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──知財創造教育を道徳の時間に学ぶ─塩瀬隆之 京都大学総合博物館 准教授

一般財団法人たんぽぽの家では調査や研究、事業などの成果をより多くの人と共有できるように、書籍シリーズ「障害とアートの相談室」を発行しています。ここでは、2020年に発行した書籍『表現をめぐる知的財産権について考える本』をより多くの方々に知っていただくために、本書にご寄稿いただいた塩瀬隆之さんのコラムを、クリエイティブ・コモンズ< 表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際 (CC BY-NC-ND 4.0) >の下に、公開いたします。

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表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際 (CC BY-NC-ND 4.0)


──知財創造教育を道徳の時間に学ぶ──

塩瀬隆之
京都大学総合博物館 准教授

「知財創造教育は子どものうちから必要だ」とする声がある一方で、「子どものうちから知的財産など難しいことを教えてしまうと委縮してしまう」との指摘もある。特に「マネこそが創造の源泉」となる幼保、初等教育の現場からは委縮効果の懸念をもたれることが少なくない。好きな漫画のキャラクターを描き、 数の映画の登場人物に夢のタッグを組ませるなど、描画の上手い下手にわらず、はじめての創造世界はどこかで見た有名無名のキャラクターから影響を少なからず受ける。これが個人利用の範疇か否か、絵画教室であれば教育目的か商用利用かなど、権利侵害の境界線を児童生徒一人ひとりに問いただせば、二度と絵を描きたくなくなることは想像に難しくない。

 知財創造教育と聞くと仰々しく聞こえてしまうが、これは児童生徒に特許法や著作権法自体の法教育を迫るものではない。推進者も委縮効果の懸念はよく理解しており、それを丁寧に避けるべく「創造の楽しさ」を常に第一として掲げている。

そこで求められるのは、①新しい創造をすること(「いいな」を思い描き実現する)と、②創造されたものを尊重すること(他人との違いを認め尊重する)のふたつの軸である。知財創造教育というと、新しい創造に関わる図工や技術科、理数科などでの導入が連想されやすいが、創造されたものを尊重することは、そもそもの創造物を生み出したクリエイターに対する敬意であり、それは有名無名に関わらず、友人やクラスメイト一人ひとりが生み出したものに対する敬意の表明であり、国語科や社会科でも取り扱うことができ、むしろ道徳教育や人格教育のひとつでもある。

 知財創造教育は、学習指導要領が育成をめざす資質・能力の3つの柱に対応しているため、特定の教科に対して学校教育現場に特別な対応を迫るものではない。新学習指要領における「創造性」の定義も、「感性を豊かに働かせながら、思いや考えを基に構想し、新しい意味や価値を創造していく資質・能力」とされ、いずれの教科でも主体的・対話的で深い学びの実現に向けたあらゆる授業改善を通して実現が図られる。国民一人ひとりが創造性豊かに知的財産をつくり出し、使いこなせることをめざすという方針が掲げられたのは、知的財産推進計画2015に盛り込まれた施策「知財教育の推進」に遡る。これを受けて特許庁が刊行した『未来を創る授業ガイド』には、小中高等学校及び高等専門学校における知財創造教がさまざまな教科で実践されている事例が多数編纂されている。

 本書は、個人のクリエイター、アートやデザインを学ぶ学生、また彼ら彼女らを支えるさまざまな学校や施設の教職員に向けられた本ではあるが、知財創造教育を担う初中等高等教育の現場での活用も期待されている。知的財産権はとかく独占という言葉の響きから閉じた権利として誤解を受けることが多い。しかし、本来は創造的なアイデアにあふれた豊かな社会をつくるために、一人ひとりの創造性をお互いに大切にする、尊重することが重要でアイデアを広げることをめざした法体系である。知的財産権学習カードゲーム「知財でポン!」の副題に込めたのは、まさにこの理念である。細かな法律用語を えることが知財創造教育のゴールではなく、一人ひとりの創造性や権利を「まもって ひろげて」という姿勢の共有が豊かな社会形成の基盤となることが期待される。

塩瀬隆之 (しおせ・たかゆき)  文化や背景の異なる人たちの多様さを認め、つなぎ、互いに豊かに成長できる社会を実現するインクルーシブデザインならびに科学技術と社会をつなぐデザインワークショップの研究・開発・実践に従事。2012年から2014年にかけて経済産業省において技術戦略担当課長補佐。2018年より経済産業省産業構造審議会イノベーション小委員会委員。2017年科学技術分 の部分科学大臣賞(理解推進)ほか受賞多数。2018年「小中高等学校において知財創造教育を実施できる人材の養成に必要なテキストに関する調査研究委員会」委員を務める。博士(工学)。


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