ひまわり泥棒コバト 6

 私はコバトさんの作品を引き出しから引っ張り出した。
「どうです」
 その大きな布を見せると、私の隣にしゃがみ込んでいたコバトさんは笑った。
「本当に僕のですね」
「そうでしょう」
「でも、それ、珍しいものですよね。あまり色数を使わずに織ったから、僕もよく覚えてます」
 そう言ってコバトさんは、青と白の幾何学模様をすうっと撫でた。そこで私は初めて、コバトさんの手は案外に毛深いのだなということを知る。
 ついにコバトさんの懐に入り込んだ。物理的に近付いたというだけだけれど、それも大きな進歩だ。
「編集さんは」
 こんなに近くでコバトさんの声を聞くのも初めてだ。目を上げると、コバトさんの黒い貝殻のような目が笑ってこちらを見ていた。
「は」
 私は微かに息を飲んだ。コバトさん少し長めの前髪が目にかかり、澄んだ黒が濡れて光っているように見えそれがとても。
「この布、引き出しの中敷にしてるんですか」
 それがとても、きれいだと思った。コバトさんは大したことは言っていないはずなのだ。けれど私はまるで思春期のように恥ずかしくなり、コバトさんから目を逸らした。
 私は今、誰を部屋に上げてしまっているのだろう。
「最初は、床に敷くラグが、ほしくて」
 私は努めて平静を装いながら言った。コバトさんはそうなんですか、と言いながら私の部屋を見回しているようだ。
「でも、フローリングが剥き出しですね」
 そう、私はコバトさんの織ったその布をあまりに気に入ってしまったので、床に敷くにはしのびなく、使い道に困っていたのだ。
「もったいなくて」
「こうしてタンスの肥やしにしている方がもったいないと僕は思います」
 そう言ってよいしょ、とコバトさんは立ち上がった。「それに床が剥き出しだと、僕みたいに裸足の人が入ってきた時に床についちゃいます。足跡」
 コバトさんが足をずらすと、しっとりと五本指の足跡がついていた。足の親指に毛が生えている。
 思えば、初めて会った時からコバトさんはゴムサンダルだった。ゆるいシャツもそれをインしたよれよれのスラックスも、2着ほどしかレパートリーを見たことがない。
「ずっと裸足の大人が、コバトさん以外にもそうそういるでしょうか」
 私が言うと、コバトさんはまたしゃがんで私の顔を覗き込んだ。
「僕の布でなくても、何か敷いた方がいいです。また僕が来たら、その時また床が汚れてしまうから」
 コバトさんは笑っている。また来たら? それはいつの話をしているのだろう。
「……コバトさんの作品の使い道、考えておきます」
 私が言うと、コバトさんは一層笑い皺を深くした。しわしわの笑顔が私を見ている。この人は一体何歳なのだろう。
「じゃあ、僕は帰ります」
 コバトさんはまた立ち上がる。立ったり座ったり、動きはゆっくりだけれど忙しい人だ。
「コバトさん」
 私はサンダルを履いたコバトさんを呼び止めた。「取材の話、前向きに考えても?」
「それはまた、別のお話です」
 コバトさんは笑って、白いドアを開けて出て行った。ゆっくりとドアが動き、がちゃん、と閉まる。オートロックなんてついちゃいない。
 コバトさんが何を考えているのかわからない。昼間、焼鳥屋の大将が言っていたのを思い出す。「コバトさんはああいう人だから」。コバトさんがどういう人なのか、私にはさっぱりわからない。
 床に裸足の跡がいくつか残っている。コバトさんはきれいな目をしているけれど、足の裏は汚い。 

#小説

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