作り置きの味噌汁
仄かな香りがひとりでに歩き始めた。
紫信号の先には左折専用のレーンが連なり、頭の片隅にある玉蜀黍が突然弾けた。
バネの振動が犇めき合い、筒状の毛細血管を結ぶ。
気魂しい空き缶を蹴ると、手の平を滑り降りるスノーボーダーがハイタッチをしてきた。
マイクケーブルを手元に手繰り寄せて腰に巻き付けておく。
これでどんな大音量にも耐えることができるだろう。
塩水の濃度を限界まで高める。
愛人たちをかき集める。
桃を右手で握りつぶし、滴る果汁を一箇所に落とす。
桃色の湖にはピラニアが泳いでおり誰も泳ぐことはできない。
毛根のコントラストが権力に縋り付く。
お蔵入りになった鈍痛を再び呼び起こすと、生涯忘れることのない大波が私を襲った。
朦朧とした木綿豆腐が雄叫びをあげ。
森の木々達も共鳴して、群青色の砂煙が隣町を襲う。
ひたすら郷土料理を振る舞ってくる女将を、そこら中にばら撒いて少し様子を見てみよう。
音信不通のハリネズミが突然やってきた。
豚しゃぶの基本を知らない奴。
不安定な積み木を基礎にビルを建設する。
洞穴の底にある慌てふためいた迷路。
孔雀の羽を高く売り捌いて生活をしていた六十代の男の趣味は、半額になった弁当をつまみに密造酒をちびちび嗜むことだ。
それを知っていた僕の妹は孔雀をこの世から消した。
なんてことない油揚げも、この辺りでは有名人面をしながら街を練り歩く。
どれだけ器用な野球選手も、半熟卵を十回連続で作ることを妨害してくる料理長の右腕には到底なることはできなかったが、世間話をしていたハツカネズミを驚かせて泣き寝入りした三つ編みの男には、泥水を啜らせるほどの神経はない。
よりにもよってデザートの豆大福がこんなに美味しいとは思っていなかった。
引っ切りなしに攻め込んできた落ち葉を一つ一つ乾燥させ、来年の落ち葉と交換する。
生涯その作業に徹した僕は、鉄道の線路に寝転がり星を眺めた。
モルモットを撫でる。
陽が昇るその時、金色の獅子がおぼつかない様子で振り返る。
「麻婆豆腐の鳴き声を見逃すな」
「同僚の娘だけは助けて欲しい」
そんな願いも叶わず、作り置きの味噌汁が全て蒸発した。
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