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連想読書・いとうせいこう『東北モノローグ』(河出書房新社、2024年)

2011年当時は山形市に住んでいたので、東日本大震災を東北地方で体験した。山形は太平洋側にくらべて比較的被害は少なかったけれども、岩手、宮城、福島に実家をもつ学生たちが多く、実際に仙台から通っていた学生もいたりしたので、震災直後は、学生やそのご家族の方々の安否についてやきもきする時間がしばらく続いた。

これは大竹まことさんのラジオ番組で聞いた話で、私自身が正確に理解しているかは不安なのだが、いとうせいこうさんは、長らく文筆活動ができない時期が続いたが、東日本大震災後、東日本大震災を背景にした小説『想像ラジオ』(河出書房新社、2013年)を書いて以降、文筆活動を再開することができたという。いとうさんは『想像ラジオ』を書いたあとも、東日本大震災にこだわり、『福島モノローグ』(同、2021年)『東北モノローグ』(同、2024年)を出した。こちらは小説ではなく、震災を体験した人々の独白を集めたものである。
『東北モノローグ』を手に取る。ページをめくると、面識のある方が体験や自分史を語っている。しかも淡々と。私がその方の講演を、震災後ほどなくして聴いたときは、非常に臨場感のあふれ、感情を揺さぶられるお話だったと記憶しているが、あれから10年以上が経ち、いろいろとたいへんなことがあったにもかかわらず、それらをすべて飲み込んだ上で、自らの軌跡を淡々とたどる語りは、やはり胸を打つ。

仙台市で出版社を営む方のお話があった。なんの予備知識もなく読み始めると、読み進めていくうちに、どうやらこれは荒蝦夷という出版社の方なのだろうということに気づいた。もちろん震災当時に体験したことも語られているのだが、併せて自分史、つまり自分がいかにして仙台で出版社を営むようになったのかも語られていて、とても興味深い内容だった。
荒蝦夷という出版社の本は、山形に住んでいた頃、市内の書店でよく見かけた。私が強く印象に残っているのは、西村寿行さんの『蒼茫の大地、滅ぶ』(荒蝦夷、2013年、初出1978年)という小説である。中国大陸から飛蝗の大群が東北地方に押し寄せ、東北地方が壊滅的な打撃を受けるのだが、中央政府の対応への不満から東北地方が独立に目覚める、という内容だったと思う。とにかくむちゃくちゃおもしろい小説で、1978年に発表されるや大ベストセラーになったという話も頷ける。西村寿行さんといえば、私にとっては『黄金の犬』に代表される犬シリーズのテレビドラマとか、高倉健さん主演の『君よ憤怒の川を渡れ』といった映画の原作者としておなじみで、ただその原作を含めた小説じたいを読んだことがほとんどなかったのだが、この本で初めて西村寿行さんの小説とちゃんと向き合うことができた。
つい先月(2024年7月)、仕事で久しぶりに山形を訪れる機会があり、市内の目抜き通りにある八文字屋という本屋さんに立ち寄った。住んでいた頃によく通った本屋さんである。するとそこに、志賀泉『百年の孤舟』(荒蝦夷、2021年)という本が目立つ場所に平積みされていたので、手に取った。初めてお目にかかる名前だが、著者は福島県南相馬市小高区の出身で、この短編小説集でも震災やそれに伴う原発事故が大きなテーマとなっている。東京の書店ではおそらく容易に目のつく場所には置かれない本であろう。これも邂逅と思い購入した。地方の本屋さんをまわることの大切さをしみじみと感じさせる。

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