。アルプス民謡のような、長閑で寂寥とする旋律。お手洗いの小部屋に入ると、店内よりも音の抜けが良くて、ビブラフォンの涼しげな音がきんきん鳴り響いていた。

帰宅したあともしばらく『貧困旅行記』の残りを読み続けて、読み終わった。SmartNewsのトップに並んだ記事を眺める。日付が変わった。

・セブ島で日本人女性が銃撃され死亡 バイクの2人組逃走(朝日新聞デジタル)
・皇太子ご一家が那須で静養 愛子さま「自然が楽しみ」(朝日新聞デジタル)
・日曜さらに暑さ猛烈 激暑いつまで 関東(tenki.jp)

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