はっぴーえんど

午前4時。最後のポテチを開けた。
既に3袋目になる。吐きそうになりながらも無心で口に詰め込んではバリバリと喰らった。美味くねえ。味がしねえ。クソが。無理やり焼酎で流し込むと同時に、身体がそれを拒否して部屋に吐瀉物が散らばった。

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!」

こんな生活を始めてもう2ヶ月になる。いつまでもフリーターの俺に愛想を尽かして彼女は俺の元を去った。31になっても口癖は「いつか」、具体的なビジョンはない癖に理想だけは高い。まともな労働は8年前のあれが最後だ。ここ数年はもう最低限の派遣労働しかしていない。この2ヶ月に至ってはそれすらもしていない。もう、何もしたくなかった。

三角コーナーと見分けがつかない部屋で1人横たわっていると郵便受けが鳴った。またか。ポストは封筒で赤く染まっていた。見ていないのでわからないがおそらく立ち退き勧告だろう。何もしない事すら世間は許してくれない。今更どんな顔して実家に帰ればいいのだろう。もう考えるのが嫌になった俺は焼酎を大きく呷り、強引に眠りについた。

睡眠は良い。寝ている間だけは現実の事を考えなくて済む。酒を飲んでいれば嫌な夢も見ない。素面で寝ると必ずと言って良い程幸せだったあの頃を夢に見る。涙に起こされるのが嫌で、最近は酩酊してから寝るのが習慣になっていた。

目を覚ますと日も暮れかけていた。二日酔いで気分は最悪だ。それでも飲みたい。酒を飲ませろ。
瓶を呷ったが、何も出てこない。しかし、もう次を買う金も残っていなかった。
「クソ!死ね!!」ヤケクソで瓶を床に叩きつける。吐瀉物の上に割れた瓶が転がった。酒が飲めないならもう寝るしかない。俺はまた横になり目を閉じたが、二日酔いもあり眠りにつけない。まるで電源の切れないクソゲーをやらされている気分だった。溜め息が出る。程なくして涙も溢れた。「なんで…なんで俺はこうなんだよ…」
本当は自分でわかっている。変われば良かった。だが、意固地になってそれを変えて来なかった。その結果が今だ。今更後戻りしようにももう遅い。あの頃はもう、戻って来ない。


「どうしたー?そんなしょぼくれちゃって」

声が聞こえた。だが、部屋に居るのは俺だけだ。
俺の怒声と嗚咽以外の声がこの部屋でする筈がない。
「誰だ!!」俺はキッチンまで走って行き、包丁を構えた。
「えー忘れちゃったの?寂しいなぁ。」
聞き覚えのある声。だが、記憶が曖昧で思い出せない。
「出て来い!!!」部屋中を見渡すも、誰かが隠れているような様子はない。声の出所もイマイチ掴めない。
「こうしたら思い出すかな?ピーンちゃん♪」
その瞬間、全てが繋がった。世界中で俺だけが知っている声。実際に空気を震わせた事はない声。

あの時の俺を救い、狂わせていた、声。
「あははは、思い出した?」
「先…輩……?」
「お前があんまりにも酷い有様だったから見るに耐えなくて出て来ちゃったよ」
声は聞こえるが姿は見えない。9年前の、あの時と同じだ。
「先輩…俺……彼女に振られて…もう生きてけなくて……俺…どうしたらいいっすか…?」
「………………」
問いかけるが答えはない。
「…先輩?」
「死ねよ」
「……え?」
俺は耳を疑った。同じ人物とは思えない程声色が変わっていた。
「もう死んでさ、私と一緒になろうよ。」
先輩は実在した人物ではない。だから死んだ所で一緒になれる筈もない。だが今の俺の靄のかかった頭ではそれが理解できなかった。
「一緒になりたくて出て来てくれたんすか?」
「うん、だって今のまま生きるより私と一緒の方が幸せでしょ?」
返す言葉もなかった。
「一緒になったらやっと結婚できるよ?ねえ?死のう?お願い、死のう?」
先輩との幸せな生活が待っている。俺は倒錯してそう信じ込み、割れた焼酎の瓶を首元に当てた。
「ピンちゃん、大好きだよ。」
先輩のその言葉と同時に首から鮮血が溢れ、その場に倒れた。

俺の新婚生活が始まった。

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