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実家のクリスマスプレゼント決定システム

父の背中

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ちょっと変わった家庭で育った気がしている。特に変わっているのは父だと思うのだけど、そのおかげでいろいろな経験をさせてもらった。

長い間ソフトウェアに関わる仕事をしているけれど、それも父の影響だ。父自身がソフトウェアに関係があるかというとまったくなくて、僕が中学生くらいのころに電車の中で話しかけたカナダ人プログラマーに声をかけ、「今日はうちに泊まっていけ!」という謎のナンパ力を発揮したことがある。

その晩にそのプログラマーからいろいろなことを教わった。当時流行っていたP2Pソフトのこととか、プログラミングのこととか。それを皮切りにソフトウェアへの興味が強まっていったのを覚えている。いまでは自分はプロダクトマネージャーとして働いていて、きっとあの夜がなかったらこうはなっていないと思う。

このようなエピソードには困らない僕の実家。寒くなってきてクリスマスのことを思うと、自分が小学生の頃のクリスマスプレゼント(だったと思う。もしかしたらお年玉かも)の決まり方を思い出す。

納得感とチャレンジ精神を両立させるデザイン

クリスマスプレゼントをあげる習慣のある場合、多くの家庭では親が子どものニーズを汲み取り、クリスマスの日に寝ている間に枕元に置くなり、ジャーンッであげたりすると思う。我が家もそういうことは何度かあったと思うのだけど、あるときにシステムが変わった。

ざっくり言ってしまうと、500円玉を箱の中にたっぷり詰めてつかみ取りをするというシステムになった。我が家のサンタクロースは甲州商人仕様なのだ。乗っている動物はきっとトナカイではなく甲州馬。

箱は立方体ないし直方体のものの一面を丸く切り取ったもの。このときに開ける穴のサイズが非常に重要。大きすぎず小さすぎずくらいのサイズ感をつくることでエンターテイメント性が演出される。

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たしか当時は500円玉だけを箱に入れていた気がしたけど、いろいろ混ぜても面白いと思う。ルールとしては箱の中に手を入れてできるだけの量をつかみ、引き上げる。ただし、手のひらを返してはいけなかったように記憶している。

僕は4人兄弟の末っ子。全員2歳差で僕と一番上は6歳差なのだけれどそれなりに手のサイズが違うから、年齢に応じて嬉しい金額に不思議となる。それに自分でつかんでいるから妙な納得感があった。でもちょっと悔しくて握力を鍛えようと思った記憶。

自分の子どもにいつかやるとしたら体格差や年齢差を当たり前のように受け入れるように思ってほしくはないから、なにかもうひと工夫加えられないかと思案中。うーん、なにかいいアイディアないかな。

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