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成熟商品が進化するとき〜2021年度グッドデザイン賞 審査ユニット4(生活用品)審査の視点レポート

グッドデザイン賞では、毎年その年の審査について各審査ユニットごとに担当審査委員からお話する「審査の視点レポート」を公開しています。グッドデザイン賞では今年、カテゴリーごとに18の審査ユニットに分かれて審査を行いました。審査の視点レポートでは、そのカテゴリーにおける受賞デザインの背景やストーリーを読み解きながら、各ユニットの「評価のポイント」や「今年の潮流」について担当審査委員にお話しいただきます。
本記事では、審査ユニット4(生活用品)の審査の視点のダイジェスト版をレポートします。
ダイジェストではない全部入りは、YouTubeで映像を公開していますので、よろしければこちらもどうぞご覧ください。

2021年度グッドデザイン賞審査の視点[Unit04 - 生活用品]
担当審査委員(敬称略):
辰野 しずか(ユニット4リーダー|クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー)
大友 学(デザイナー/ブランドディレクター)
原田 祐馬(アートディレクター/デザイナー)
山田 遊(バイヤー)

今年度の審査を振り返って

辰野 すでに多くの名品が世の中に存在していて、成熟していると言えるキッチン用品や食器などは、アイテムが多くある中で、グッドデザインとして選ぶのが容易ではありませんでした。日本でもレジ袋の有料化が始まったり、世界中で環境問題への意識が急速に高まっていて、以前よりも多くの人がより吟味してものを選ぶようになったり、ごみを増やさないように努力しようという動きが出ている中で、生産されるアイテムは今まで以上に高い品質が求められるようになってきたということは、多くの人が共通して持っている感覚だと思います。今年、私も審査に参加して、審査委員の目がより厳しくなっているという印象を持ったのですが、これは、このような点が理由として挙げられると考えています。
今回受賞したものは、そのような成熟商品が多いジャンルであるにもかかからず、まだこんなに進化できるのかと思うほど質の高いものが多く受賞したのではないかと感じました。例を挙げると、グッドデザイン・ベスト100にも選ばれた「スパスパ」という商品です。おそらく見たことがない人はいないというくらい定番となっているエアークッションの緩衝材です。それほどに商品としての成熟度の高い緩衝材を手で切れる製品として進化させたものです。ハサミやカッターを使うことなく手で切れるという進化は、審査委員の高い評価を得ました。このように、受賞したアイテムに共通していたのは、時代の流れを読んで、使い手の気持ちに寄り添い、意匠性や使いやすさを様々な角度から改良していった点かと思います。
一方で、まだ成長が見込める未成熟なカテゴリーとして見ていたのが、環境を配慮したアイテムや防災用品だと思います。今回の審査会では、環境への配慮を意識しているアイテムの応募が以前より格段に増え、うれしい傾向ではあるのですが、まだこの分野に関しては黎明期のような印象もあります。機能性と意匠性、価格設定などのバランスが良いものが少なかったという印象でした。特に防災用品はたくさんの応募がありましたが、特に意匠面の評価が全体的に低かった印象で、改良の余地があるのではないかと思いました。防災用品は災害時といった気が沈みがちな時に使うものですので、そういったものこそ良い意匠デザインのものが多くあってほしいと思います。環境へ配慮したアイテムも防災用品も、需要が高い分野なので今後に期待したいと思います。
コロナ禍で、テレワーク利用者が増えたり、アルコール消毒の頻度が増えたり、生活習慣や価値観が大きく変化している中、改良し尽くされて成熟しているような製品分野においても、突然新しい視点によって新たな発想が生まれる可能性もあるので、今後も素敵なアイテムが生まれてくるのを楽しみにしています。

ぬかみそ桶 [ぬか櫃]

ぬかみそ桶 [ぬか櫃](有限会社樽冨かまた)21G040246

原田 この「ぬか櫃」は、いわゆる「ぬかみその樽」です。早くおいしくというよりも、ゆっくりおいしくというように生活が少しずつ変わってきている中で、1846年から続く歴史のある樽屋さんが、時代に合ったものづくりを改めて考え、チャレンジしているという点が面白いと感じました。大きさや形状が今のライフスタイルになじむように、隅々まで考えられています。また、表面に漆を一部使用することで、カビが発生しないような心遣いがされていたり、ユーザーの顔がよく見えたデザインとなっており、僕も使ってみたいと思って見ていました。

大友 新しくなっているんですが、見た目や全体から感じる雰囲気は、トラッドなままです。きっちり進化させている部分と外見の雰囲気のギャップがスマートですし、格好良いと感じます。

原田 先ほどの辰野さんの総評でもあったのですが、今回、生活用品を審査する上では成熟商品が多くありました。この樽もそういった意味では超成熟プロダクトですが、それであってもまだ進化できるんだということを感じさせるものになっていると思いました。

山田 確かに、これがベスト100に選ばれたというのは、シンボリックな話だと思います。丁寧に、ゆっくり、家での食事をしっかり楽しむということは、今の時代に合っていると感じました。

テーブルウェア [TG Tableware Series]

テーブルウェア [TG Tableware Series](TAIWAN GLASS)

山田 TAIWAN GLASSは台湾の大手ガラスメーカーで、このTGシリーズは日本人デザイナーの深澤直人さんを招聘されてつくられました。70種類以上のアイテムを一気に発表して、非常に意欲的だと感じました。70種類も展開がある中で、アイテム一つ一つをとってみてもどれも良くデザインされています。耐熱ガラスを使用しているので、機能性も優れています。生活の様々なシーンで重宝できるアイテムが一通りシリーズとして揃っている点は意義があると思います。もう一つ大事な点として、えてして自社の技術や自社の素材にこだわりがちなところを、台湾の産地全体も見据えた上で一つのシリーズにまとめ上げているというのは、高い評価ができると感じました。

辰野 初めてこのシリーズを見たときに、まず「すごく美しい」と思いました。「美しい」という感情を圧倒的に起こさせるプロダクトはそうそうたくさんないと思います。今やプロダクト自体の価値は様々なところにありますが、美しいということがまず際立ってくるプロダクトは稀有な存在です。美しいというだけでも評価ができるプロダクトだと思って見ていました。

大友 先日たまたま店頭に置かれていたのを見たのですが、審査会場で見るのとは違い、売り場で見るとまた雰囲気が違っていて、もう恐ろしくきれいでした。薄さと、ガラスであることの軽やかさとかたちを、裏ごしして透き通るまで煮詰めたというか、そういう純粋な良さだけで器が構成されているような、不思議な感覚です。

原田 僕は実際自宅で使っているのですが、ほかのグラスと並んでいると、何でもない良さみたいなものをすごく感じます。使っていて、その何でもなさは、でも、デザインする上で一番難しいんだろうと思いながら、まじまじといつも見ています。

山田 僕も使っているのですが、シリーズというところが意外とポイントである気がしています。サイズ感や、ちょっとした形状の違いはあれど、デザインの全体のトーンは一定です。これだけの種類があるからこそ、買う側に余白を与えている部分があると思います。そういう余白が与えられている感じが好印象だと思います。

手で切れる緩衝材 [スパスパ]

手で切れる緩衝材 [スパスパ](川上産業株式会社)

辰野 先ほども少し説明したアイテムですが、プチプチという、すでに世の中にかなり浸透している緩衝材を製造しているメーカーからの、新しいエアークッションの緩衝材です。従来のものに比べて優れている点としては、手で真っすぐ切れるという機能を取り入れたところです。今まではハサミやカッターでカットしていましたが、それだと曲がったり、手を切るリスクがあったり、作業スピードにも影響が出ます。そういったユーザーの声を考慮しながら開発された商品です。お話を聞くと十数年もの間、この開発を続けていたそうで、試行錯誤しながら作られたとのことでした。決して簡単ではないものづくりの中で、最終的にこのアイテムが出来上がったというところも感動がありました。もうこれ以上改良しなくてもいいのではないかと思われるほど流通しているアイテムに対して、このような新しいかたちを提案したという点が高い評価を得ました。

山田 今、EC市場も非常に伸びていて、発送時の梱包資材をなるべく少なくするなど環境にも配慮することが叫ばれる中で、この無駄なくぴったり計算して切れるというのは、よく梱包する店舗側の立場からすると待ち望んでいたものだと思います。ユーザーとして「あったらうれしい」を、ちゃんとかたちにしたという意味では、評価が高いのもうなずけます。

クッション型多機能寝袋 [SONAENO]

クッション型多機能寝袋 [SONAENO](株式会社ドリーム)21G040276

大友 「SONAENO」というクッション型多機能寝袋です。ジャンルとしては防災用品ですが、「SONAENO」という名前のとおり、どのように日々備えていくかという点にフォーカスした製品です。同じようなコンセプトで、日ごろから備えるというアイテムは今までもたくさんあったと思うのですが、この製品はその中でも群を抜いて備え方が自然です。クッションの大きさには規格があるので、その規格に合わせて作られており、日ごろ使っているクッションカバーをセットしてリビングのクッションとして使えます。ですが、いざというときには本格的な寝袋に変化します。
面白いと思ったのは、この製品はクラウドファンディングから共感を集めて、実現化の道を上ってきたというニュータイプである点です。ジャストアイデアの製品によくありがちな、詰めが甘いところもなく、防災の専門家に監修を依頼しながら、力の弱い人でも畳みやすいといった工夫がなされています。災害時以外にも、キャンプや車中泊などでも使いやすくなっているそうです。災害時限定というわけではなく、日常でも使い勝手の良いものになっている製品だと評価をしました。

原田 どうやってこれを防災グッズとして認められるようにするのかということを、防災の研究者の方とディスカッションを重ねたという話は印象的でした。
色についても「何故この色なんですか」と聞いてみると、災害時の避難所では女性が被害を受ける事件が多く起きているという事実があるそうです。そこで、寝ている人の性別が分かりにくいニュートラルな色にすることで、事件を少しでも減らせるように、というお話も心に残りました。防災を深くリサーチしている視点がふんだんに盛り込まれていて、好感が持てる製品でした。

延長コード [クロスタイプ/ストレート/防雨タイプ]

延長コード [クロスタイプ/ストレート/防雨タイプ](大原電線株式会社)21G040259

山田 この延長コードは、大阪の町工場とデザイナーがコラボレーションというかたちで二人三脚で製品をつくるプロジェクトの一環で生まれたものです。
延長コードは、そもそも市場の中でデザイン的にこれが良いと選べる状況は非常に少ないんですよね。その選択肢が少ない中で、欲しいと思わせるデザインの良さは非常に高く評価できると思います。
町工場とデザイナーのマッチングをして製品をつくる事業は日本中でたくさんありますが、BtoC向けの製品を一切つくったことがない工場が、デザイナーと一緒に商品開発をしてきたというところは、こういった事例の一つの良いお手本のように感じました。
機能性の部分を見ても、電極と本体を一体成型していたり、耐久性、防塵性、耐水性などもいろいろと配慮されています。
現代の生活では、スマートフォンやタブレット、PCなどの電化製品を欠かさず持っていて「充電する」というのが当たり前の行為となっているので、延長コードでこのようにデザイン的に優れたものが出てきてくれてたのはうれしく思います。

辰野 延長コードは、基本的にどうやって隠そうか考えるもので、それぐらいみんなが生活の中で煩わしいものとして設定していると思います。おっしゃるように、デザインが素敵なものがあまりない状況です。その点、このアイテムは見た目も美しく、生活の中に顔を出していても素敵なので、新しいアイテムだと思います。

ステンレスサーモミニボトル [ポケトル]

ステンレスサーモミニボトル [ポケトル](株式会社デザインワークスエンシェント)21G040254

辰野:こちらは「ポケトル」という、120mlの容量が入るステンレスのサーモボトルです。従来の耐熱ボトルと比べるとサイズがとても小さくなっているのが特徴です。「マイボトル」という言葉が浸透して、多くの方が自分の持ち運ぶ容器で飲み物を飲みたいという要求が強まる中、ユーザーの視点に立った共感できるアイテムだと思いました。
最初に見たとき、小さくて容量は足りるのかと思ったのですが、確かに、ほんのちょっとだけ飲み物を持っていきたいときがあります。サイズが小さいというだけで、思いがけない用途が広がっていく、そんな予感を感じさせるアイテムです。

山田 容量は意外と盲点でした。飲料メーカーから規格化された350mlとか500mlが前提で作られていたものが、改めてみると多いという点に気付かせてくれたものでもありました。容量という点を一つとっても、新しくなるというのは好印象でした。

戸別回収用ボックス [KKボックスシリーズ]

戸別回収用ボックス [KKボックスシリーズ](株式会社アイベックス)21G040264

大友 これは、地域の家庭ごみの集積所にゴミを持っていって捨てるのではなくて、個別の家の前でゴミを収集してもらうためのボックスです。機能的にはネコやカラスなどのいたずらを防ぎつつ、ごみの処理の問題に対しての対策グッズです。
良いと思ったところは、家の玄関の前でなるべく目立たないような姿をあえて選んでいるところです。脇役であるということをよく認識しながらつくられていて好感が持てました。
もう一つ良いと思ったことは、このような一歩引いたデザインでも我々の商品は良いものだと信じて、グッドデザイン賞に応募してくださったという点です。街中にも目立たない良品がたくさんあります。例えばジャンルは違うのですが、車止めのポールや柵、フェンスなど、よく目にするけれども、良いと評価されていないものは、たくさんあると思っていまして、できればそういった脇役にもっとフォーカスして評価をしていけたらいいなという思いがありました。

辰野 生活の中であまり目立つことがないプロダクトで、地味な立ち位置にいるものですが、こういうものがグッドデザイン賞に応募されて受賞して、そのデザインの話ができているという、それだけでも素晴らしいと思います。こういったちょっとしたアイテムが良くなることで、より良いデザインのものが世の中に増えるのではないか、そんな気にもさせられました。

首振りピン式物干し [kururi]

首振りピン式物干し [kururi](森田アルミ工業株式会社)21G040266

原田 大阪に本社を置く森田アルミ工業のプロダクト「首振りピン式物干し kururi」という商品です。これは、先ほどの延長コードにも近いところがあると思います。こういったインフラに近いような存在をどうやって長く愛されるデザインにしていくのかということを、試行錯誤しながらデザインしていると思いました。構造を含めて、すべてを自分たちで開発しているという強みがしっかりと出ていると思います。

取手が握りやすいバケツ

取手が握りやすいバケツ(株式会社コメリ)21G040267

山田 コメリの「取手が握りやすいバケツ」です。コメリはご存じのようにホームセンターで、特に農家の方にとってはなくてはならないインフラ的な存在として、全国各地に店舗を構えています。
同社にとって重要な顧客層である農家の方たちにヒアリングをして、その上で使い勝手を改善していて、ちゃんとユーザーが見えているという点が好印象でした。
改良した点としては、取手の部分と底の部分です。バケツが重くなったときに、持ち手に手が食い込んで痛むという課題を解消しています。また、バケツをひっくり返す際に、重いと滑ったりして、手にフィットしなかった底の部分にくぼみを付けて、それを解消しています。ヒアリングの結果、バケツを使う上での動作にフォーカスして形状を見直し、課題を解決しているという点に好感が持てました。

大友 バケツの底のくぼみもそうですが、持ち手のところも剛性があって、これは大丈夫だなという安心感があります。かたちでは見えない部分ですが、よく考えられてつくられています。その潔さ、実直さに気持ち良さがあって、単純なプロダクトですが、良いと素直に思います。

まとめ

山田 コロナ禍では、それぞれが普段の暮らしに向き合った2年弱だったと思います。生活者すべてが、こういった生活用品に触れる時間が必然的に長くなっていて、見る目が厳しくなっているということを強く感じました。その中で選ばれていくものは、ユーザーから長く愛されるだろうということも想像がつきます。機能や色、使い勝手を少し見直すだけで、グッドデザインとして評価されることがあるという意味では、成熟市場かもしれませんが、非常に可能性のある市場なのかと感じています。

辰野 新型コロナウイルスのインパクトは非常に大きなものでしたが、つくる側から見ると、ひょっとしたら新しいチャンスが生まれている状況なのか、という気もしています。何年もの間、状況が大きく変わらなかったから進化しにくい状況にあったのかもしれません。今、大きく世の中が変わっている中で、ユーザーの声に耳を傾けながら、どう進化させていくか、どんな新しいものをつくっていくのか、これからどんどん良いデザインが生まれてくるのではないかという予感がしています。

大友 コロナ前までは、なにか良いものがないか、発信がどこでできるかと、そういう外側に向けての意識をいろんな方々が持っていたと思うのですが、コロナ禍を契機に内側に意識がグッと向いた感じがします。自分たちがどんな強みを持っているのか、自分たちがやれることは何なのかというような、内側にフォーカスされたのではないかと思います。そうして自分たちを見つめ直した結果、「これを提案したい」という思いが消えずに、まだまだたくさん残っているというところに驚きとうれしさを感じました。
本当にウソがない良いものが、より評価されやすくなっていく今後になっていくんじゃないか、そうなったらいいな、という思っています。

原田 私は、今回初めて生活用品のユニットの審査を担当しましたが、家と社会の接点がよく見えるプロダクトがたくさん応募されていたという印象がありました。家が仕事の場になってきたことで、このジャンルには今まで以上にホームユースとビジネスユースの中間のものが並んでいた気がします。
今後楽しみだと思っているのは、家で仕事をすることが増え、2拠点や3拠点でやってみようかとなったときです。そのときに生活用品がどういうふうに変わっていくんだろうかと興味があります。今回もいくつかありましたが、クラウドファンディングを経て応募されたものが少しづつ増えています。そこも今後、可能性があるのかなと思います。こういうものをつくりたいと思うメーカーが賛同者を集めて、商品をつくっていくというときに、より早く、より今の時代に合ったものを、考えていきやすいフォーマットになるのか、と思いながら、今年の審査をしていました。

辰野 今年の審査会では、コロナ禍の影響を受け止めている企業の方々が応募していただいている状況で、審査したアイテムから世の中の動きが感じられるような審査会だったと思います。
世の中がどのように変わっているかということを、つくる側も敏感に察知して、環境問題も考慮しながら、優しい視点で素敵なものがどんどん生まれていくといいと、そんなふうに思う審査会でした。

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