【小説】40才のロックンロール #3
" 平気だよって言ってくれよ。大丈夫だって言ってくれよ "
今日もどうでもいい一日が終わろうとしている。脳内では、ミッシェル・ガン・エレファントの「I was walkin' & sleepin'」が流れている。無敵のギターリフ。
アメリカンドリームは24:00までの営業だ。僕は週に2回、閉店までいる。あとは19時で退勤することが多い。週のうち、あと2回は谷岡さん、あと3回はベテランアルバイトの高木くんが、閉店まで頑張ってくれる。アルバイトの方が忙しいのが、この店の特徴だ。僕もアルバイト時代は、散々谷岡さんにこき使われた。
今日は水曜日なので、19時で退勤だ。現在18時43分。あと少しだ。今日は長かった。特別なことはなかったと思ってるのだけど。
そう、思っているのだけど。
退勤までの時間を2階のカラオケ受付で過ごす。まったくお客さんが来ない、週のド真ん中。
受付の裏で、谷岡さんがタバコに火をつける。
「だからここで吸わないでくださいって言ってるじゃないすか。」
「まぁ、そう言うな。固いぞ、お前。社長には言うなよ。」
いや、すでに社長にもバレている。そんなことにも気付かないのか、この人は。好きだ。
「それよりさ、須藤と浅井ちゃんって仲良いのな。なんかよく飲みに行くらしいから、俺もまぜてもらいたいなぁ。いいなぁ。須藤も顔だけは良いからな。いいよなぁ!」
「いや、まぜてもらえないでしょ(笑) まぁ、お似合いかもですね。」
顔面がひきつったのを悟られないように、咄嗟に窓の外を見た。窓に映った自分は、やはり、ひきつっていた。
心の中に波があるとするならば、この時わずかに音が大きくなったことを、僕は無視できなかった。
浅井さんは朝から入っていたので、17時で上がった。入れ替わりでバイトの須藤くんが出勤してきたが、なにやら二人で盛り上がっていた。窓の外を見ながら、それを思い出した。
時刻は19時になろうとしている。タイムカードを持って、レトロマシンの前で谷岡さんが待機している。別にちょうどじゃなくていいだろうにと思いながら、それを眺めていた。遅刻してきたくせに。
「じゃ、お疲れ!」
「お疲れ様です。」
僕も19時6分でタイムカードを切る。高木くんと須藤くんに声をかけて、1階に降りる。
「おっす、ケン。飲み行こうぜぇ。」
松島がいた。ちょうどバッティングセンターで遊んだ直後らしかった。
「お前、いたのかよ。言えよ。まぁ、行くか。どこ行く?」
「そりゃ『平太』だろうよ。」
松島昌利。大学時代の友人だ。僕が敬愛するロックンローラー、マーシーこと真島昌利さんと一字違いの名前を持つ、愛すべきダメ人間だ。彼の情熱が功を奏して2回結婚したが、彼の情熱の対象が複数に渡ったことが原因で、2回離婚している。今はたまたま独身。近所に住む彼は、たびたびこうやってゲリラ的にアメドリに登場する。
また今日もこいつと夜を過ごすのかと思うと、気が抜けた。ご祝儀返せよと思いながらも、こいつなら心の波を沈めてくれるかもしれないとも思った。
外に出ると、一瞬でモワッとした空気が肌にまとわりついた。全身の皮膚が、湿気をまとう。まったく不快だ。
果たして真夏の湿気だけがそう思わせるのか、僕には分からなかった。
心の波。厄介なのだ。もう、これにはうんざりしている。
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