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アーセナルの変化と冨安に求められる事

今夏のアーセナルは欧州5大リーグでもトップとなる補強を画策した。それもそのはず、ベンゲル退任以後の不安定な成績で今季は25年ぶりの欧州カップ戦を逃したのだから名門復権に向けて躍起になるのは当然だろう。

プレシーズンから勝ち無し、開幕3連敗、無得点、更にはチーム内にコロナウイルスの感染者が蔓延するという想定される中では最悪と言ってもいいほどのチーム状況の中迎えたデッドラインデー。脳裏には少なからず10年前のパニックバイの状況と重なったグーナーの方も多いはず、あの時はユナイテッドに2-8という歴史的大敗を喫したアーセナルはそこからデッドラインデーの8/31までに5名もの選手を獲得した。まさにパニックバイと言ってもいいだろう。パクチュヨン、アンドレサントス、ベナユン、メルデザッカー、ミケルアルテタ

そこから時が経つこと10年後、皮肉にもマンチェスターの青いチームに0-5の大敗を喫し、あの時のチームを投影した方も少なくないと思う。しかも、現監督がアルテタでメルデザッカーがアカデミーを取り仕切っているという奇妙な偶然。我々よりも彼らの方が鮮明に重なったかもしれない。

しかし、チームの判断は慎重だった。最終日に突然舞い込んだのはボローニャのSBである冨安健洋だった。正直なところ噂に挙がってはいたもののここまでスルスルと決まるとは思っていなかった。冨安は今夏、プレミアリーグのクラブから熱視線を浴びており、ユナイテッド、スパーズ、アーセナルが獲得に興味を示していたが、当初からスパーズ行きが濃厚となっていた。

しかし、タンガンガの成長によって彼の獲得は薄れ最終的にはタイプとしては真逆のエメルソンを獲得した事から、冨安は恐らく守備選任型のSBとしての目論見だったのでしょう。


♦冨安の経歴

まずは冨安自身の経歴を見ていきたい。彼はアビスパ福岡のユースからトップに昇格すると2シーズンで3,900分もの出場を果たす偉業っぷりを発揮する。この時まだ18歳ということだから尚の事驚きを与えてくれた。
そこからベルギー1部、シントトロイデンへと加入すると主に右のセンターバックとして37試合フル出場の絶対的な存在として君臨する。

その実績を引っ提げて彼が乗り込んだのは守備の国イタリアだった。ボローニャに移籍すると怪我人の影響から右サイドバックを任されることがメインとなったが、そこも彼の持ち味の万能性で即座にレギュラーに定着する。若干2シーズンでセリエAに60回出場するのは並大抵の選手が出来る事ではない。ましてや欧州に住んでいるわけでもないアジア人が22歳という年齢でやっていることを踏まえれば、彼の凄さは言うまでもないだろう。

ここからは彼のスタッツを見ていきたい。先に注意しておくが、彼は万能が故にLCB,RCB,RSBの主に3つのポジションで起用される。今回はアルテタが恐らく起用するであろうRSBを中心に見ていきたいのでRSBでの出場時間が最も多かった19-20シーズンを対象としている事を考慮していただきたい。当然だが2シーズン前の数字であり、現在の彼のスタイルの変化も少なからずある可能性があることも、そして普通に成長し続けていることも頭に入れて見てもらいたい。

♦冨安のスタッツ(19-20)

※19-20シーズン出場分数内訳
RSB→2,147分 LCB→136分 RCB→252分

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守備面を見ると非保持アクションは多めであるが内訳を見るとタックルは少なく、インターセプトが多いので人 < スペースの意識が高い選手と言える。空中戦数及び勝率はSBでもトップレベルの選手であり、高さで勝負できる。
保持局面に目を向けると、クロス数は少ないがこれはボローニャ全体を見通してもクロスをあまり上げるチームではないことが影響していると思う。特筆すべきはドリブル数、キャリー数の多さであり、目の前の選手を追い抜く意識を持っている。
パス成功率も高ランクに位置しており、これだけでもパスが上手いと言えるが、内訳を見ると面白い。前進パスの成功率がかなり高いことから前方向のパスの精度が高いにも関わらず、ロングパスの本数は少ない。つまりはビルドアップ目的の縦パスを好むタイプであると言えるので、足元の精度の高さがこの数値から伺える。また、ブレイクパスの精度も高くDF裏に放つロブパスの精度も高いと言える。


♦現状のアーセナルの問題点

それらを踏まえた上で冨安がアーセナルにどう適合するかを考えていく。
まずアーセナルには十中八九行われる可変がある。それはLSBのティアニーである。保持局面になると彼はバックアップ4のLSBの位置から真っすぐに駆け上がりウインガーのような立ち位置を取る。その弊害は分かりやすく、左SBの位置が空っぽになることだ。

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その対処法として昨シーズン継続して見られたのがジャカの左落ちの形だ。
ジャカが左に落ちることでティアニーのスペースをカバーしつつ左足から高精度のボールを配球する可変はアルテタの名案と言えるだろう。しかしそれにも当然弊害はある。それは中央の人数が不足すること、それに伴い後方の人数が増加することだろう。
昨シーズンのメンバーで見るとガブリエルは加入初年度、ホールディング、RSBにチェンバースが基本布陣だった。ガブリエルはまだしもホールディング、チェンバースの足下は十分ではなく、ビルドアップへの貢献度合いが高いとは言えなかった。その分ジャカが降りることでビルドアップを手助けしていたのだが、トーマスが中央で1枚になってしまい前線に人数をかけられないでいた。これが詰まるところ昨シーズンよく見られた U字ビルドアップにつながった側面も少なからずあるだろう。

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後方の人数が多い分、前線の人数が不足していた。ラカゼットが気を利かせて中央に起点を作るためにしばしば降りてくる動きは良く見られたが、その分中央で高い位置を取る選手が不在となる。これが文字通り、ボールを保持しているがイマイチ攻めきれないU字ビルドアップの原因だとも言えるだろう。


♦アルテタの補強プラン

今夏の移籍市場を見ると明らかにその点を改善することがアルテタの一丁目一番地だったと言える補強プランだった。
まず、ティアニーの控えとして獲得したのはタバレスだった。彼はもう分かり切っているが非常に高い位置を取る攻撃的なSB。これはそのままティアニー不在時の代役としての起用と言えるだろう。つまりはティアニーが居ても居なくても、左肩上がりの可変を常態化するのがアルテタの狙いと言えるのではないだろうか。
そしてアーセナル市場3番目となる£50Mで加入したベン・ホワイトがアルテタの最大の狙いなのは間違いない。彼の持ち味は長短の正確なパスと、足元の技術、独力で持ち上がれる勇気がありビルドアップに難を抱えるアーセナルにとってはこれ以上ない人材と言えるだろう。

そして個人的にずっとモヤモヤしていたのがジャカの左落ちがプレシーズンから減少していたこと。これは私も良くツイートをしていた


今シーズンのジャカは昨シーズンと比較すると中央位置でのプレーが増えていた。EUROを経てなのか監督の指示なのかは分からないが少なくとも開幕3試合を見てもジャカは今までのように執拗に左に落ちることに拘るプレーには私の目には見えなかった。


タバレス、ホワイトの獲得、ジャカの中央位置でのプレー増加。これらの3つの要素から導けるのはやはり昨シーズンの問題であった後方過多の人数配置、U字ビルドアップの改善がアルテタの中での最大の改善点だったと言えるだろう。

♦アルテタの理想とは?

つまり今シーズンのアルテタの狙いは恐らくはこのようになるのではないかと推測する

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従来通りティアニーの位置を上げるがそのカバーにメインとして入るのはLCBのガブリエル。4バックから左にスライドし保持時は3バックへの可変が可能となる。その一方でジャカを中央位置での役割に徹することで昨シーズンのようにトーマスの孤立を防ぎ中央に2枚を配置することでネガトラ時のフィルター役としても、保持時にどちらかが前線の攻撃に絡んでいくことも可能になる。しかしながらジャカには機動力不足が常に付きまとっている。その不安を隠すために始まったのが彼の左落ちと言っていいくらいに。ただ今夏、ジャカはローマへの移籍が噂されており一時はほぼ合意状態までに至ったことから少なくともアルテタはジャカ抜きで今シーズンの戦術を練っていたと思わざるを得ない。つまり、悪い意味でジャカの残留はプランを狂わせた可能性があると思う。


まず、アルテタはLCBに必ずと言っていいほど左利きを使う。放出確定と言われていたコラシナツを使うほどなのだから絶対なのだろう。そして放出予定だったジャカを中央エリアに固執する。そうなると必然的にティアニーのカバーはLCBの選手になる。先述したようにLCBはほぼ間違いなく左利きの選手だ。つまり、アルテタの前提条件はティアニー攻撃参加時の左エリアからの配球者を左利きの選手にすることを最優先しているということだと思われる。これが逆説的に言えばジャカが無理矢理中央エリアでプレーするようになったキッカケと言えるのかもしれない。

ビルドアップの改善の為には後方の人を減らして前により多くの人を配置すること、そして後方で出し手となる選手の配球力を上げることが求められる。その中でジャカは、中盤の選手でありながら中央位置では機動力不足を露呈し度々ネガトラ時にやらかす傾向があった。そこでアルテタは保持時に左サイドバックに落ちることでプレス強度を下げさせ彼の配球力を引き出させたことでジャカはより輝いたといえる。しかし後方の選手が増えてしまい、前方の人数が不足→ゴール不足問題を抱えてしまった。なのでローマからオファーが来た今季はジャカを放出し、LCBにティアニーのカバーを任せ、中央にビルドアップ特化のホワイトを置き後方過多の人数配置を改善し、相対的に前線の人数を増やすことを目的としたチーム作りをしたと思われる。
しかし移籍金の問題でジャカは残留した。それに伴いRSBの補強プランも変わっていたと推察する。当初、アーセナルがリストアップしていたRSBを覚えているだろうか。

移籍市場最序盤のころはアーロンズやランプティといったワイドレーンを駆け上がる快速系SBをリストアップしていたのだ。それが今となっては守備&ビルドアップ重視の冨安に落ち着いた。これが何を示しているのかはここまで見てくだされば分かると思うが、ジャカの機動力不足の担保であると言えるだろう。
保持時に2ボランチを組むことでトーマスがより高い位置を取れる。つまりは彼の攻撃力を前線で生かすことが出来るのだがその分中盤にはジャカしか居なくなる。彼は何度も言うが広いスペースを守るのは非常に苦手な選手。

そこで活きてくるのがホワイトだ。彼はブライトンでもリーズでも中盤の経験があり、ボールに飛び込んで奪いきる守備が持ち味である。寧ろジャカはそれが苦手な選手であり、スペースカバーをさせた方が無難。つまりジャカを中央で配置しつつ、重さを解消し、ネガトラ時の機動力不足を解消するための最善策は、CB、RSBのボランチ適正が求められるのだ。

その為に白羽の矢が立ったのが冨安だと言えるだろう。

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チェンバースと冨安のSB時でのプレーマップだがチェンバースに対してより内目でプレーしているのが冨安である。ましてやアーセナルより保持率の低いチームでこれだけ内でプレーしているのだから3CB的にプレーできると思うのは当然だろう。

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つまりジャカの機動力不足を解消するためにはジャカの隣に位置し、ネガトラ時にフィルター役になれる選手が必要となる。それが冨安でありホワイトになると思われる。冨安が行けばホワイトがカバーし、ホワイトが行けば冨安がカバーといった具合だ。

恐らくアルテタは当初、チェンバースにその役割を求められていたが今回の冨安の獲得が彼への失敗の烙印を押す格好となってしまったのは言うまでもないだろう。


話が大きく逸脱した部分が多々あるが、冨安の加入はアーセナルのビルドアップ問題の解決、ティアニーロールの負担軽減、そして残留となったジャカのデメリットを補う意味でも大きな戦力になるのは間違いないだろう。


これまでアーセナルに加入した日本人選手とは異なり、彼は明確な戦力となりうる選手だ。歴史的に日本の玄関口だった福岡県の地から世界へ巣立つ若きサムライ。代表でペアを組む吉田麻也はイングランドからイタリアに渡った。冨安は今まさに吉田麻也が辿った逆の道を行くのも何だか奇妙なつながりを感じる。苦悩続きのヤングチームに神風を吹かせる存在になってくれることを心から願っている。

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