ひまわり泥棒コバト 1

「あなたね、これかなりの値打ちものなんですよ。田舎で仙人のように暮らしてる作家が織ったもので同じ模様は二度とない。その中にも彼の個性がじんわりと滲み出ているわけで」
 一ノ瀬はつらつらとその商品への賛辞を並べ立てた。私はただ部屋に敷くラグがほしくてバイヤーをしているこの先輩に相談しただけで、別に御託を聞きに来たわけではない。
 しかし芸術に疎い私でも、それが非常に良いものであるということはわかった。金にがめつい一ノ瀬がそれに必要以上の値をふっかけるのも納得だ。
 青と白の幾何学模様。白は目の覚めるような眩しいものではなく、生成りの暖かみのある落ち着いた白だ。もっと複数の色の織物もあるようだけれど、一ノ瀬のセンスは正しい。一発で私はそれを気に入った。
 当初の予算からは大きくはみ出てしまうけれど私はそれを言い値で買い取ることにした。作品もさることながら、一ノ瀬が語る作家の姿に興味が湧いたからだ。
 その機織り職人は、人里離れた田舎で仙人のように生活しているそうだ。別に霞を食っているだとかそういうことではなく。ただ彼は肉も食べず牛乳も飲まず(しかし卵は食べるらしい)、草ばかりを食んで生きている、と一ノ瀬は言った。
「彼、僕と誕生日が同じなんだよネ」
 そんな無駄な情報も添えて。知るかバカ。
「買うからさ、一ノ瀬さん」
 まだ話し足りなさそうな一ノ瀬を遮るように私は言った。「その作家さんの名前と連絡先だけ教えてくれんかね」 

「チ」
 おっと、舌打ちが出てしまった。私はメモを握り締めながらその一階建の家の前に立っている。一ノ瀬から受け取ったメモに記載されていた住所は、なんと私の住むアパートの近所だった。舌打ちの理由はこれだ。人里離れた田舎だと? ふざけるな。
 しかし、こんなところに機織り職人が住んでいることなど知りもしなかった。まあ大抵の場合、こうした作家はひっそりと誰にも知られずに暮らしているものなのかもしれない。
 ミステリアスな機織り職人の織物――きっと、記事にすれば受けるはずだ。勤めている出版社で私が担当している雑誌は、ていねいな暮らしを好むヤングマダム向けのものだ。マダムたちは「良いものは高い」ということを知っている。一ノ瀬を介した金額でも、品物の良さを見ればきちんとお支払いできる層の方々。
 しかし、何度かアポイントを取ろうと試みたが初めの電話で取材を断られ、次にかけた時には見事に着信拒否されていた。社用携帯や私個人のスマホからかけても同じだ。
 そういうわけで、私は直接作家の元へ赴いた。ハイソなスローライフを推奨する雑誌の編集長は「記事は足で取って来い」というアナログな方法を好む。私はそれを忠実に守る良い部下なのだ。 

 いつからこの建物はここにあるのだろう。門扉の横の呼び鈴(そう、インターホンではなく呼び鈴)の他には表札すら見当たらず、その先、玄関までの間には野菜や草木が植わっているように見える。仙人はこれらを食べて暮らしているのだろうか。
 呼び鈴を押すと、少し離れた所(家の中だろう)からビィ、とブザーの音が聞こえた。この敷地内だけまるで昭和だ。
 しばらく経っても誰かが出てくる気配などはなかった。留守なのだろうか。一度持ち帰って再度検討してみるべきか、居留守の可能性を疑って粘ってみるべきか。私が考えあぐねていると、ふと背後から声をかけられた。
「どちら様です?」
 それは穏やかで、低くもあり高くもあり、掠れているようでそれでいて澄んでいるようにも聞こえる不思議な声だった。振り向けば小柄な男がそこに立っていた。白のシャツをゆるく着込んで、よれよれのスラックスに足元はサンダルを履き、右手にはコンビニの袋をぶら下げている。仙人、コンビニに行くのか。
「こちら、コバト先生のお宅でお間違いないでしょうか」
 私はそう尋ねた。間違いではないはずだ。だって彼の声は私が電話で話したあの声と同じなのだから。 

 これが私とコバトさんの出会いだった。


友人に触発されて書き始めたもの。続くといいなあ。

#小説

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