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その後のバレンタイン

著:鈴木鈴

「「あ」」
 期せずして、声が重なった。
 時刻は午後三時、学園島と本土を結ぶ電車の中には人影もまばらで、だからこそお互いの姿をはっきりと認識できたのだろう。片やスーツに身を包んだ妙齢の佳人であり、片や赤いファーコートを着込んだ愛らしい少女である。気づくな、というほうが無理な話だろう。
「…………」
「…………」
 二人は――淡島世理と櫛名アンナは、物も言わずに近寄り、ほとんど同時に座席に腰を下ろした。
 ドアが閉まり、電車が動きはじめる。
 淡島は、隣に座った少女の横顔をちらりと眺める。
 思えば、これほど近くで、これほどゆっくりと彼女を観察できたことはなかったかもしれない。淡島が所属するクランは、アンナのクランとは敵対関係にあったのだ。話す機会さえ、ほとんどなかったと言っていい。
 と、アンナの赤い瞳がきろりと動き、淡島のことを見た。
 ぎくりとする。淡島は物怖じする性格ではないが、《王》の前では話が違う。石盤が失われたとはいえ、アンナがいまだに《赤の王》であることに変わりはない。
「――まあ、考えてみれば当然よね。約束の時間にちょうどいい電車、これしかないのだもの」
 そう言うと、アンナはこくりと頷き、あらためて淡島のほうに向き直った。
「来てくれて、ありがとう」
 正面から感謝を告げられて、淡島はわずかに目を見開き――それから、口元を綻ばせた。
「どういたしまして。でも、驚いたわ。草薙くんから電話がかかってきたと思ったら、あなたが換わるんだもの」
「あなたの電話番号、知らなかったから」
「草薙くんはこのことを知ってるの?」
 アンナはふるふると首を振る。
「みんなには、内緒」
 アンナの無表情から、考えていることはうかがい知れない。だが、淡島にはなんとなく理解できるような気がした。《王》とはいえ、思春期の女の子である。いざというときまで、知られたくないのだろう。
「でも、本当に私でよかったの?」
「うん。あなたでよかった。というより、あなたしかいなかった」
 アンナの小さな手が鞄をまさぐり、一冊の本を取り出した。その表紙に視線を落としながら、彼女は独り言のように、
「本だけだと、やっぱりわかりにくいから。知っている人がいてくれたほうが、いい」
 その表紙には――『初心者のためのチョコレート作り』というタイトルが記されていた。

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K Fan ClanおよびK Fan Clan Nextの小説等コンテンツを再掲したものです。

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