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笑福亭べ瓶さんの「庖丁間男」を聴く 無筆日記第拾参筆

とても人間臭いが、とても生き生きとしている「べ瓶落語」を多くの人に知って欲しい。

2023年1月21日@らくごカフェ
三笑亭可龍・笑福亭べ瓶ふたり会

石返し 可龍
包丁間男 べ瓶
~仲入り~
幾代餅 可龍

笑福亭べ瓶さん(年数、芸歴から言えばとっくに「師匠」と呼んでもいいのだが、御本人が固辞するので、当ブログでは「さん」と呼ばせていただく)と知り合ってから、もう8,9年経つ。

そのあいだ、席亭としても様々なことを教えてもらった。厳しく諭されることもあったし、こんなことしてもらってもいいのか、という気配りもして戴いた。

このあたりのことはまた別の機会に記すとして、そもそも、べ瓶さんが私にとって「上方落語」への本格的な入り口だった。知り合わなかったら、これほど上方落語に、広い意味での落語にもこれほどのめり込まなかっただろう。

ご本人の人間的な魅力もさることながら、私がべ瓶さんの落語に魅せられているのは、どの噺の登場人物たちも人間臭くて、力強い生き方をしているところだ。こんな「べ瓶落語」を多くのひとに知ってほしい

たとえば「らくだ」。笑福亭一門のお家芸だから大切にするのは当然である。それでも鶴瓶師匠の型を踏襲しつつ、底辺に棲む人々の生き様をエネルギッシュに描いている。

たとえば「妾馬」や「錦木検校」。典型的な江戸落語や物語性の強い圓朝噺をも「らくだ」同様、鶴瓶師匠の型があったとはいえ、上方の噺の世界に落とし込み、他の上方由来の演目と少しも遜色なく高座の上で語ることの出来るのは、同世代の噺家でもべ瓶さんしかいないと思う。

そこで今回の「庖丁間男」。筋書きはこうだ。

「らくだ」と同様、とても人間臭いドラマが展開される。浮気症のが亭主(辰兄ぃ)が、幼なじみ(寅)を使って年上の女房(お静)と分かれる算段をしてひと芝居うつ。が、気の強い女房はその手に乗らず、逆に亭主の幼なじみを手玉にとって逆襲するが。

冒頭から中盤にかけての、亭主とその幼なじみが出会い、亭主の女房と分かれる算段をつける密談。アクの強い台詞がぶつかりあう。上方落語、べ瓶さんの落語になれてないとちょっと引くかもしれない。東京の落語を聴いていると、同じような状況でも、あまりネチッこく感じない(例えば「鰻の幇間」での、鰻屋2階での幇間と旦那の会話とか)からだ。

だがここがべ瓶落語が本領発揮をしているところ。気の弱いあるいは要領の悪い人間が、気の強いあるいは要領の良い人間に巧く丸め込まれて、トンデモない状況に追い込まれるというのは、東西問わず落語によくあるシチュエーションだが、その追い込むまでの過程が非常に上方的、というかウェット。

さらに幼なじみが女房の家に上がり込み、間男をしようと言い寄る、噺の後半部、言い寄ると言っても気の弱い酔っ払いがやることは決まっている。ちょっかいは出しても、女房にキリッとあしらわれる。さらに迫ろうとすると思いっきり逆襲される。このあたりはあまり落語の描写では観ることの出来ない場面で、デフォルメはされてはいるが、かなりの生々しいさ、ネチっこくウェットだ。

べ瓶さんは拠点を東京に移してから、舞台に立ち、ほぼ毎年芝居にも出演するようになった。そんなべ瓶さんの高座には、芝居の経験が生かされている。上方落語は東京落語に比べ、全身をつかうアクションは多いけれど、それでも「腰から上の動きしかない」と言われる話芸、落語でこれだけの表現をするのは、とてもユニークである。たとえば間男が女房に迫るさい、高座に設置してある、見台を脇にどかし膝隠しを脇にどかすのだ。これを観たとき、思わずハッとしてしまった。

ほかの並の噺家がやれば、ただのギャグの一部に過ぎないかもしれないが、べ瓶さんがやると、状況、設定の必然性に基づいた動きの一部になり、それが可笑しさにもきちんとつながっている。

もう一つ、女性の表現である。べ瓶さんが口演する演目に女性が主役(準主役)で登場するものはあまりないように思われる(きちんと確かめたわけでありません。「四谷怪談 お岩誕生」を演るけれど残念ながら未聴)。それを考えると、この噺でのお静の役回りは特筆すべきである。

酔っ払いの間男からちょっかいを出されているうちは、警戒しつつも平静を保とうするけれど、相手が度を越すとピシャリと拒否し、亭主の策略を知ると逆上しつつも、亭主にどうにかして思い知らせようとアタマを働かせる。

こんなお静の気持を移り変わりをキチッと巧みに描き分けたのには、正直驚いてとても新鮮に感じた。前にも書いたように、女性の登場するべ瓶さんの噺を聴いたことがなかったせいもある。けれどこれまでべ瓶さん特有の押しの強さで聴き手を爆笑させていたのが、こういう形で芸をアピール出来るということを新たに実感できた。

そんなべ瓶さんの高座を、以下のツイキャスプレミアで聴いて確かめてほしい。会当日の高座を音声にて有料配信しています。聴取料は1,000円、ご購入から1週間聴き放題です。


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