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捕食者たち



ビニールハウスで育苗中のナス科たちにアブラムシが付きはじめている。「テントウムシを捕ってきて」と妻が言った。ぼくは赤そらまめの圃場に向かった。
身を屈めて丁寧にそらまめの葉を覗くと紫がかった黒い体にオレンジ色の斑点を持った小さな虫が見えた。ナナホシテントウの幼虫だ。ぼくはその小さな虫を潰さぬように注意深く手にとってペットボトルの中に落としビニールハウスの中まで運んだ。
別に良いことではないのだけれど、毎年着花を始めるこの時期に圃場の赤そらまめにはアブラムシが発生する。発生するが実がつかなくなったり株が枯れてしまうほどのものではない。あるいはアブラムシを根絶すればもっと収量が上がるのかもしれないけど。
赤い体に黒い斑点を持つナナホシテントウは成虫幼虫ともにアブラムシだけを食す。植物にアブラムシがたかっていたらそこにはテントウムシがいる可能性が高い。そして羽を持たない幼虫は餌となるアブラムシがいない場所では生存できない。
だから圃場にはまずアブラムシが発生して、その後にテントウムシがやってくる。テントウムシはアブラムシをわしわしと食べていくが、アブラムシのほうがテントウムシよりも繁殖能力が高いので、テントウムシがアブラムシを食べ尽くすことはない。生物は太古からの長い時間のなかでさまざまな進化(変化)を遂げてきたけど、テントウムシはアブラムシを根絶する能力を備えなかった。これからもそうだろう。その方向に進化(変化)はしない。もしもテントウムシがアブラムシを食べ尽くす方向に進化したら、食べるものがなくなったテントウムシも結局滅んでしまうだろう。
テントウムシを投入したからといって作物からアブラムシを根絶することはできない。ただ適切なタイミングであればアブラムシの異常な大発生を防ぐことはできるだろう。そこが化学合成された農薬と天敵生物の違いだ。
テントウムシにとってアブラムシは憎むべき相手ではなくむしろ必要な存在なのだ。人間は自分たちの都合で虫たちを「害虫」と「益虫」に分けて見てしまうけど、虫たち自身にとってはそんな区分けは存在しない。彼らが見て感じている世界はぼくたち人間のそれとは違うのだろう。それぞれの虫にそれぞれの役割がある。きっとアブラムシにさえも、この環境の中で果たしている役割があるのだろう。ぼくにはまだそれを理解し説明することはできないけど。
「生物農薬」という名の瓶に詰められたテントウムシを購入することもできる。だけどぼくは春の圃場を足を使って幼虫を集めてまわるのが好きだ。

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